侯爵令嬢付きのメイドはお嬢様と戯れる
「お嬢様〜、どこっすか〜っ!?」
ある春の日。暖かい日差しが差す中、1人のメイドが主を探して屋敷のなかを駆け回っていた。中庭に出たとき、薔薇の花壇の向こう側に探し人の髪色が見えた。
彼女は日傘をさし、一人で歩いている。メイドが近寄ると、彼女はあら、と言いながら振り返った。対するメイドは少々口を尖らせている。
「お嬢様ぁ〜、一人でウロウロされるのは辞めてくださいって何度も言いましたっすよね?」
「あらタルト。あなたが側にいなかったんだもの。仕方がないじゃない」
ぷにぷにと頬をつついてくる主に、メイドは肩を落とした。
「アタシがいなかったら、他の方に声かけてくださいっていっつも言ってるっすよ。なのにお嬢様は毎回毎回……焦って探し回るこっちの身も少し気にかけて欲しいっす。ねぇ、マリベス・クラエット侯爵令嬢様?」
そんなタルトの様子を見て、マリベスはコロコロと笑う。人差し指で俯き気味だったタルトの顔を上げさせ、目線を合わせた。
「あなたはわたくしの専属メイドだというのに、何処かへ行っているのが悪いのよ」
「それはないっすよ……頑張ってお嬢様のために苺のタルトを焼いてたんすよ?」
「まあ。なら、部屋に用意して頂戴」
がくり。今日も口喧嘩には勝てず、タルトはやけくそ気味に日傘を奪い取った。
「日傘は持つんで、早く室内に入ってくださいっす。日焼けしたら大変なんで」
タルト。彼女はクラエット侯爵家が長女、マリベス・クラエットの専属メイドである。
平民の身でありながら、侯爵令嬢に仕えることは、本来あり得ぬこと。だが、彼女の並外れたある能力がそれをあり得ることにしていた。
「さーて。さっきはよくもやってくれたっすね?」
「ヒッ!」
蝋燭の光だけが照らす、薄暗い牢の中。にやり、と手にダガーを持ったタルトが、四肢を椅子に拘束された男に近づいた。男は暴れるが、それしきのことで拘束が外れることはない。ただ、僅かに床に固定された椅子が音を立てるだけだ。
恐怖に目を見開く男に、タルトは腕を振り上げた。
「んじゃ、キリキリ吐いてくださいっすね。早く吐いたほうがアンタも痛い思いせずに、アタシも早くお嬢様のトコに戻れるんで」
ぎゃああああっ!と男の声が人知れず響いた。
数時間後。タルトは紙に記録をつけながら、スンスンと己の匂いを嗅いでいた。鉄臭い。当たり前か。
「ふう、意外と粘ったっすね。もっと簡単にしゃべると思ったんすけど」
「タルト」
薄闇の中から髪をきっちりまとめた、無表情長身の女性がぬうっと現れた。常人ならば悲鳴ものだが、タルトは悲鳴一つ上げず、女性へ向き直る。
「あ、メイド長。お疲れ様っす」
「ああ、そうそう。あなたのこと、またお嬢様が探していたわよ」
手についた血を拭いている手を止め、また?と首を傾げた。はて一体何の用だろうか、と考えるが心当たりはない。
う〜んと首を捻っているとメイド長から答えが。
「『ホットミルクが飲みたいから、持ってきて』だそうよ」
「……今、何時っすか?」
「夜中の2時ね」
がくり。膝の力が抜け、壁にもたれ掛かる。お嬢様……流石に人使い荒すぎるっす……
頭を抱えて呻いていると、メイド長が僅かに口角を上げた。
「まあ、頑張って頂戴ね。今のところ、あなたが一番お嬢様のお気に入りなのだから」
実のところ、クラエット侯爵家には国内外問わず敵が多い。侯爵家でありながら王家にも劣らぬ影響を持っていること、そして国外でもその種を問わず各地で暗躍していることが原因である。一言で言えば、甘い汁を吸いたい悪徳貴族たちから僻みを買っているのだ。よって、侯爵だけでなく、一人娘のマリベスにも暗殺者が放たれるということは割とよくあった。
それをほぼ一人で凌いでいる実力者が、タルトであった。
今から7年前。孤児である、名も無い少女を拾い上げ、名を与えた。……タルトという名はどうかと思うが。聞けば『お前の髪色はタルトにそっくりだからよ。そして、タルトはわたくしが最も好きな菓子の名前よ。光栄でしょう?』とのこと。確かにタルトの髪は地味な茶髪である。深紅の髪であるマリベスとはまるで正反対……
まあ、そんなわけで侯爵家に拾われたタルトという名の少女は、メキメキとその腕を上げていった。格闘術、剣術、弓術。暗器の扱いもお手の物である。勿論、メイドとして、令嬢の身の回りの世話に必要な『お茶を淹れる』『ドレスを着付ける』『髪を結う』等々のスキルも磨き、ついでとばかりに、一流職人顔負けの『菓子作り』『刺繍』スキルも身に着けた。因みに、それを見た各専門職の方々がタルトに見えぬところでそれはもう盛大にプライドを折られ、卒倒している。知らぬは当人ばかりのみ、である。
口調を除けば、タルトは上級メイドとして十分な素質を持っている。口調を除けば、だが。
侯爵家の使用人たちがどう頑張っても、この口調は直らなかった。しかし、それをマリベスが気に入っていると分かった途端、『タルトの口調矯正会』は即座に解散した。マリベスの感覚は未だに謎である。
「お嬢様〜、ホットミルク作ってきたっすよ……ってアレ。お嬢様、どこにいるんすか?」
部屋に入るが、マリベスの姿は見当たらない。はて、と思っていると浴室から物音が聞こえた。見ると、浴室の隅っこに縮こまった主の姿が。普段ならば絶対にしないであろう姿、ネグリジェ姿で膝を抱えて座り込んでいる。
「え、何してんすか……?」
「……あれ、みて」
「? なんすかこの手紙。こんなの屋敷には届いて無いっすよね」
開けろ、との手振りの指示に従うと、中から出てきたのは―――
「な……ッ!? え、は……なんじゃこりゃあ!?」
「…………そういう反応、するわよね……?」
珍しく弱気な主の原因は、とんでもない内容の手紙だったらしい。
内容は、やれ《君の瞳を舐めたらどんな味がするのだろうか》、やれ《君の髪でマフラーを編んで巻けたらどんなに幸せか》。つらつらと書かれた気色の悪い口説き文句。極めつけは《君を僕の人形にしたい。一生、いや死んでも愛するよ》である。
―――完全に、ヤバい。この手紙を書いた奴は頭が逝っている。ネジが何本か緩んでいるどころの話ではない。すべて外れている。
思わず汚い雑巾を掴むようにして手紙を持つ。正直、今すぐ破って燃やしたいが、我慢である。
「え、お嬢様……コレ、いつからあったんすか……?」
「……さっき起きたらよ。机の上にあったわ」
「…………」
確か先ほどは他のメイドがマリベスの部屋の前の窓を開けていたはず。その時に入られた線が一番濃厚だろう。迂闊だった。
ひとまず、犯人特定と報復は後にして今は主に寝てもらうことが先だ。
そうと決まれば、行動せねば。
「……お嬢様」
「何よ」
「コレは処分しておきますんで、もう寝ないっすか? ホットミルク飲むっすか?」
冷めることも考慮してかなり熱めにしておいてよかった。のむ、と返事をし主が近づいてきたので、浴室から出し部屋の椅子に誘導。マグカップを渡すとちびちびと飲み始めた。ちょっと可愛い。
「……なに」
「いえ、お嬢様が可愛いな〜って」
「……ふん」
満更でもなさそうだ。
空になったコップを回収。ベッドへ連れて行こうとしたら、拒否られた。腕をつかまれ動けない。
「え、どしたんすか?」
「――て」
「え?」
「寝れないから、一緒に寝て」
「……………!!??」
吃驚仰天な要求に思わず目を瞬かせる。聞き間違いか、と悩んでいると追い打ちが。
「一緒は、駄目……?」
「ヴッ」
上目遣いは無理である。タルトはアッサリ陥落した。
ベッド前にて。
「え、同じベッドで寝るんすか?」
「そう。じゃなきゃダメ」
「でもお嬢様。アタシ、体洗ってないんで汚いっすよ」
「なら一緒にお風呂入るわよ」
「あっ、それはダメっす。貴族令嬢とメイドが同じ風呂はダメっす」
「……命令。一緒に入りなさい」
「…………ハイ」
浴室内にて。
「え、お嬢様、何するつもりっすか……?」
「わたくしがあなたの背中洗ってあげるわ」
「え、ちょちょ、ダメっすダメっす!! お嬢様は湯船に浸かっててくださいっす!!」
「命令、じっとしてなさい」
「…………ハイ」
ベッドの中にて。
「お嬢様」
「なによ。わたくしのネグリジェが気に入らないのかしら?」
「逆っす。高級な布すぎで、快適すぎで、寝れないっす」
「あら、わたくしと同じね。なら眠くなるまで何か話をして頂戴」
「え、話っすか?」
「そうね、どうせならあなたの話を聞きたいわ」
「アタシのっすか? あんま気持ちのいい話じゃ無いっすよ」
「構わないわ。わたくし、タルトのこれまでのことを知らないんだもの」
うつ伏せになりながらマリベスはタルトの方へ向いた。
「わたくし、タルトとは〝お友達〟になりたいの。そのために、わたくしはあなたのことをもっと知りたいわ」
「!」
そうか。彼女は貴族令嬢である前に、ただ一人の人間なのだ。自分と同じように。
勝手に『主』と『メイド』と区別していたのは己の方だったか。
「わかったっすよ」
夜も更けた頃に少女たちの話し声は止まった。
朝、2人が起きてこないことを不思議に思ったメイド長がマリベスの部屋を訪ねると、2人は手をつないで寝ていたという。
後にクラエット家の元メイド長はこう語る。
『苛烈な女侯爵と呼ばれるようになったお嬢様ですが、あの時だけは非常に安心なさったような寝顔でいらっしゃいました。今も、現メイド長の前ではあのような顔をなさるときがありますがね』
【緋色の薔薇】の異名を持つ苛烈かつ、やり手の女侯爵、マリベス・クラエット。彼女の側には生涯、茶髪のメイドがいたという。彼女らの話は童話にもされ、男尊女卑という価値観を崩し、女性が社会へ進出、活躍する一歩を踏み出すきっかけにもなった。
大勢の記者が侯爵家を訪れ、女侯爵とメイド長にインタビューをしたが、必ず言及される『2人の関係性』について、彼女らはそれぞれ次の様に語っている。
『彼女がいなければわたくしはここまで成長することができなかったわ。わたくしの優秀なメイドであり、親友でもあるタルトに最大の感謝と親愛を』
『あの方はゴミ溜めにいたアタシを救い出してくれた救世主であり、生涯唯一の主であり、親友っす。あの方のためなら、アタシは何でもできるっすよ』
そして、最後にこう言うのだ。
『この絆は、永遠である』
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