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キンモクセイは夏の記憶とともに  作者: 広崎之斗
日常で始まった、非日常
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日常で始まった、非日常(4)

 休日の入客は昼は多いが、夜はさほど多くはない。

 昼はそれなりに忙しい。中心街で買い物をした客達の憩いの場として人気でもある。だが夜になると一気に人の波はひき、静かなものになる。

 普段から来る常連客が殆どであり、休日返上で働くクリエイター達のたまり場として少し賑やかになる。

 悠人はその時間帯が案外好きだった。

 常連客から話しかけられて、談笑することもある。

 新しい店の情報や映画のこと、ドラマやゲームのこと。

 店長である冬真も混じって、あれこれと話題は尽きず話をすることもある。

 そうして仕事をしていると、案外時間はあっという間に過ぎていく。

 数人、テイクアウトをして行く常連客にねぎらいの言葉を掛けながら、平日より早い時間で閉めるためにそろそろ準備を始めようかと思い始めた時。

 ドアが開き、ベルが鳴り、一人客が入ってくる。

 

「いらっしゃいま……あ」

「まだ大丈夫です?」

 入ってきたのは、純一だった。

 シャツにジーパンだけの出で立ちで、スマホと小さな財布を手にして立っていた。

「えっと、あとちょっとでラストオーダーです、けど……」

 内心、混乱しながら悠人は一応答えた。

 それを更に補完するように、カウンターで客と話していた冬真が声を上げる。

「ラストオーダーまでにフードもドリンクも注文してくれれば、あと一時間ぐらいは大丈夫ですよ」

「よかった」

 ほっとした表情で純一が呟いた。


 前にみたときより、心なしか疲労の色が濃く見えて、悠人は少し首を傾げて顔を見つめた。

 その視線を感じてか、純一が悠人に視線を戻し口角を上げて微笑んだ。

「どうしたの」

「あ、いや……ご、ご案内します」

 慌てて我に返り、悠人はそう言って店内を見渡した。

「って言っても……今日は空いてるし、好きな席へどうぞ」

「おすすめの席とか、ある?」

「おすすめぇ? あー……えっと、カウンターは埋まってるので……角の方とか」

 思わず素の声で声を上げてから、悠人は慌てて仕事モードに引き戻すと、角の席を指差した。


 角の席は窓越しに外を見ることもできるが、なにより、軽い作業をしたい常連客には大人気の場所だ。

 時々、打ち合わせのような会話を白熱させる常連客も多く、基本的には埋まっている。

 だが今日のような閉店間際の休日となれば、話は変わってくる。

 すでに店内の客も帰り支度をしている者もいて、残すはカウンターの常連客と今入ってきたばかりの純一だけだった。

「じゃあ、そこで」

 そう言って歩いて行く純一に背を向け、メニューとお冷やのグラスを取りに戻る。

 冬真がチラリと視線を寄越した。何を考えているかは分からないが、どこか楽しそうに見えるのは常連客との会話の所為か。


 必要なモノを手にして純一の座るテーブルへと向かった。

 まだ少し心臓が煩い。だが、この前ほどではないと思う。

「ドリンクはまだ大丈夫ですけど、フードは先に全部オーダーしてください。キッチン、片付け入っちゃうんで」

 メニューを渡しながら言った。いくつか売り切れの商品があるんで、その説明をする。

 純一は口元を押さえてメニューを見つめながら、それでもすぐに決まったのかパスタとサラダを注文した。

「あとブレンドを一つ。先に持って来て。砂糖もミルクもいらないよ」

「ブレンド、おひとつ……」

 伝票を書いていると、そのバインダーを指先で掴まれ少し下げられる。

 視線を純一に向けると、じっと見つめる双眸があった。


 匂いがした。

 ぞくりと、身体が疼く匂い。

 

 息を呑み、今はまだ仕事中だと理性で我を保つ。

 仕事の最中は、何をされても、何を言われても、平常心を保つ。

 そう、昔のように言い聞かせる

「で、なんで連絡くれなかったの? 俺待ってたのに」

「い、忙しかったから。いろいろ。あの、オーダー通して、きます」

 仕事とプライベートの混ぜこぜになった言い回しで、悠人はそそくさと純一の元を去った。


 キッチンにオーダーを通した。

 温まっているカップをセットし、コーヒーマシンのボタンを押して深く息を吸って吐く。

 あの匂いはやはり純一からだった。

 そして大きく、黒曜石のような瞳がじっと自分を見つめると身動きが取れなくなりそうだ。

 ぐっと手を握りしめると、悠人は目を閉じた。

 コーヒーの香りが鼻腔をくすぐり、その香りを味わうように深呼吸をする。

 大丈夫。

 小さく口の中で言葉にせずに転がした言葉を飲み込んで、コーヒーカップをソーサーに置くと再び純一の居る席へと向かった。


 座っている純一は、目を閉じて椅子にもたれ掛かっていた。

 足音がして目を開けて悠人を見ると小さく口元に笑みを浮かべる。

「お先に、ブレンドコーヒーです」

「ありがとう」

「……仕事、ですか」

「敬語じゃなくていいよ。ああ、でも仕事中か。うん、俺も仕事だった。やっと目処が立ったから来た」

 じっと見つける瞳から逃げたかった。だが思わず話掛けたのは自分だ。無碍に扱うわけにもいかず、視線を逸らして立ち尽くす。


「あの……その……」

「連絡、来ないから来ちゃった。明日、店休みでしょう? このあと時間ある?」

「この後?」

「俺も昨日も今日も働いたから。明日は休む。慎二……ああ、この前一緒に来た奴ね。事務所の留守番はアイツに任せてあるし。おれは、俺の仕事やってんだし文句は言わせないし」


 そう言って純一はカップに手を伸した。

 ふとその指先を見つめた。

 子どもの頃、純一との記憶は互いに中高生あたりまでだ。だから、その頃に比べたら体躯はもちろん大人になっている。

 指も、あの頃は自分より小さく細かった気がしたが、今はひとまわりほど大きく見えた。


「少し話がしたいから、飲みに行かない?」

「少し、なら。でも、俺も片付け、あるし……」

「待つよ、そのぐらい」

 視線を彷徨わせながら、悠人は頷いて「わかった」と答えると踵を返しカウンターへと戻った。



 入口のベルが鳴り、さっきまで冬真と話していた常連は賑やかに帰って行った。

 戻ってきた悠人に気がついて彼らが手を振るので、それに笑顔を浮かべて手を振りながら挨拶をした。

「なんか話したの」

 小さく冬真が問い、カウンターへと片付けに向かう。

 その手伝いをしながら悠人は少し戸惑いながら、でも問いの答えを口にした。

「まぁ、その……このあと話したいって」

「そりゃお前が連絡しないから当り前だろ」

「あと、ねぇ冬真さん」

「なに、そんな切羽詰まった顔して」

「匂い……今、何か匂いしますか?」


 そう囁くと、冬真は匂いを確かめるように鼻をヒクつかせて辺りを少し見回した。

 キッチンからはパスタ用の食材を炒める音がする。

「オリーブオイルの匂いならする」

「ちげぇ……ッ。いやそれはしますけど」

 小さく小さく叫びながら悠人は自分の鼻を手の甲で擦った。


「なに、鼻炎? 手洗えよ」

「片付けしながら洗いますよ。じゃなくって……甘い匂い……めっちゃするじゃん」

 消え入りそうな呟きと共に、悠人はカウンターに少し伏せった。

 冬真は悠人をチラリとみてから、角の席に座る純一を見やった。

「……まぁ、とにかく話はしなさいな。その後の相談、愚痴、なんでも聞いてやるからさ」

 そう言って冬真は悠人の背を軽く叩き、片付けを再開した。

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