12.迷惑だってかまわない
嫌な予感がして走って公園に行く。湖に行く。湊が居た。
僕は走って「湊!生きて!」と叫んでいた。湊が驚いたように振り向いた。
そして「えっ?俺、普通に生きているけど」と言っている。
僕が「だって、高校行かないって言っていたやん。頭いいのに」と言う。
すると「はぁーもういいだろ。行きたくないんだよ」と湊が言う。
投げやりでどこか悲しそうな言い方やった。目線を逸らしていた。
きっとそういう事やんな「お金がないなら僕が払うから」と言う。
湊が「お前の金じゃないだろ」と言われる。確かにそうやけど…。
いつか親にも自分で働いて返すつもりやし…。とにかく僕は言う。
「僕は、湊と一緒に高校に行きたい。湊のいない世界なんて嫌や」
迷惑だって構わない。もう優しくなくてもいい。偽善者なんかもう演じない。
僕は素直に生きたい。特に湊の前では。すると湊は茫然と僕を見つめる。
優しい湊の事やからきっと認めてくれるはずや。
湊は苦しそうに顔を歪め「まじでそういうのいいから」と言われる。
傷ついた。だけどここで諦めるわけにはいかない。自分勝手だって構わない。
だから湊を幸せにしたい。湊の傍で笑っていたい。辛くても生きられたのは…。
「湊のおかげで僕はまた生きようと思えた。だから、湊が幸せじゃないの嫌や」
気付いたらそう言っていた。湊が苦しそうに涙を堪えている。
「泣いていいんやで」と僕が言うと彼は子供みたいに大泣きしていた。
きっと泣き止んだら教えてくれるだろう。なんで高校に行かないと言ったのか。
湊は結構な時間泣いていた。背中をさすってやりたかったけどまた驚かれたら…。
そう思うとできなかった。湊は三十分後泣き止んだ。
そして口を開いた。「俺、親が家にいないから一人暮らししている。
母親が小さい頃に病気で亡くなって父親はショックだったみたいだ。
それで、一緒に住まなくなった。毎月、生活費だけが送られてくる。
だから、受験費なんてない。だから諦めた。勉強するのは楽しかった。
だけど…中学卒業したら自分で稼がなきゃいけないと思って諦めていた。
だから今日、翔に幸せになってほしいって言われた時、嬉しかった。
だけど…大丈夫だから。翔、もう充分幸せだから気にしないでいいよ」と言った。
僕は、なんて言えばいいかわからなかった。湊は僕の事何もわかっていない。
「だからさ。僕は、湊のいない高校なんて嫌やって言っているんやけど」と言う。
湊は「翔は優しいな…。俺は本当に大丈夫だから」と言う。
段々イライラして「だ・か・ら、諦めるなって言ってんだよ‼」と怒鳴った。
僕は、人に向かって怒鳴ったのは初めてやった。自分でも驚いてしまう。
湊は自虐するように「もういいだろ。こんな人生いらないから」と言う。
やっぱり…と僕は思った。こいつ中学卒業して死ぬ気や。就職するとか嘘や。
僕は「死になたきゃ勝手に死なばいいけど。僕は生きてほしい!」と言う。
湊は「あぁもう‼なんで翔はさっきから俺の心を乱すんだよ!」と言う。
苦しそうに、もがくように。髪をくしゃくしゃにしながら。
僕は見ているのも辛くなる。だけどここで諦めたらだめや。
自分の為に。
「僕は、湊が大切やからここまでしてがんばっているんや」と伝える。
湊に「そういうのありがた迷惑って言うんだよ‼」と怒鳴られる。
僕は辛いのをグッと堪えて「それでもいいんや。湊といきたいから」と言う。
「俺、もう死にたいんだよ」と言い「生きる意味なんてもうないから」と言う。
僕は酷く傷ついた。そんな事を考えていたなんて知らなかった。
大きな木とか強いとか勝手に決めつけていた。彼はこんなにも潰れていたのに。
もうとっくに枯れていたのに。そんな事にも気づかずにいた。
僕はふと思い出す。僕と湊が出会ったのは夜だった事を。
ほんまはあの夜、死ぬつもりやったんかもしれない。
でも…だとしたらなんであの日、死ななかったんやろうか。
あぁもう頭がこんがらがってきた。
今までの僕やったらきっとこんな事、聞かなかったやろう。
だけど考えるより先に「もしかしてあの日、自殺しようとしてたん?」と言った。
湊がビクッとする。パッと逃げ出そうとする。僕は慌てて止める。
止めなかったらどこか遥か遠くの場所へ消えてしまいそうやったから。
湊の手を強く、強く掴んだ。今は嫌われるとか気にしている場合やないから。
というか湊の為なら嫌われたって構わない。皆にバカにされたって構わない。
だから、だからどうか消えないでくれ。湊が僕の薄暗い世界に光をくれた。
湊が居たから僕は…今、ここにいる。湊、自分勝手な僕を許してくれ。
湊の傍に居たいからって必死に止める僕を許してくれ。
湊の事、大好きだし守りたい。だけど…僕ダメな奴やから止めていいかな。
傍に居たいって思っていてもいいかな。湊に迷惑かけてもいいかな。
今だってめっちゃ怖いで、だけど湊がいなくなるのはもっとずっと怖い。
だから止めるんや。自己中心的な奴でごめん。ほんまごめん。
だけど…それでも僕は「湊を幸せにしたい!心から笑う所をまた見たい。
また下らない話したい」と言う。
ダメだよな。分かっている。それでもいい。
と思った時だった。「もういいから。―俺。お前の事、嫌いだから」と言われた。
心に矢が突き刺さるような思いだった。僕は、ただ湊を救いたいだけやのに…。
なんでこうやって嫌われてしまうんやろ。そうか、いきなり素直になるって…。
バカみたいな事したからやな。ほんま僕ってあほやな。わかっていたはずやのに。
湊を困らせるような事…言った。嫌われて当然よな。でも…救いたかったのは…。
本当やったのにな…。僕はもう無価値な人間やなと思った。
湊が去って行く。
その時、電話がなる。森田君やった。「もしもし森田君?」と僕は出る。
森田君が『よう春日。明日からいよいよ中三だなー』と言う。僕は曖昧に頷く。
彼が『春日、悩みあるだろ?』と言われた。僕は驚いて固まる。
『今どこに居る?』と聞いてくる。月空公園だと伝えると待ってろと言い切れた。
意味が分からない。僕は森田君の事を呼んでいないのになぜ来るのやろうか。
今、来られたら困る。僕の顔はもうこんなにぐしゃぐしゃやのに…。
傷が癒えない。この前、湊に出会って消えたはずの傷すらよみがえって来る。
僕は苦しみに耐える。早く、森田君来てくれやと思った時だった。
「春日お待たせ」と言い「春日⁉」と叫ぶ森田君の声が頭に響く。
その瞬間。意識がふっと遠くなっていく―
相変わらず朝陽がカッコ良すぎる!




