中編
「ダンジョンのコア?馬鹿なことを言うな。コアがこう喋るわけがないだろ」
「それは喋るコアと出会わなかったからだろ?オイラは喋る。ただそれだけさ」
まるで人と話しているかのよう。ダンジョンが『思考する巣』であるというのは哲学ではなくて事実だったのか。
いや、そんなわけがない。きっと悪魔か妖精のささやきだ。
無視して俺は引き続き、ダンジョンの中へ歩みを進める。その間もずっと、コアと名乗る奴は独り言の様な話を繰り返した。
「やっとまともに戦えて話せる奴が現れたよ。どんだけ待ったと思ってる。三百年か?忘れたけど」
「………」
「初心者ばっかでうんざりさ。毎回毎回テキトーなお宝だして退散してもらってたけど、お前がこの初心者ダンジョンに入って来た瞬間、オイラの中の青春…?ってやつは始まった気がしたね」
「………」
「ずっと溜まってたんだ。溜まって溜まって、発散したくて仕方が無かったぜ。あの二人の邪魔者どもをとっとと逃がしたことは我ながら正解だったな。」
「いい加減、このクソ長い通路をどうにかしてくれないか?コアならできるんだろ?」
長く、景色が変わり映えのしない通路にはすっかり飽きが来ていたし、長い話にも飽きが来ていた。独り言に付き合わされるのはあまり楽しくない。
「おう任せろ。」
そんな快い返事と同時に、ここより先の通路がこちらに迫ってくるような動きを見せた。今まで観たことのないそんな光景に、俺は口を半開きにして驚愕する。
「いっちょ上がり。ところでなんだが、疑問に思わなかったか?」
「………何がだ?」
俺は斧を構え直し、一気に警戒心を高める。この声が本当にコアだったのなら、俺の命は今こいつの裁量で簡単に潰される。
そうして歩いていると、少し広めの空間に出た。それはまさしくダンジョンのボスの部屋で、しかしどこにもそれらしき姿は見えない。
「敵、全然いなかっただろ?」
「……そうだな。」
「オイラさ、他のダンジョン達のことを見に行ったことがあるんだけど、ありゃつまんねーよな。単調な戦闘が定期的に続いて、ヒリつきを感じねぇ。最難関ダンジョン?もなんだよ。最初はレベルが低めな魔物を配置して、だんだん難易度を上げてって………そんなんじゃ攻略できなさそうだなって思った時に逃げられちまう。ヒリつきが無ぇ」
その瞬間、目の前で再び轟音が鳴り始める。俺は斧を強く握りしめ、何が現れるのか身構える。
「やっぱ戦いは量より質だが、量も質も多くて高ければ良いに越したことないだろ?」
部屋の中央に魔法陣が展開される。そして、そこから三十体ほどの赤い小さな生物が飛び出す。
「さあ!ヒリつく勝負しようぜ!アックス!」
俺は飛び掛かってくるレッド達に震える足を叩いた。そして顔を上げる。その瞳はかつてない程のヒリつき具合に高ぶり、燃え上がっていた。その口はひどく愉快そうに歪んでいた。
×
緑色の池の中心、俺はそこに寝そべって胸郭を大きく上下させていた。
「は…はは……ははは…」
緩んだ頬から笑みがこぼれる。そうだ、俺はこんなヒリつくギリギリの勝負がしたくてたまらなかった。
「さいっっっっコウだぜ!!アックス!!!」
「お前もな、ダンジョンコア!」
そうして俺達は笑いあった。まるで友人同士の様に。人とダンジョンが友人というのはかなり奇怪ではあるが。しかし俺達はかつてないほど心を通わせた友人だった。
俺はコアに話した。俺がこれまでどう生活してきたのか、どれだけのダンジョンを攻略してきたか、ありとあらゆることを話した。コアも俺に話した。これまでどんな奴がこのダンジョンに挑んだのか、挑んだ奴の中で誰との勝負が一番楽しかったか、ありとあらゆることを。
そして話す内容も尽きた頃、俺は緑色の池から立ち上がった。
「じゃあ、俺はこれで帰るから。また会えたらな」
「………待てよ、アックス」
と、先程までの愉快で元気そうな口調から、物寂しそうな口調でコアは俺の事を引き留めた。そんな様子に、俺は思わず笑みがこぼれる。
「なんだよ、ダンジョンコア。またいつでも合いに来てやるって」
「そうじゃない……そうじゃないよアックス。お前、まだやるべきことを終わらせてないだろ」
そう言われて、笑みが消える。
「いや……いやいやいや、俺とお前は友達だろ?友達のダンジョンを……攻略するなんて…」
「ダンジョンと人間が友達?なかなか愉快なことを言うじゃないか」
コアは笑う。俺は笑えない。
「オイラ、最高に楽しかった!このまま攻略してほしい……って思っちまうくらいに」
「いや……攻略なんて…お前、死ぬんだぞ…?」
ダンジョンの攻略とは、ダンジョンのコアを壊すこと。壊されたコアのダンジョンはやがて崩壊してしまう。
「いや、人間とダンジョンじゃ価値観が違うっつーか。オイラはいつか、攻略されたいって思ってたんだ。でも、それは探索者と全力でぶつかり合ってから」
部屋の中心に水瓶の形をした台座の様なものが現れる。そしてその上には金色の、トゲトゲした奇麗な星の様なものが置かれている。これがダンジョンの本体だ。
「もう満足だ!オイラの夢をかなえてくれよ、アックス!」
目の前の金色のそれから声が聞こえる。俺は床に落ちていた戦斧を、力無く、ゆっくりと持ち上げる。
「………ありがとう。ありがとう、ダンジョンコア」
「こちらこそだ!アックス!」
俺は大した力も入れずに、斧をその重量に任せてコアに振り下ろした。コアはぱきりと子気味の良い音を奏で、そして瞬時に空間に霧散した。




