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異界送り  作者: MKT
10/24

10 仮面の呪縛

 翌朝。重い瞼をこじ開けると、私は職員室の自分の席に座っていた。顔面は血の気が失せ、まるで死人のように真っ青だった。身体の奥底から、鉛のような疲労と、言いようのない嫌悪感が込み上げてくる。

 机の上には、真新しい欠席届が、まるで誰かの嘲りのように、五通、整然と並べられていた。

 生徒たちは、消えた。

 私は、かつて自分が憎んだ、あの「仮面の教師」になってしまったのだ。どうすれば止められる?この呪いを終わらせるには、一体どうすれば……。私の思考は、恐怖と絶望の渦の中で、混乱の極みにあった。

 静まり返った職員室の中で、私は震える手を堪えながら、出席簿を、まるで自らの罪を握りしめるかのように、ぎゅっと握りしめた。その紙の感触だけが、唯一の現実だった。

 窓の外では、いつしか冷たい雨が降り始め、斜めに打ちつけていた。濡れた校庭は、灰色に霞み、視界の全てが薄暗いフィルターをかけたように淀んでいる。どこまでも世界が、私を拒絶し、閉じていくようだった。

 私は職員室で、体を縮こませるように、しかし必死に、パソコンのキーボードを叩いていた。

「異界送り」「仮面の教師」「異界 教師」「生徒 行方不明」

 指が、震えて、なかなか正確にタイプできない。それでも、私は情報を探し続けた。自分のため、そして、あの夜、無残にも消えていった生徒たちのために。そして何より、これ以上、誰も失うことがないように。

 だが、ネットに散らばるのは、信頼性に欠ける都市伝説や、心霊現象を面白おかしく語る怪談めいた話ばかりだった。具体的な真実に辿り着けるものは、ほとんどなかった。

 そんな無数のガラクタ情報の中で、私は、一つの匿名掲示板のログに、不気味なほどのリアリティを感じた。

【匿名掲示板ログ】

【スレタイ】異界送り体験者いる?【マジレス希望】

 『10年前、◯◯県で異界送り体験。あの時クラスで仮面を被った教師が現れた。でもそいつは元から教師じゃ無かった。』

 『異界送りは、過去に生き延びた生徒が次の異界の教師にされる。呪いは救われた者から次の地獄を作る』

 『仮面は呪いを拡散する道具。壊さない限り、次の犠牲者を生み続ける』

 私は、その言葉を読み進めるにつれて、全身が凍りつくような震えに襲われた。手足の先から、体の奥底まで、冷たい感覚が広がっていく。

 (じゃあ、私が……)

 かつて異界送りを生き延びた私が、今度は、生徒たちを異界へと送る、次の「仮面の教師」になってしまっているというのか……?

 そんな、馬鹿な。ありえない。

 けれど、脳裏で、これまでの全ての辻褄が、恐ろしいほどに合致していく。あの仮面が私自身だったこと。瀬戸山先生が、なぜ突然、あの異界の教室に現れたのか。そして、私が生還した後に、彼から仮面が消えたこと。全てが、この恐ろしい仮説を裏付けていた。

 

 自宅のアパートに戻った私は、疲労と、この途方もない真実による不安で、泥のようにベッドに沈み込んだ。瞼を閉じれば、あの夜の光景がフラッシュバックする。生徒たちの悲鳴。肉が裂ける音。血の臭い。

 次に目を覚ました時、私は再び、あの冷たい、異界の教室に立っていた。

 教壇に立つ、私。その手には、あのタブレットが握られている。目の前には、真新しい制服姿の生徒たち。彼らは、昨日までと同じように、恐怖に顔を引きつらせ、震え、啜り泣く声が、教室の隅々まで響き渡っていた。

「……五人選びなさい」

 気がつくと、私の口が、勝手に、あの無機質な言葉を紡いでいた。止めたい。心から、叫んで拒否したいのに、声は、まるで自分の意思とは無関係に、喉の奥から勝手に出る。タブレットを掲げる手が、制御できないほど震え、掌には、嫌な汗が滲んでいる。

 生徒たちの目が怖い。助けを求める、縋るような目。諦めと、憎しみが入り混じった目。彼らの瞳は、私を、あの「仮面の教師」として見ているのだ。

 私は、もう、彼らを救うことも、守ることもできない。私が、彼らを地獄へと送る、その手先となってしまっている。

 仮面を壊さなければ。この呪いを、根源から断ち切らなければ。

 だけど、どこに呪いの仮面がある?あの時、緒川美琴の仮面を壊したはずなのに、なぜ私は、新たな仮面の教師となってここにいる?

 現実の世界では、私は普通の教師だ。しかし、この異界では、私はすでに「仮面の教師」として存在している。

 それはつまり、私自身が、あの呪いの仮面そのものになりかけているということだ。私と仮面は、もう一体化してしまったのか。

 

 翌朝。深い絶望と、言いようのない疲労感の中で、私は登校し、C組の教室へ急いだ。

 空席が、さらに増えていた。昨日消えた5人に加えて、また新たな空席がある。あの夜は、一度だけではなかったのか。それとも、私の意識がない間に、さらに別の異界送りが繰り返されたのか。

 出席番号を読む私の声が、かすかに震える。返事が返ってこない席が、日に日に増えていく。

 生徒たちの目が、私を見ている。その瞳には、疑惑と、恐怖と、そして、かすかな怒りが宿っていた。

 「なぜ先生は何もしてくれないの?」

 「なぜ見て見ぬふりをするの?」

 そんな声が、幻聴のように、私の耳元で聞こえる気がした。私の中に、罪悪感が、重くのしかかる。

 私は、震える拳を強く握りしめた。絶対に終わらせる。この呪いを、私自身の手で。

 

 放課後、私は、誰にも見咎められないよう、足早に図書館の資料室へ向かった。あの「クラス全員行方不明事件」を、もう一度、徹底的に調べ直すためだ。

 資料室の奥から、私は、厳重に封印されていた古い事故報告書を見つけ出した。その表紙には、「緒川美琴の件(極秘扱い)」と、鉛筆書きで記されている。その文字が、私を嘲笑うかのように歪んで見えた。

 震える手で、私は報告書のページをめくった。

 《10年前、東北地方の某女子校でクラス全員行方不明事件。最初の行方不明者は、校内でいじめに遭っていた一人の生徒だった。「全員連れて行ってやる」そう書かれた遺書が、机の上に残されていた。》

 (やっぱりだ……)

 私の胸に、苦い感情が込み上げる。これは、私の知っていた情報と寸分違わない。だが、そこには、私が知らなかった続きがあった。

 「なお、過去にも同様の事件が発生していた記録あり。」

 「『クラスメイト行方不明事件』は、さらに30年前の事故に酷似している。」

 (さらに過去?)

 私の思考は、完全に停止した。異界送りの起源は、緒川美琴ではなかった。彼女もまた、この呪いの被害者であり、そして、新たな加害者となっていただけなのだ。その前にも、そのまた前にも……、呪いは途切れることなく、まるで連鎖反応のように、脈々と続いていたのだ。

 私は気づき始めていた。「仮面」を砕いても、「呪い」そのものを砕かなければ、この連鎖は永遠に終わらない。そして今、その「呪い」は、私を完全に飲み込もうとしている。私が、この呪いに完全に飲み込まれて、新たな「仮面の教師」として、永遠に生徒たちを地獄に送り続けるのか。それとも、この途方もない呪いの連鎖を、私自身の手で、断ち切ることができるのか……。

 すべてが今、この私の、決意と行動にかかっている。私の目の前に広がるのは、無限の闇か、あるいは、かすかな希望の光か。

ここまで読んで頂きありがとうございます。

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