3.いっそ消えたい
気が付くと僕は湖の傍に居た。
まだ公園すらでられていなかったのだと思い知る。
真っ暗闇だ。今が何時なのかすら分からない。
自然と怖さはなかった。
ただ痛くて仕方なかった。湖に触れた時、思った。
僕は運よく生きているんやと。
本当だったらこのまま転がって行って湖に沈んでいったはずなのに。
というかいっそ…そうなればよかったのに。
こんなに独りぼっちなら…。
いっそ消えたい。
こんな世の中なら僕が居る意味なんてないじゃないか。
僕が知らないうちに消えられればよかったのに。
こんなにも苦しいなら…消えたい。
僕はなんの為に生きているんや。
なんで生きているんや?
僕が消えたって世界は回るし明日は来る。
僕が居なくたっていいんや。
そうして僕はある考えに至った。それは―自殺だ。
自分でもすんなりと決められた。
だって生きる意味がないのなら消えればいいだろう?
世界から消える方法は自殺。ダメな事かもしれない。
だけれど消えてしまえばあの呪縛からも解放される。
そうなれば僕はきっと辛い事なんてなくなるだろう。
森田君に八つ当たりする事もなくなるだろう。
誰の迷惑にもならずに済むようになるだろう。
人間関係に悩むこともなくなるだろう。
痛い思いをすることもなくなるだろう。
だけれど家族や涼花はとても悲しむだろう。
だけれど何年も経てば皆きっと僕の事なんて忘れているだろう。
だけれど兄は何年たっても悲しむかもしれない。
そういえば僕は生きる意味がないけれど死ぬ意味はあるんやろうか。
生きる意味も死ぬ意味もないのならどうすればいいんやろうか。
いっそ消えたい。
この気持ちは本当だけれど今じゃなくてもいいのではないか。
いつかは皆、終わりが来る。それがいつかは誰にもわからない。
それでも僕らは必死に生きている。
きっとこれからもそうなのかもしれない。
それが良い事なのか悪い事なのかすらわからないまま終わりを迎える日が来る。
だが、それが生きるということなんだろう。
それならどうすればいい?
僕は待つべきなのではないか。家族を悲しませないために。
優しいあの人たちのことだから本気で泣いて悲しんで病んでしまうかもしれない。
それは大袈裟だろうか。それともそれ以上なんだろうか。
そして僕はきっと一人じゃない。
そう思えるのは涼花がいるからや。
僕は何かが吹っ切れたように認めた。僕は醜い人間やと。
その瞬間やっぱり消えたいと思ってしまった。
こんなにも醜いならば消えてしまいたいと思った。
そうして僕は湖に体を投げだそうとした。
その時だった。体を誰かにグッと掴まれた。
「お前、ちょっと話そう」と言う。
誰だろうか。
こんな暗い時間帯にと思っていると「ベンチ座ろうぜ」と言った。
ベンチに座ると彼は近くにある自動販売機から温かいカフェオレを買ってくれた。
優しい人なんやなと思いつつ誰か分かるまでは飲まないでおこうと考えた。
そして「あの、誰ですか?」と聞くと彼は「同じクラスの日向 湊」と言った。
アイツかと思った。
彼は一学期評議委員だった奴だ。二学期からは僕と桃葉だ。
っていうか…「えっ⁉同じクラスの日向君⁉」と言うと「あぁ」と彼は言う。
いやいやちょっと待てよ。お前んちの門限どうなっている。と疑問に思っていると
日向君は「家に親、いないから」と平然とした顔で言う。は?おかしすぎる。
親が居ないってどんな家だよ。日向君中学生やろ。
高校生なら聞いた事あるけど。
身近にそういう人が居るなんて実感がわかない。
耳を疑ってしまう。
それに家に親が居なくてもこんな時間に中学生が出歩くことがおかしい。
こいつ学校では優等生っぽいのにこれじゃ不良と変わらないやろ。
そうや日向君って涼花の幼馴染やんな。
「涼花と最近なんか話したん?」と聞くと日向君は「そんな事…。
それよりもお前はなにがあった?」と聞かれる。
僕が誤魔化そうとすると日向君はすぐになにかに気が付き「あーね」と呟いた。
そして日向君は決意した様に「お前、自分の醜さが嫌なんだろ?」と言ってきた。
僕はあっていた事に驚いた。こいつは何者やって思った。
僕の長年の必死に隠した悩みをこんなにも容易く見破るなんて人がいるなんて…。
でも、自然とイライラはしなかった。というか嬉しかった。
わかってもらえて。
あぁそうや僕は…ずっと誰かにわかってほしかったんや。
つい「もっとあててや」と言っていた。
自分でも驚いていた。彼も驚いている。
日向君は「いいよ。でも今日はもう帰ろうぜ今は夜の九時だ」と言った。
僕がほっとしていると日向君は「ん?」と言っている。
九時半過ぎに親が帰って来る事を話すと「帰って来るならいいじゃん」と言った。
日向君は帰って来ないんと言いかけてこれ以上踏み込んではならないと気が付く。
彼には何か大きなものが隠されているような気がした。
でも、森田君の様に今にも消えそうな人ではなかった。
例えるなら…とても芯の通ったしっかりした人。
そう!大きな木のよう。
だから日向君の傍に居ると自然と心が落ち着く。
痛みも治まっていた。
日向君は僕を家まで届けると自分の家に帰って行った。
相変わらず湊カッコ良すぎるだろ。




