1.嫌いになれたらいいのに
嫌いになりたい嫌いになりたいと呪文の様にベッドの上で呟き続ける。忘れたい。
この思いに気づきたくなかった。涼花を嫌いになれたらどんなにいいやろう。
そうしたらもう辛い想いも…そんな事無いか。結局あの痛みは、呪縛は消えない。
どんなに消したくても消えない。っていうか僕はどの思いを消したいんやろうか。
消したい。とにかく早く何かを消したい。涼花を嫌いになりたい。今すぐにでも。
無理なのはもう重々承知やけどな。これもう何回願ったけって思うくらいに…。
僕は彼女を嫌いになろうとした。でも…無理やった。当たり前のことだけれど
辛かった。本当に苦しい。でもこの痛みすら誰も分かってくれない。仕方ない。
僕自身がバレないように作り笑いをしているから。わかりやすいものじゃない。
親ですら気づけないような作り笑いや。子どもの頃から幼稚園の頃からいや違う。
物心ついた頃から僕はそうや。呪いのように毎日言われた言葉が僕をそうさせた。
いつもの様に涼花が家に来た。森田君との事を話してくれる。
聞いていると苦しいけど。頼んだのは僕なんやから涼花は悪くない。でも、辛い。
好きな人の好きな人の話を聞くって。だけど、つい知りたくなってしまう…。
涼花が「翔君大丈夫?」と言ってきた。なんで優しくするんや。と思ってしまう。
嫌いになりたいのに…嫌いになろうとしているのに優しくされたら無理やんか。
そんな事も涼花は…。思いかけて慌ててやめた。涼花は悪くない誰も悪くない。
でも…森田君がいなかったらもしいなかったなら涼花は僕の事を好きになって…。
思った瞬間。僕は「大丈夫!後今日僕ちょっとこの後用事できたから」と言った。
そして、涼花は「そっか」と言い「また明日」と言って帰って行った。
少し寂しそうに涼花が言ったような気がしたのはきっと僕の勘違い…やろう。
またあの言葉が脳をよぎる。忘れたいのに忘れられない言葉。
僕はくらくらと揺れる視界を見ながらまたかよと思った。
小学生くらいの時から僕はよく頭痛とめまいで動けなくなることがある。
動いたら多分色々なものにぶつかってしまうやろう。
とにかく座ろうと腰を下ろそうとした。急に体がガンっとなって…。
目が覚めるともう頭痛やめまいは治まっていた。
だけれど、僕は時計を見て愕然とした。もう夜の九時だった。
急いで立ち上がり晩ご飯の準備を始めようとしていると兄がやって来た。
そして「翔!今日は俺が作るから安心して風呂入って来な」と言われた。
親は二人とも忙しい。多分もうすぐ帰って来るだろうけれど。
僕はお風呂に入り明日にするか…と思った。両親も兄も優しい。なのに僕は…。
どうしてこんなにも辛いんやろうか。悲しいんやろうか。失恋したから?違う。
僕は恋をする前からずっと何かを抱え込んでいる。それがなんなのか分からない。
分かりたいとも思っていない。お風呂を出て兄の、作ってくれた晩御飯を食べる。
僕は十一時過ぎに眠りについた。この胸に残っているのは悲しみばかりやった。
翔の心の傷が癒える事を願う。




