後編
あのダンジョン攻略から数日が経った。帰還した俺を見たソードとロッドは、まるで死人にでもあったかのように驚愕して、街で行われていた俺の葬式を急遽中止した。
帰還を、かつてヘルプで入ったパーティメンバーや、探索者仲間たちに喜ばれてはいたが、俺の内心は嬉しいなんて感情とはかけ離れたものをしていた。
俺は胸に空洞が出来たかのように空虚な感覚を、酒でごまかしていた。
「………あ」
ある時財布の中身がすっかりなくなった。仕方が無いので仕事をするしかない。俺は前と同じように、メンバーが足りなくなったパーティのヘルプとしてダンジョンに潜ることになった。
「なんもいねーっすね」
「ほんとね。アックスさんが来たから逃げちゃったんじゃない?」
なんて前の二人は話しながら、洞窟ダンジョンをずんずん歩いている。俺はそれに乾いた笑いを返した。
そしてしばらく進んでいると、先頭を歩いていた男が止まった。
「おいおい、やっと魔物が現れたぞ!」
俺はその言葉に、とりあえずの警戒態勢をとる。
「…って、なんだよ、色違いのゴブリンかよ」
その男の言葉に俺は顔を上げた。そこにはかつてと同じように、赤い皮膚と刃こぼれした短刀を持ったゴブリン―――”レッド”がいた。
「おいお前ら!早く逃げろ!」
後ろから声を張り上げる。その顔は、およそ緊迫感に欠けていて、これから死闘を繰り広げる人間のものとは思えなかった。
×
「よう!また会ったじゃねーの」
「……元気そうだな」
俺はこのダンジョンの全ての魔物を倒し、前の様にあの広い部屋の中にいた。ダンジョンコアと一緒にいた、と言うと意味としては違うが、しかし俺とダンジョンコアは前と同じように語らっていた。
相変わらず表情というものが無いので判断しかねるが、声色的に前と特にこれと言った変化は見当たらなかった。
「お前、死んだんじゃなかったのか?」
「え?何を言ってんだ。オイラの内のたった一つのダンジョンが崩壊したくらいで、オイラが死ぬわけないだろ。指が切れた程度で人が死ぬか?」
「いや……最悪の場合は死ぬだろ」
溜息を吐く。しかし口角は上がったまま。
「変だと思ったぜ。だってお前がオイラの一部を破壊するとき、なんか無駄に泣いてたからな」
「な、泣いてねーから!」
「泣いてただろ?泣き虫アックスくんよ」
「………俺はお前の事が嫌いだ」
「そうか?オイラはお前の事大好きだぜ!」
歯がゆいことを言ってくる。これまででここまで俺の事を好いてくれた奴なんて母親と父親位しかいない。その二人はもうこの世にいないけど。
…少しだけシリアスな気分になった。
「そういやアックス、お前には叶えたい夢ってやつはあるか?」
言われて、考える。少年の頃の俺には世界一の探索者になりたいという夢があったが、それはあまりにも現実的ではないし、そもそも世界一の探索者とは何なのか分からないため、いつからか夢の事なんて考えずに生きるようになっていた。
「夢……昔はあったかもしれない。だがもう、生きるために金を稼ぐしか俺には無い。その程度が俺の生活だ」
「立派な生活じゃねーか!まあそうだな、お前に夢が無いんだったら仕方ない。オイラの夢を二回も叶えてくれたお前に、何かお返しをしたいんだけど……」
と、突如としてダンジョンの天井が揺れ始めた。何かと思って見上げたら、俺の足元に見るからに豪華な装飾のネックレスや剣、腕輪だったり金の延べ棒だったりが落ちてきた。あと少しずれていたらただでは済まなかっただろう。
「残念ながらお宝しかない。金持ちにはなれると思うが、お前の生きがいを奪ってやるほどオイラは魔物じゃない」
コアが言い終えると、再びダンジョンが揺れ、宝は地面の中に埋まっていった。
「さて、どうしたものかね」
「うーん」と首を傾げている姿がなんとなく浮かぶ。俺はとりあえず引き続き、自分の夢について思考を巡らせる。
俺が叶えたい夢。俺は何のためにダンジョンに潜っている?金のためか?本当に―――
「夢……思いついた」
ポツリと呟く。その夢は、世界一の探索者になるという夢と比べたら遥かに現実的ではあるが、しかし難易度は果てしなく高いものだった。
コアは声を弾ませて、俺に問いかける。
「そうか!じゃあ聞かせてくれ!お前が叶えたい夢ってモンを!」
俺はゆっくりとその指を、天井に向かって指した。
「お前を攻略することだ」
もちろんそれはこのダンジョンを攻略する……というわけではない。世界各地に点在するあいつのダンジョンを全て攻略し尽くすというのが『お前を攻略する』という夢を叶えるのに必要なことだ。
俺のその答えを聞いたコアは―――
「そうか……そりゃいいな!サイコーだ!」
―――と、笑い声をダンジョン中に響かせた。
「ついては、残りのお前のダンジョン数を知りたいんだが…」
「ああ!ここ以外であと八十八か所あるぞ!」
「はちじゅ……」
思わず絶句する。この世には見つかっていないものを含めておよそ一万程度のダンジョンがある。その中の八十八…いや、九十か所がこいつのダンジョンなんて。
三十路の俺には少し荷が重いかもしれない。いや、少しどころではない。だが―――
「どうする?どうしてくれるんだ?」
こいつの高揚した声を聞いたら、選択肢は一つしかないだろう。
「やるに決まってんだろ?俺は俺の夢を叶えて、ついでにお前の夢も叶えてやるさ」
言い切って、戦斧の柄を強く握る。そして大きく、大きく振り上げる。狙いは目の前の台座の上に現れた金色の宝玉。
「また会える日を待ってるぜ!アックス!」
振り下ろす。
金色の宝玉は見事に真っ二つに割れ、金色の霧となって部屋に広がり、そして消えた。
×
数日後。俺はいつも通り斧を担いで、この広大な世界に一歩を踏み出した。
しかしいつもと違うところがあるのなら、それはおそらく心持だろう。金を稼ぐためだけのダンジョン攻略、パーティのヘルプ、それが一つの目的に向かって行くための、大きな架け橋になった。
これからの旅路が楽しみで愉快で仕方ない。
「八十八か所巡り、スタートだ」
言って、俺は歩き始める。残りの人生を懸けて、俺とあいつの夢を叶えるために。
読んでくださり誠にありがとうございました!