廃墟にて
(ビンゴ!)
廃墟にて、倒壊した建物をあさっていたマチルダは、何軒目かに日記を見つけた。
その日記は街の権力者、あるいは議員かその秘書が書いた日記のようだった。
次元断層についても書かれていた。
この日記によると、この街に住む時空物理学者が発表した論文に目をつけた軍の兵器開発部門が、その学者に資金を提供して時空間を歪める実験を行っていたらしい。軍からは全面的に学者に協力するように街の議員にも通達があったようだ。
どうやらこの街の名前はサリエラ市といって、サンアンドムーン王国の知識層・富裕層が数多く住むアッパータウンだったらしい。
実をいうと、サンアンドムーン王国の下級貴族出身のマチルダは、サリエラ市という街の名前だけは知っていた。母親の出身地だと。ふと、昔の記憶が甦る。
ーーまだ幼かったマチルダ。裏切られ、血にまみれた家族と燃やされる屋敷。復讐を誓い、成長して自らの力に溺れ、無謀にも殺戮を繰り広げた挙げ句、無惨に殺された自分ーー
そんな記憶がフラッシュバックしたが、頭を振って日記を読み進める。
時空物理学者の研究は、かなりの成果を上げていたらしい。
「研究は上手くいっている」「街にも相当な予算が振り分けられるらしい」「もはや彼だけの問題ではない」「これはチャンスだ!わたしも中央議会に、、、」この日記を記述した何者かは、どうやら相当な野心家だったようだ。
「いよいよ明日、あの装置の起動実験を行う。
場所は砂漠地帯だと軍のローマン参謀本部長が~~」
日記の筆跡はこの後、判読不明なほどぐにゃぐにゃになり、そこで終わっていた。
(つまり、実験の前日にその装置ってのが暴走して、局地的大地震が発生?)
日付によれば、それは一週間前の出来事。
(一週間じゃ、まだダンジョンは生成されない。それで、街の住民はどこへ行ったの?
軍はダンジョンを作りたかったの?
そんなもの作って遺跡でも調べるの?
それとも天然の魔道具が目的?
何か違うような気がする、、、)
軍の目的がわからない。
(いずれにしても、帰らずの森の魔素量の急激な上昇はコレが原因と見て間違いない、、、。
しっかし、相変わらずろくなことしないわね、この国は、、、)
ザシッ。
マチルダが日記を手に考え込んでいると、不意に足音が聞こえた。
ゆっくりと振り返るマチルダ。
隠蔽効果で黒猫に見えている、はず。
だが、そこに立っていた老将校は目を見開き、わなわなと震え始めた。
「マ、マチルダ?」
老将校はよろめき、扉の瓦礫を掴む。
「そ、その姿は、あの時のまま、、、」
隠蔽が効いていない?
「そ、そうでした。貴女は魔女になったんでしたね、、、」
老将校はポロポロと涙を流し始めた。
「懐かしい。、、、お忘れですか?私はザジーです。ザジー・ローマンです!」
マチルダはそのままの姿勢で目を瞑った。
(ザジー・ローマン。そう言えば、こいつはあたしの関係者だったな、、、)
「あなたは、老けたわねぇ、、、」
「あれから、もう50年も経ちましたからねぇ、、、」
どこか、遠くを見るような眼差しのザジー・ローマン。
「、、、ねぇ、ザジー。積もる話しもあるだろうけど、もしかして、、、」
「はい!なんでしょう?」
ザジーは涙を拭い、満面の笑みでマチルダの前で手のひらを胸にあてた。それは、この国の貴族が恭順の意思を示す動作だ。
「この日記に書かれてた“軍の参謀本部長”ってのは、、、」
「はい~!私のことです~!」
ザジーはニコニコと、とても嬉しそうに答えた。
「出世したわね、、、と、言うことは、つまり、この廃墟の街の原因は、あんただってことで、良いのよね?」
「とんでもない!コレは全て何かの間違い!“不幸な事故”なのです!」
ザジーの顔が一瞬で青ざめる。
「説明して」
「、、、わかりました」
ザジーの説明は、ほぼ日記に書かれてたとうりの内容だった。
ただ、日記には書かれていない、時空物理学者サイモン・シックス博士が軍の依頼で作ろうとしてた兵器についての説明が追加された。
「、、、というわけで、我々が開発しようとしていたのは人工的に次元断層を発生させる装置などではないんですよ。シックス博士の計画では“時空断裂砲”と呼ばれる、一種のビーム兵器でした」
「それは、何に対しての兵器なの?」
「もちろん、他国への軍事的牽制のためです。
抑止力のためです。私が平和主義者なのは、あなたもご存知でしょ?」
「でも実際、こうして次元断層が人為的に生成されてしまった。これは、千年前の旧文明崩壊のときに起こった事象によく似てるって、わかってる?」
「、、、はい。私もあの時、あの場にいましたから」
--マチルダがまだ普通の人間だった頃、若き日のザジーは旧文明を調査するためにマチルダや他の調査員と共に次元断層由来のダンジョンに潜ったことがあった。そこで、“この世界の真実”を知ってしまっていた。--
「、、、それで、この街の住民はどこへ行ったの?」
「それは、現在調査中です。しかし、計画を主導していた時空物理学者の、生き残った関係者の仮説では、次元断層発生の時に全員、異空間に飛ばされたのではないかと」
「そんなことがありうるの?」
「マチルダ、次元断層の向こうから魔獣や魔物が来るのです。こちらから行くのだって、理論的にはあり得るのですよ?」
「それは、そうだけど、、、」
もし、その仮説が正しいとするならば、向こうに行った人間はどうなるのだろうか?
この時のマチルダには想像もできなかった。