1.異世界への目覚め
なんでこうなるんだよ。小学校ではいじめられ、中学高校では陰キャのくせに勉強もできないし、そのくせ帰宅部でエースだった。
大学には入学したが、半年もしないうちに通わなくなり、ズルズル2年の途中まで籍を置いたあげく退学、そこから1年ダラダラと過ごし、夜間の専門学校へ入学、そこはなんとか卒業し、福祉系の仕事についたはいいものの人間関係が上手くいかず苦痛でしょうがなかった。結局長続きせず退職。その後親の知り合いのツテで再就職するも半年もせず退職し以来特に何もせず現在29歳、今年で30歳になろうとしている。
人生に絶望していた。人生設計?何なんだよそれは。俺の人生など既に崩壊している。彼は自分の過ちや不運に落胆し、なぜ自分がこうなってしまったのか、どうすればうまくいくのかと考え続けた。しかし、彼の運命はまだまだ予想もつかない方向に進んでいくことになるのだった。
昔からよく見る夢があった。彼は広大な草原の中を歩きながら、遥か彼方に光る太陽を見上げていた。その太陽は変わっていて、明るく丸い光の外側に炎のような陽炎があるのだ。夢の中で彼は癒やしと安らぎを感じた。ここにずっといたい。そうおもった。しかし目を覚ますと、希望は突如として眼の前から消えるのだった。いつもその繰り返し。
その日の夜は少し暑かった異常気象でまだ5月だというのに、昼間は夏の暑さで、その余波で夜でも外は少し熱気が纏わりついてくる。彼は日課となりつつある夜の散歩中だった。
もう嫌だ、生きていたくない。そう思いながら、ただあてもなくうろうろと歩いていた。ふと、いつもは通らない歩道橋が目に入った。いつも横目に通り過ぎるだけだが、今回は違和感を覚え気になった。
その歩道橋の手すりの上に人が立っていた、よく見ると、まだ若い女性のようだった。暗がりの中でわずかに判別できる制服姿。顔の部分はぼんやりとしかわからないが、うつむき加減で生気がない。
下の道路には車が行き交っている。ふと、その女の子は飛び降りるような姿勢を取った。危ない、とっさにそう思い、彼は駆け出した。最近、あまり運動していなかったせいで違和感があり、思ったように走れない。
今の俺の走り方は無様だろうなと、早々に息を切らしながら思う。歩道橋の階段に差し掛かる。彼女は下を見て躊躇しているようで、その場で中途半端な姿勢で固まったままだ。今ならまだ間に合う。彼はそう思いながら階段を2、3段飛ばしで駆け上がる。
彼女自身の命もだし、人生だってそうだ。学生ならまだまだやり直せる。勉強して、部活もやって、友達を作って仲良くして良好な人間関係の作り方を学べばいい。俺には無理だった。
階段を登りきり、橋の真ん中辺りにいる彼女めがけて駆け寄る。
「おい、危ないだろ!」
そう言おうと頭では思ったが、実際に出てきた言葉は違った。自分が情けない。
「あ、あの……」
かすれたような声だったが、彼女には聞こえたようで、はっと振り返る。ちょうど満月だったこともあり、その顔が映し出される。彼の方もはっとした、普通に美人である。長めの黒髪に整った顔つきで少し冷たそうな印象を与えること以外は何も文句のつけようがないほどだ。
「あっぶないですよ?」
無様なコミュ障ぶりだと自分でも思った。しかし、今はそんなことはどうでもいい。彼女をこの状況から救わなければ。簡単なことだ、柵の上からなんとかおろして家に帰らせる。それだけだ。そうやって彼女の人生を続けさせられれば、俺の人生にも少しは意味があったと思えそうな気がした。
「放っておいてください!」
強めの口調で黒髪の少女がそう言った。思ったよりも反発があったので、面食らってしまった。気が強いようである。彼は覚悟を決めてジリジリと歩み寄っていく。
「とにかく、馬鹿なこと考えずに降りてください。危ないですって!」
「馬鹿なことじゃない、散々考えまくって決めたの、こうするしかないのよ!」
彼女は声を張り上げた!心の底から悲しんでるような声だった。
「お願い、放っておいてください」
そう言うと、彼女は反対側に向きなおり、覚悟を決めたようにフッと前かがみになった。その瞬間、彼の目には橋の下へ落ちていく彼女がスローモーションで写った。考える間もなく、飛び出して後2、3歩の距離をつめた。
まだ、やり直せる、俺と違ってお前はまだ!その思いが彼を突き動かしていた。咄嗟に手すりの外に乗り出して、ギリギリ彼女の手首を掴み引っ張り上げる。人一人の重みに両腕が取れそうに感じながら、必死に彼女の上半身を手すりのこっち側に引き戻した。
あともう少し、そう思い渾身の力で全身を引き上げることができた。よし、と思った次の瞬間、その反動で自分自身の体が手すりの向こう側へ放り出されたことに気がついた。
あ、やばい。そう思った時には既に彼は歩道橋から落下し固いコンクリートの道路へと近づいていた。次の瞬間、想像以上の衝撃があり、ぼんやりとした視界の中いっぱいに2つの明るい光が飛び込んできた。そして、そこで彼の意識は無くなってしまった。