2.狂おしい真実
そして、俺は目立つのが好きだという理由で評議委員になった。嘘だけどな。
まさかの相手は月原さん。嬉しかった。これで、話す理由が出来ると思ったから。
だけど、きっと彼女はやりたくてやっているのではないと思う。
なぜならなかなか決まらず、その中で彼女は弱々しく手を挙げたのだから。
まぁ俺がしっかりすれば月原さんを困らせずに済ませられるはずだ。
一学期はあっという間に過ぎて行った。日に日に月原さんを大切に想う気持ちは
強くなるばかりだった。だけど、大丈夫。この思いはきっと友情だ。きっとな。
恋なんて知らねぇし…。愛も知らない。だって愛された事、無いから。
今日から、夏休みか。このまま連絡先も聞けないままでいいのか?
そんなの嫌だ…「月原さん!」帰ろうとしていた彼女を呼び止める。
彼女はふわっと振り返り「どうかしたの?」と首をかしげる。
俺の胸がドキッと鳴った気がした。俺は「連絡先、交換したい」と言うと彼女は
「わかった。今日の放課後でいいかな?」と聞かれ俺が頷くと「月空公園でいい?」と月原さんは言い俺が「オッケー」と言うと帰って行った。
勇気出して聞いてよかった。家に帰ると久しぶりにあの人が目の前に居た。
「どうしたん?」と俺が聞くと「明日から夏休みなんでしょ?だからって、
あいつの所に行ったらダメよ」と言ってきた。俺、行く気満々だったのだが…。
それよりも俺はこの人が俺の事についてちゃんと知っていた事に驚く。
普通は当たり前の事なのだろうけど。「なんで行ったらダメなん?」と聞くと
「あいつはクズよ。私達がクズって言われるようになった原因じゃない」と言う。
この人も充分クズだと思うが…。まぁいいや。どうせ勝手に行ったっていいだろ。
きっと今日だけ早く帰って来たのだろうから。この人は必死にそうに
「お願いよ。朝陽まで私を裏切るの?」と言って来る。知るかよ。あんたが散々、
放置しているくせに…。今更なにが言いたいんだ。お前に主導権なんてないだろ。
この人は溜息を吐くと「ほら。五千円あげるから。行きたければ勝手にすれば」と言った。そして、「私は確かに子どもに対してクズだったわ。でも、あいつは
私に対してクズだったし、周りにも迷惑をかけた。だから関係ない朝陽まで…
学校でクズだって言われたんでしょ?」と言った。たしかにそうだったな…。
でも、父さんは俺の話を聞いてくれた。勉強も見てくれた。
俺は「ただ話を聞いて欲しかっただけなんだよ」と言い自分の部屋に逃げた。
財布の中身を見る。父さんに貰った二千円とあの人に貰った五千円。
そして、普段の生活費用に貯めていたのが三千円。合計一万円だった。
父さんに会いに行くには普通に充分だ。二千円もあれば。
たしか合計千三百円くらいで父さんの家には行ける。
そんな事を考えながら着替えると月空公園に行った。
そこには月原さんが藤棚のベンチに座って待っていた。
俺はその横に座ると口を開く。「待たせてごめん」
月原さんは柔らかく微笑み「気にしないで。私もさっき来た所だから」と言い
「それに、待っている間、空を眺めているのもよかったから」と言う。
俺はへらへらと笑いながらスマホを開きLINE交換をする。
月原さんは「明日から夏休みだね」と楽しそうに言う。きっと家が幸せなんだな。
彼女は笑顔で「お母さんとお父さんで夏休みに旅行に行くの」と言った。
俺、家族旅行なんてした事ないな。だけど、彼女の笑顔があまりにも眩しくて
俺は笑って「楽しそうだな」と言えた。月原さんは「森田さんは家族でどこか
行くの?」と聞いてきた。俺は一瞬真顔になりかけて慌てて「父さんの実家に
夏休みは行くかな」と言った。半分嘘だ。ただ、父さんの家に行くだけだ。
父さんの実家っていうか俺の実家だし。そう、俺は嘘つきだ。クズだから。
何も隠していないように見せて本当は全部、嘘半分だ。隠している。
月原さんは五時前になると「それじゃあ、またね」と言って帰って行った。
一人、藤棚に座りながら思う。俺はきっと一生誰にも愛されないのだと。
目に入る太陽が眩しくて悲しい。俺は何にもなれないままくたばっていくのだ。
父さんの所に行こうかな…。夏休みくらい楽に生きたい。
そして、俺は電車に乗って父さんの家に向かった。愛されたくて。
愛されないと分かっていてもなお愛されたいと望み続けて。
太陽寺朝陽という名の少年に戻りたくて。戻りたくなくて。何もわからなくて。
それでも何かをずっと探している。気づくと俺は父さんの家の前に来ていた。
インターフォンを鳴らすと父さんは出て来て言った。
「よお朝陽、久しぶりだな」
俺は無表情で「夏休みだから泊まりに来た」と言うと「そういやもう夏休みか。
朝陽の部屋、変わらずに置いているから使ってくれ」と父さんは言う。
そして、「夜ご飯はもう食べたのか?」と聞かれ首を振ると
「なら今から作るよ。何が良い?」と聞かれ「ハンバーグ」と言うと父さんは
キッチンに行き作り始める。俺が父さんの家に行きたかった最大の理由。
それは、家事をしなくていいからだ。これなら千三百円以上の価値がある。
夏休みずっと居ればめっちゃ価値のある時間になる。やっぱ俺ってクズだな。
考え方が。晩飯を作りながら父さんが「中学はどうだ?」と聞かれ
「まぁまぁ」と言うと「そうか」と父さんは言う。
俺はさ、正直どうでもいい。このまま死んだってどうも思わない。
誰にも愛されていないなら俺が死んでも誰も悲しまないだろう。
なら生きる意味なんてどこにもない。父さんだってきっと愛していない。
ただ、母さんよりも自分が良い人だって思われたいだけの事くらい知っている。
父さんがクズなのは重々承知だ。色々な女と遊びまわっていたらしい。
母さんと結婚しておきながら。傷つき裏切られたと思った母さんは男遊びを
始めた。そう、どっちもどっちな奴らだった。父さんは他にも、
色々な人から金を貰っていた。きっと今、父さんが作っている晩飯も女から
貰った金なんだろうな。父さんイケメンだから…。今でもモテるらしい。
俺は誰か似だからイケメンじゃない。まぁそんな親なわけだし俺も将来は
クズになるんだろうな。父さんは俺を見ながら「お前は咲雪に似ているな」と
言ってきた。は?と思った。だって俺はそんな奴知らない。
父さんはばっと口を塞ぐ。・・・まさか、な?不倫相手とか?
そうしたら母さん、さすがに可哀そうだって裏切りすぎだろ。
子供まで作ったっていうのかよ。絶対、母さん知っている。
だって、子供産んでいないのに生まれたんだから。
じゃあ、なんでそれでも俺を育ててくれたんだよ。捨てればよかっただろ。
母さんが捨てたって問題ないだろ。自分の子じゃないのに…。
父さんが「咲雪に会ってみるか?」と聞かれ固まっていると
「弥生と住むのやめて咲雪と父さんで住んでみないか?」と言ってきた。
俺の中に絶望が広がって行く。母さん、今までごめん。折角止めてくれたのに、
俺はそれを無視した。父さんはどんどん話し出す。「咲雪は今二十代後半で
そろそろ子育てできるから朝陽に会いたいって言ってたぞ」と言ってきた。
俺はクスっと笑った後「へーそうなんだ。興味ないけど好きにすれば」と言うと
「じゃあ明日来るように呼んでおくよ」と父さんは言った。
そして、晩飯を食べ終わる。こいつは本当にクズだ。母さん、ごめん。
俺は明日、咲雪さんに会う事になった。母さんはそれを避けたかったんだな。
俺を傷つけたくなくて今日、わざわざ早く帰って来てくれたんだな。
今更、気付いたよ。そうして俺は風呂に入ると寝た。家事をしなくていいのは
とても楽だった。けれど少しだけまだ迷っている自分が居た。
朝になり父さんが「昼から咲雪来るって」と言った。
俺は用意されていた朝ご飯を食べて部屋に戻る。ここも居場所じゃなかった。
結局、俺は独りぼっちだった。もう、誰も信じない。
俺はただ愛されたかっただけなのに…なんでこんなにも残酷なんだろ。
もう嫌だ。なんで俺ばっかりこんな目にあわなきゃいけないんだよ。
月原さんの家みたいに家族皆で楽しく旅行とか行ってみたかったよ。
母さんに幸せになってほしい。きっと辛かったのだろうから。
心に余裕がなかったんだよな。それに、母さんは自分がダメな親だって
気づいている。父さんはどうだろうか?自分がクズだと理解していない。
平然と生きている。母さんは絶望したんだろうな。きっと俺に当たらないように
気を付けていたんだと思う。だから、俺と距離を取ったんだ。
母さんを追い詰めたのは父さんだ。でも、俺を追い詰めているのは両方だ。
でも、月原さんは俺の希望だ。たった一つの俺の光。
だけど、月原さんの横には湊ってやつが居るから。結局、俺の居場所なんて—
ないんだろうな。別に、いいけどさ。委員が同じだけで俺は幸せだよ。
多分、あの日からずっと俺は月原さんが好きなんだと思う。
朝焼けに輝く彼女の姿が本当に美しくて、純粋に綺麗だと思った。
同時に儚いと思った。彼女のそばに居たいと思ってしまった。
この気持ちがなんなのかわからなかった。俺は月原さんを守りたい。
彼女の事を知りたい。もっと仲良くなりたい。これが好きって事だろ?
恋愛じゃないからな!っていうか恋なんて俺は知らない。
月原さんに会えないだけなのに酷く毎日が狂おしい。胸が苦しい。
皆が羨ましい。幸せそうに笑っている奴らを見ているとムカつく。
友達が居る奴がずるかった。俺には出来ないのにって。
俺は、太陽寺 朝陽はそんな妬みに溢れた男だ。
誰にも愛された事なんてないから、愛を知りたいとここまで来たのに…。
結局、知る事になるのは残酷な真実。いっそ皆、不幸になってしまえばいいのに。
俺をバカにした奴らや虐めてきた奴らや貶めた人間、全部不幸になればいい。
きっと俺の願いなんて何も叶わないならせめて俺を不幸にした奴ら、全員不幸に
なればいいのに…。俺はこんなにもずっと辛いのに…。俺が幸せだって思えたのは月原さんが居る時だけだ。彼女のそばに居れる事が俺のたった一つの幸せ。
彼女は俺の味方だって言ってくれた。傍に居るって言ってくれた。
嘘でもいいから、その言葉を俺は信じ続けてこの壊れそうな心を守ったのだ。
でも、いつも思うんだ。もしも俺が愛されたら友達、できたのかな。
優しくなれたのかな。なんて、バカらしいよな。好きだよ。月原さん。
この気持ちに嘘偽りなんてない。これがどういう好きなのか分からない。
でも、月原さんは俺にとって特別だ。それでいいじゃないか。充分幸せだろ。
これ以上なにを望むというんだよ。そういうの欲張りっていうんだよな。
昼になり、咲雪さんに会った。「朝陽これからよろしくね」と華やかな笑顔で
咲雪さんは話しかけてくる。俺はとりあえず笑顔で頷いた。
そして、父さんと咲雪さんが仲良く喋っているうちに逃げるように家を出た。
近くの公園で溜息を吐いていると「どうしたの?」と見知らぬ男の子に
声をかけられた。「別に」と言うと「寂しそう」と彼は言う。
彼の白に近い金色のサラサラの髪が風に揺れる。そして、彼は「僕さ、今、アイス買ってきたんだ」と言って俺に半分くれた。驚いていると「夏って暑いよね」と
彼は爽やかに笑った。彼の瞳は透き通るような青と緑だった。オッドアイだ。
驚いて見つめていると「変だよね。ごめん」と彼が言うから「そんな事ない!
綺麗だなって思っただけだし」と言うと彼は驚いたように固まり、
「君、面白いね」と言い「名前は?」と聞かれ「朝陽」と言うと「朝陽君、
よろしく。僕は凛音」と言った。俺は嬉しかった。友達になれるかもって思ったんだ。凛音が「僕ってさ変わっているんだよね。色々と」と言った。
それを聞いて俺は「人間なんて皆、変わっているだろ」と言うと凛音はパッと
笑顔になり「朝陽君は優しいね」と言い「でも、辛そう」と言った。
俺はへらへらと笑いながら「俺なんて優しくねぇよ」と言うと凛音は
「優しいよ。人は優しいよ」と言った。俺は「人なんてクズばっかだろ」と言うと凛音は「確かにそうだけど、優しい部分もあるよ。朝陽君だってそうじゃん」と
彼は言う。変な奴。いきなり話しかけて来てこんな話してさ…と思っていたら
凛音が「朝陽君、今はもう太陽寺じゃないの?」と聞いてきた。
えっ?と固まっていると「ありがとう。あの日、僕は君に救われた。
また会えて嬉しい」と言った。は?と思っていると「小1の時にね。僕がバカに
されていたら朝陽君が『人の容姿をバカにするんじゃねぇ!こいつの瞳も髪も
めっちゃ綺麗じゃん。お前らただ嫉妬しているだけだろ』って言ってくれたんだ。
朝陽君は忘れているだろうけど僕はずっと覚えていたよ」と言った。
「それは…」と俺が呟くと「関わる事もなかったけど、僕はずっと見ていたよ。
朝陽君がこの町を去って行くその日までずっと見ていた。僕、意気地なしだから
朝陽君が辛い時に声をかけれなかった。朝陽君はクズじゃないって優しいって
言えなかった」と凛音は泣き出した。俺は気づいた。こいつはきっと俺の事が…
好きなんだって。俺が月原さんを好きになったように…ん?どういう事だ?
俺は月原さんの事をどう思っているんだ?分からない。凛音が「いつ帰るの?」と聞かれ「夏休みが終わる前には帰るよ」と言うと「そっか…あのさ、小学校の頃は意気地なしで言えなかったけど…LINE交換したい!」と凛音は言った。
俺は「いいけど」と言いスマホを出して交換する。凛音は天使みたいにふわっと
笑って「ありがとう」と言った。その幸せそうな笑顔を見て俺は思った。
やっぱり彼は綺麗で可愛いなって。不幸になれなんていうドロドロした気持ちを
彼に持つことはなかった。そして、家に帰ると咲雪さんが「おかえりー」と言い
夕飯を出してくれた。それは、唐揚げと味噌汁に米だった。美味しかった。
だけど、やっぱり違う。俺は、母さんに会いたい。結局、全員クズだけど、
母さんが良いと思ったんだ。この生活はきっと楽で素敵だろう。
だが、この人達は俺を愛してくれない。今日、会ってよくわかった。
咲雪さんは偽善者で、父さんと住みたいだけ。父さんの顔が好きなだけ。
つまり、そこらへんにいる奴らと変わらない偽善者だ。
俺は今、十三歳だ。咲雪さんは今、二十八歳だ。つまり、咲雪さんは十五歳の時に俺を産んでいる。ただの不良だ。まぁ父さんもクズって事が分かるが…。
咲雪さんは嘘の愛を振りかざしているだけだ。父さんだってきっとそうなんだ。
結局俺は…ずっと一人なんだって俺、それしか言ってないな。
いい加減立ち直れよよな…。もういいじゃん。夏休みここで暮らし、
もう二度と来なければいいんだ。母さんにも一応、謝ろう。
こんな真実、知りたくなかったな。今まで母さんだと思っていた人は偽物で、
父さんは未成年者と子どもを作っていて、その子が俺なんて…。
狂おしいほどに残酷な真実だった。さすがの俺もショックだよ。
そうして、夏休みが終わる三日前に俺は父さんの家を出て行く事にした。
帰り際、父さんは「冬休みも来いよ」と言って四千円をくれた。
父さんも母さんも金でなんでも解決しようとすんのやめろよな…。
まぁいいけど。ズキッて痛む心を俺は無視した。
駅に着くと凛音が居た。彼は「また会えなくなるの寂しい」と言った。
俺は「いつか、また会えるって」と言うと凛音はふわっと微笑み、
「信じてる。ずっと待っているから。それから、連絡はしようね」と言った。
この夏休み、散々だった。だけど、こいつと過ごせた時間だけは綺麗だよ。
宝石みたいにキラキラと凛音だけは輝いている。
俺が家に帰ると母さんが居た。入ってみると泣いていた。
「母さん?」と聞くと「朝陽…大丈夫だったの?」と聞き返された。
俺はぎこちなく「別に大丈夫だから。母さんは好きに暮らしとけば」と言うと
「心配したのよ⁉」と泣き叫ばれた。意味わかんねぇよ。嘘ばっか。
本当の子じゃないのに心配とか嘘に決まっている。気づくと俺は「噓ばっか!」と叫び散らして部屋に駆け込んだ。零れ落ちてくる涙がバカらしい。
誰か、俺に居場所をくれないかな…。早く月原さんに会いたい。
いつかまた凛音とも会いたい。この夏休みの会話がよみがえる。
毎日、同じ時間に公園の木陰でくだらない事を沢山話したっけ。
彼が笑うだけで世界は光に包まれた。でも、俺の世界は真っ暗闇。
その中に光を灯した少女を思い出す。月原さん。早く会いたいな。
あの日、彼女を好きになったのは、光って見えたのはきっと朝焼けのせいだ。
だけど、勘違いでもいい。気の迷いでもいい。それでも、傍に居たかった。




