〜1〜 終わりの始まり
題名は「てんきょのひじり」と読みます。ひじりを聖と漢字表記にしようか迷ってます。
俺は俺を見ていた。そのとき悟った。自分が死んでしまったということを。奇しくも自分は死んでしまったことを悟った。ついにやっと終わったかという気持ちともう終わったのかという気持ちどちらもの感想が出てきた。これが死なのか。
こんにちは。
あ、あなたは?
私は迎神。迷える魂を迎えにここにきました。
感極まった。俺のような、大した人間でもない奴にもこんな優しく温かく迎えてくれるなんて思いもしなかった。迎神様は偉く美人だと思ったが、母のような優しく寛大な心の器に歪んだ気持ち一切ないありのままの清い純情を浮かんだ俺は、ああ俺にもまだこんな綺麗な心があったなんてとしみじみした。
迎神様が俺に手を差し伸べる。
さあ、私についてきて。
分かりました!女神様ー。
女神とは言え女性の手を繋いだのはいつぶりだろうか。そう思って差し伸べた手を受けると死んで初めて俺はびっくりした。柔らかいのだ。ただ女性の手だからというわけではない。神の手というのはこんなにも赤ん坊のようなやわらさを持っているのか。
あれ、大丈夫ですかね。俺、歩けますか?
大丈夫ですよ。あなたの魂はあなたの心、これまでの想い出でできているのですから。想いを思い出して。
俺は、歩くことができた。迎神様と一緒に現実から出発する。
失礼なんですけど、迎神様って名前あるんですか?
ありますよ。神には皆名前を持ち合わせてます。私の名前はアリアです。
アリア様って呼んでもいいですか?
いいですよ、巧さん。
神とはいえ女性にこんなにも積極的になれるなんて、始めて生きててよかったと思える。もう死んでるけど。そしてそんなお調子な俺さえ受け止めてくれるアリア様。この方に迎えられて心底嬉しい。
だんだん俺たちは歩くにつれ現実を解離さしていく。明らかに現実の透明度が下がっていくのを感じる。気づけば行く先、白くないかこれ。
あのーアリア様!行き先は何となく理解してるんですけど、それでも俺まだ死にたてほやほやっていうか、皆んなに別れの挨拶できてないっていうか、まぁできないんだろうけど、つまり!まだ現実が惜しいんでもうちょっとだけこの世にいたいです!
あら!そうだったの!ごめんなさい。一応、そういう方のために49日間だけ魂として自由に現世を見て回れるっていう制度があるんだけど。あなたの魂を見る限り、逆に傷つけてしまうかなっと思って言わなかったの。
(それってどーいう意味っすか!結構悲惨といえば悲惨な人生だったけど未練がないわけじゃないっすよー!)
分かりました。それじゃ49日間、あなたの魂を一時的に解放します。最後の現世、楽しんできてくださいね。
あの。俺、アリア様と一緒に回りたいです。駄目ですか?
えー!ごめんなさい!私まだ色々と仕事あって。悪いけど一人で楽しんできて!ごめんね!
あ、分かりました。お仕事頑張ってください。
うん!じゃあまた49日後に迎えに来るからー!
どことなく哀愁をただ寄せ、だんだんと現実の不透明度が上がってきた。名残惜しかった現世だが、いざこの状態で49日間過ごせと言われても何をしようかちょっと迷うな。それにアリア様と一ヶ月半も会えないなんて。何十年と生きてきた現実とほんの数分間の女神様のいる死後の世界がどちらも名残惜しい俺は両方が張り合っていることに気づく。アリア様。なんて素敵な女神様なんだ。
必ず逝きますから、待っててくださいねー!俺の女神様!
あれから3日が過ぎた。流石に死んだ体も慣れてきたし、自分が死んだことを自覚してきた。俺は今、温泉に入っている。ここは生きてた頃によく通っていた温泉だ。でもいつも以上に心地よさが足りない。というより今の俺は猛烈に落ち着きがないのだ。なぜなら、この温泉のある一号線を突き進んだ場所から何かしらのオーラを感じる。というより、早く来いという何か念を感じる。
間違いない。あの葬式場からだ。
明らかに俺の葬式をやっているので見に来いというオーラを感じるのだ。参拝者かあるいはお経を唱える坊さんか、その両方かはよく分からんが。
でもなー。なんか気まずいんだよなー。いや別に家族や親戚と仲が悪かったってわけでもないんだが、死んだ自分のの儀式に俺自身が参列するというのはなんかこう気が引ける。それに参列に来る友達という友達がいた自信がないこともないが。ずばり、いざ自分の葬式に行って「あれ?仲良かったあいついなくね?」となるかもしれないことに億劫なのだ。死後まで悩まされるこの現世というのは全くめんどくさいものだ。
別に最終日にでもちょろっと顔を見にいきゃそれでいいか!はぁー壺湯気もちぃー!ってちょ!
急に中年親父が俺の壺湯に入ろうとしてるではないか!だんだんと変に肉付きのいい中年太りな背中が今にも迫っている!
ちょ待て待て待て!子供ならまだしもこの狭い壺湯に大の大人二人はきついって!みんなには見えないだろうけど絵面的にやばいって!あ!、、、ザバーン!
全く、見えないとはどうも生きづらい、いや死にづらいものだ。ここで初めて生きているものは生きているものの世界で、死んだものは死んだものの世界でややっていくべきなんだと思わされた。俺は肩に湯が流れる俗にいう椅子湯を堪能する。死後にも温泉を楽しめるなんてこれは幸運だった。
あーあ。天界にも温泉があったらいいなー。やっぱり天界って今の俺みたいに欲とかないっぽいし、虚無な世界なのかなぁー、、、はぁ!!!!
ちょっと待って!ちょっと待ってくれ!今、俺は死んでいる。つまり、俺が見える奴、裁く奴は誰もいない!つまり、つまりつまり!「あっち」側に行けたりするじゃないのか!!!いやだめだ!例え死んでるとはいえそんな愚劣な行為!アリア様にがっかりされるに決まってる!そうだ!きっと俺は試されてるんだ!この49日間の行動で俺がどんな人間か魂かを推し測られてるに決まってる!きっとそうなんだ!
ここで俺はアリア様の言葉を思い出す。
一応、そういう方のために49日間だけ魂として自由に現世を見て回れるっていう制度があるんだけど。
自由!?アリア様!自由って一体どれくらいの自由ですか!?このくらい!?それともあのくらい!?もしかして、こんぐらいですかぁぁぁぁあ!!!!
すぅぅぅうー。
俺は死んで一番な深呼吸をした。両手を顔の前で組んで両肘を肘掛けにかける。慌てるな、冷静になれ。
重要なのは今の俺には欲という欲がないということ。つまり、正直言って「向こう側」などまして興味がないのだ。だが、ここで日和る自分の男気にも飽き飽きしているのも事実だった。
そういや俺、なんか男らしいっつーか男気のねぇ人生を送ってきたなぁ。
なんか自分が悔しくなった。
そして俺は気づいたら赤いのれんに立ち合わせていた。誰も俺を止めるものはいない。女性客二人が当然のようにたわいのない会話をしながら俺を通り抜けていく。
俺よ、今まで男らしい人生を送ってきたなんて思ったことないけど!それでも!最後くらい男気、いや漢気のある俺の生き様を見せてくれよおおお!!!どりゃぁぁあ!
もう死んでるけど。俺は数滴の涙を空中に舞わせ、背徳感を目で覆いながら赤いのれんを走り抜ける。この先こそが!俺にはなかった!
これが、男の、、、世界、、、!
俺はゆっくりと目を開ける。そこに、そこにあったものこそが!
俺は真顔だった。確かに女性客は見えるのだが、アニメや漫画でよく見る謎のモヤが全身を覆っているじゃあないか!見えるのは、顔と首、手と足だった。全く刺激、漢気のないいつもの女性だった。男のは見えたのに。漢気は何も見えない。俺はまだ真顔だった。
よし!葬式行くか!待っててくれよ!みんな!
俺は死んでもなお紳士を貫き通した。
お邪魔しまーす、、、。うわーやってんじゃーん。
行ってみたらちゃんと俺の葬式だった。そりゃガチのガチだった。
あれ、あいつは。
高校時代のオタク仲間がいた。もう大人になってからは連絡もそんなにしてなかったけど来てくれたんだ。
あれ、あいつって確か。
家族や親戚はもちろん、ちらほらかつての旧友の顔が見える。
俺って何やかんやで周りから大事にされてたんだなー。
会場にはお坊さんのお経を唱える声と母親が静かにせせり泣く声がする。俺ってマジで早死にしたんだなーという実感が少し罪悪感を覚えさせる。
お母さんお父さん。育ててくれてありがとう。俺!立派な紳士な男になったよ、、、!って、、、これ、は、、。
〜♪。明らかに今流れているこの曲に既視感を感じる。
これは俺の大好きなアニメのOPじゃん!どうして!?
2曲目も俺の好きなアニメのOPだった。3曲目はとあるゲームのBGM。そこで俺の古の記憶が蘇る。
この並び、、、!まさか、、、!
記憶のフラッシュバックとはいつも唐突に起こるもの。
俺のデスクトップの「マイフェイバリットメドレー」の順じゃないかこれぇぇえ!
そう。何と葬儀で流れている曲が俺が実家で使っていたPCに保存していたお気に入り曲のメドレーと完全に合致している。しかも学生時代に使っていたやつだから若干選曲が古い。
待てよ、、、!確かこのファイルって!まずい!
最初の方は生真面目に自分のお気に入りの曲をリストアップしていたはずなのだが。やがてただ面白れーと思ったものを適当に入れる「何でもファイル」へと化していたはず。
頼む坊さん!お経はそれぐらいに終わってくれ!頼む!たのんみます!このままだと俺のキャラがー!
〜♪
オタクにも守るべきキャラがあるものなのだ。
あまりに奇怪でスピーディーな曲が流れてくる。さっきのは真面目なアニメ音楽やゲームの戦闘bgmだったので様にはなっていたが。しかし、、、これは、、、恥ずかしすぎる、、、。
次々と数秒単位でbgmが怒涛に流れる。古のインターネット時代によるネットミームがそのまま音源として流れているのだとすぐに察した。なによりほとんどの人間がこの状況を特に気にすることもなく葬式に集中してるのが逆に恥ずかしい。俺ってこういう感じで皆んなに見られてたの!?(見られてました。)
そしてそんな中、俺のbgmと共に場にそぐわず目を潤わせながら影でくすりとニヤついてるあのオタク共には俺と同様、自分の葬式のbgmを実家のpcファイルから選曲してもらおう。
それではみなさん!出棺の準備が整いましたので表へ行きましょう。
黒服達が同色の車を見つめる。
あなた達?それは?
相変わらずよく分からんオタク共に母が尋ねる。
これは私達なりの巧への最後の挨拶なのです!
そう。これは巧殿が私達の心だけに残す、彼の「デブリーフィング」なのです!
「審判の瞬き」、、、ね。フフ。そのよく分かんないことを真剣にやってる感じ、どこか懐かしいわ。ありがとう。私も巧に残すわ。「レフリーウィンク」。
「デブリーフィング」ね!
そして、それを見かねた他の奴らも次々に敬礼のポーズをとっていくのだった。
ちょっと!葬式屋さん達に軍人の方って思われるからやめて!殉職じゃないから!
まぁ色々あったけど、最後の最後にこうやって皆んなに集まってもらえて嬉しかったわ!家族のみんな!できるだけ長生きして幸せになってくれよ!そして俺のダチ達!もう思い出作れないのは寂しいけど待ってるから、できるだけ遅く来い!それじゃあみんな元気で!
俺は意気込むように息を吐く。こんな大勢でカッコをつけるのはちょいと恥ずかしい。だけど最後だから思い切る。
「じゃあなー!みんな!死んだらまた会おうなー!」
(よっしゃー!死んだら言ってみたかったセリフ言えたー!)
ここまで読んでいただきありがとうございました。感想くれたら嬉しいです。