ザジー・ローマン
「それで、軍部としては、この不始末をどうつけるつもり?」
「、、、どう、といわれましても、幸い近隣住民の避難はすでに完了してますから、今後は行方不明者の捜索を継続しつつ、おそらく数ヶ月後には生成されるであろう地下ダンジョンの調査・研究を徹底していく、ということになります。なにより、次元断層がこんな人口密集地に発生したのは初めてのケースで、軍部としても他に手の打ちようがないというのが実情でして、、、」
「あたしの管理してる次元断層が急激に活発化して、魔素の排出量が増大してる。今回の事故が原因と見て間違いない」
「あなたが管理している?それは、どこですか?」
「今はまだ言えないわ。軍に押し掛けられたら迷惑だし」
「そうですか、、、そうですよね、、、やはり、私は信用できませんか、、、」
「やぁねぇ!落ち込まないで。あんた“個人”は信用してるわよ!それで、信用ついでに相談なんだけど、その調査にあたしも参加できないかしら?」
「何を言ってるんです!?あなたは“王族殺しのマチルダ”として特A級指名手配を受けてるんですよ!、、、50年前はアレで救われた者も多いと聞きますが、まぁ、さすがに50年前の事件なので今は”犯人は生死不明”ってなってますけど、あなたが生存してると知れたら、当時の王公派・上級貴族の生き残りが黙ってないですよ」
「あなたの家も当時は上級貴族の王公派だったでしょ?あなたはどうなの?」
「私個人としては、今の王政に大いに満足してますから、間接的には“救われた側”になります。ですが、あなたの生存が公になった場合、私としても庇いきれませんよ?それに、この国の“魔術禁止令”はどうするんです?」
「指名手配の件はどうしょうもないけど、あたしが悪いんだし。けど、魔術禁止令のほうは何とかなるんじゃない?なんといっても、“聖女”の姪っ子が“魔女見習い”なんてやってるんだから」
「マリッサ嬢ですか?あのお嬢様にも困ったものです。この前、あの娘の父親から『娘が家出して帰ってこない』と泣きながら相談されましたよ。」
「母親のほうは何て?」
「マーサ様ですか?彼女は『定期的に手紙は来るから、心配はしていない』と仰れていました」
そこで、マチルダは探るような目付きでザジーを見る。
「、、、で、叔母である“聖女様”は、何て?」
ザジーもマチルダの目を見返す。
「それは“どちらについて”ですか?家出の件?それとも魔女見習いになった件について?」
「両方ね」
「聖女マリオン様は、家出については頭をかかえてらっしゃいましたが、、、“魔女見習い”については『あの娘らしいわね』と笑っておいででした。なんでも、あの娘が幼い頃に『泥の魔女マチルダ』の物語を面白おかしく語って聞かせていたそうです」
「、、、なんか複雑な気分ね、悪口じゃなきゃいいけど。マリオンには子供がいないから、さぞ可愛がったんでしょうね。でも、なら安心じゃない?聖女様公認ってことで」
「、、、そうですね。実際、魔術も、軍部の使う“神術”も基本的には同じ奇跡論的な力の行使ですから、魔術禁止令も元々は“神術”を、ひいては“神格存在の実存”を特別に強く民衆に知らしめるための古い法令ですし、今は有名無実化していると言えますかね」
「『時代は変わる』よ」
「わかりました。で、どうするんです?」
「そうね。、、、調査の件はマリッサに頼もうかしら?」
「、、、まさかとは思いますが、あの娘の師匠というのは、、、」
「あたしだけど?」
「、、、薄々そうじゃないかと思っていましたが、やはりそうでしたか、、、。よくもまぁ、聖女様の姪を弟子入りさせましたね。何かとトラブルのタネになるとは思わなかったんですか?」
「聖女様からの手紙をもって押し掛けられたのよ。『この娘は自分の可愛い姪だから、どうかよろしく』って。さすがに断れなかったわ」
「、、、そうでしたか、、、ならば、マリッサ嬢の参加は許可します。ですが、くれぐれも“魔女”だとはバレないようにあの娘に言い含めておいて下さい。有名無実化してるといっても、魔術禁止令違反者は厳罰に処せられます」
「了解したわ。ついでに、たまには親に顔を見せてやれとも言っとく」
「くれぐれも、よろしくお願いします」
「、、、久しぶりに話せて楽しかったです。私は仕事がまだ残っていますので、そろそろ行きます」
「あたしも楽しかったわ。また会える?」
「あなたにその気があれば」
「そう。じゃ、またね」
箒にまたがって空へ飛んでいくマチルダを見送っていたザジーは、上空に不思議な歪みを見つけた。
マチルダもその異変に気付く。
歪みに近づいて魔力計測器を取り出す。
計測器の針は振りきれていた。
「!」
その歪みは空間の亀裂となって不気味な重低音を響かせる。
ゴゴゴゴゴ、、、。
キシャーン!
空間の亀裂は膨張して強烈な閃光を放つ。
閃光によってマチルダの視界は真っ白に跳ぶ。
ズズズズズ、、、
閃光の中から真っ黒な闇の影が這い出してくる。
視界を失ったマチルダが、そのまま黒い影に突っ込んだ。