第四節 どっちの船がお好みで?(上) 1
おはようございました
一応普通に行ってますけど、この世界にも勇者という概念はあります、けど主人公らは全然勇者とは関係ないです
竜鱗族という魔族100と数体を二人で相手取るという事は、極めて異例な事であったであろう、記録されている歴史を眺めても人類がこれほどまでの圧勝をしたという記録は残っていない。
故に恐らくではあるが駆け出しの冒険者二人は、誰も成し得ない偉業を果たした。
だがその場所に誰か居たという記録は残らない、その異常事態が発覚したのはある行商人は竜鱗族が敷いていた関所に誰も居ないという不審点からもしやと思い、ある些細な噂話がきっかけで壊滅してしまった村に立ち寄り、夥しい数の竜鱗族の死体を発見したことからその事実が明らかとなっていた。
そしてその竜鱗族を壊滅させた当の本人たちはと言うと…。
「直接エスクラベルテ!エスクラベルテ!」
「魔法都市よ!魔法都市!」
「どっちでもいいよぉー、もぉー」
魔角族の少女を保護し、道すがらに安心できる街まで送り届ける為、移動経路をどちらにするかの口論をしていた。
魔物の死骸に囲まれながら、無駄な買い物で減ってしまった路銀を目の前にその責任の押し付け合いに発展していた。
「だいたい初めからシエルの話では魔法都市を向かって迂回しながらの南方に行くのは無理って話だっただろー?」
「それはあくまであの村につくまでの路銀の話よ、私はまだしもアナタまであの詐欺価格をすれすれで回避した私の手腕によって行けるようになったんじゃない!」
「シエルは自分の欲しい魔道具買ったんだろぉ?こちとらパン一個だぞ、それも夜泣きするアンに食わせて無くなったわ!」
「え?なに?アンってエトワにはそんな所見せているの?私なんてあの日以来ろくに話かけられてもいないのに!それは酷いじゃない!差別じゃない!」
矛先がアンという銀髪ショートに緑色の瞳と羊の様にねじれた角を持ち、まるで暗殺者かのように動きやすさを優先した服を着た少女に変わる。
エトワたちがアンという魔角族の少女を保護しているのは、彼女には身寄りがなくそして魔角族という貴重な種族だから、それを考慮して安全な場所までは送り届けるというシエルの提案で旅の一員となっていた。
(お金が人を変えるとは、自分の村でわかっていたけど助けてくれた恩人もこうとは…)
心の中で決して口には出さないがアンはボソリとそう思った。
無論彼女は感謝していない訳ではない、感謝してもし足りない程には感謝している、だがそれでも金で知的生命は豹変する事が大金になど興味もない二人ですらなるのだと、そしてその理由がどうにも子供らし過ぎて、本当に年上なのか疑いそして呆れていた。
「お皿洗ってくる…」
アンの言葉が届いたのか届いていないのかが分からない、二人は今も言い合いを続けている。
今は路銀の話しではなく、彼女と仲の良いエトワがズルいかズルくないかで口論を開始し始めた、あまりにも子供過ぎる言い争いだ。
冒険者をやっている以上、齢15以上であるという事にも関わらず、二人の姿は傍から子供である自分が見ても、何かどうでもいい事に固執する事が多い無邪気な子供だった。
(二人には本当に感謝している…、けどなんであそこまで依存のように執着しているのだろう?)
シエルの魔法のレベルが凄まじい事、それは助けてもらったその日に嫌となるほど目に焼き付いている、シエルの魔角族としての自分がだけが持つ世界に一つ(オリジナル)?の魔法をこの目で見た『魔法・公平という不平等』。
互いの魔力量の差を計る魔法。
魔法使いであれば、魔法を使い続けられる魔力量で勝敗が決まる事が多い、それを魔力漏れではなく、相手の純然たる魔力量の差を見定めることができるのならば、魔力量が多い方はいくらでも攻め手を考えられる。
そして副次的効果ではあるが、本来は見られない相手の魔力を物理的に視認し相手の魔力を使って、体の内内から剣を生やしたあの戦いも。
そしてエトワの剣術のレベルもすさまじい事は、今日道すがら襲われていた誰かの死体に群がる魔物を一人で殲滅し、小川まで見晴らしがよくなる程に木々も斬り倒す、あの剛剣ぶりにも、一度見れば凄さ、言ってしまえば人類とは思えない程の強さを計るのなんてことは難しくない。
だがそこに至るにしてはお互いに若すぎる、若すぎる故にアンはその物事に依存していると感じたのだろう。
(でもそれもシエルの秘密に比べれば可愛い…)
アンは腰を下ろし小川で食器を洗いながらあの日を思い出す、途中から魔角族の角が取れなくなったことに腹立て村を蹂躙し、次からは問答無用で期日までに角を提出できなければ一人ずつ殺すと宣言し、一族の名誉を守る為に自身が同胞の命をその手で奪った後日の夕焼け、その景色を思い出していた。
*
夕日すらも地平線から消え、上を見上げれば一番星を見つけられる程度の明るさになってきたころに物事は全て終了した。
「今回は流石に私の負担が増えすぎじゃない?前回、村で買った魔道具もチャラにはならなくて?」
「いやいや冗談は休み休みにしようよシエル、今回の村でも無駄な買い物しているんだからさ?」
「一個だけよ?それもこんなに小さい魔道具じゃない。それくらいはねぇ?」
「金貨2枚使ってぇ?大丈夫ですかぁ?次の場所まで路銀持ちますかぁ?」
なんの価値があるかもわからない、おそらく研究用の魔道具を持ち出してシエルは、何とか目を逸らそうとしていた。
綺麗な薄ピンク色の髪が毛量の暴力と言わんばかりに顔横に集め、余った髪の毛は三つ編みにし後ろに集める女性と、黒色の髪の毛という事に変わりは無いのだが、どこか赤みがあるような茶色の髪を無理やり黒に染め直したように見えるのは青年が目の前でいがみ合い争っている。
「まぁいいや…、責任の追及は後にしよう。で?君の名前は、さっきは随分荒れていたけどこれで俺達が君を襲いに来た奴らとは違うって証明できたかな?」
「証明も何も必要ない…、私じゃアナタたちに傷の一つも付ける事ができない…」
「アナタのごり押し剣術を引いているんじゃない?」
「いやシエルのやり方は、子供に見せちゃいけないでしょ…、まぁこれもどうでもいいや」
なんでもかんでもどうでもいい、後回しでいいと問題を先送りにするのは本人のズボラさ故なのか、それともエトワという人間は興味がないからと言い放つのだろうか?
だが最優先の事以外はどうでもいいという考えは、薄情ともとられるかもしれないが実に合理的で彼らしい物事の進め方だった。
「重要な事だ、まず君の名前は?本当に君以外の住人は死んでいるの?」
「名前はアン……14歳…。ここディアコルム村の住人…私が一番若いから生かされた…、私が一番若いから皆の命を奪った…」
どういう因果でそうなるのか、少女の話しではその説明こそが足りていない。
思い出すのが辛いからそうなるのか、そういう仕組みで村は動いていたのか、それともただ単純に住人の名誉を守りたいという一心で行った、無理心中の様なモノなのか、もし3つ目を選択したのであれば、それは少女の我儘でしかない行為だが。
「なんで同族を殺すしかなかったの?同族殺しをすれば何かを回避できたのかな?」
「それをこの子に言わせるのは酷と思わないのかしら?この脳筋剣術馬鹿は…。ちょっと待ってなさい…今この子にかけられた魔法を判別してみるから」
「そう…てか角を触ってるけど大丈夫なの?」
魔角族に置ける角の重要性は既にエトワは話にも聞いている、それに少女が錯乱するほどに彼女は魔角族の角を守ろうとしていたが、それを今は簡単にシエルに触らせているのはどういう心情の変化なのか、こちらに奪うような意思がない事の現れならば良いのだろうが実際は少女本人ではもうどうにもならないという諦めの側面もあるように感じる。
「大丈夫…私じゃ天と地がひっくり返っても、貴方たちからは逃げられない」
「だからそんな風に取って食ったりしないって…、じゃあ同族殺しの件はもういい、そうせざるを得なかったそういう事だろう」
信用されていないにも程がある、同じ人類間の筈なのにどうしてここまで本意が伝わらないのか。
言い方が悪いのか、人相が悪いのか、それとも価値観が悪いのか、エトワとしても理由は両手でも足りない程度には浮かんでくるが、それを少しでも改善しようとするきっかけを用意されようが、改善しなければならない理由を与えられようが、メリットを与えられようが興味がないで一蹴してしまうエトワとシエルの人間性に一番問題があるのだろう。
きっとそうで、エトワ自身もこればかりはどうしようもないと思い至ったのか少し鼻で笑うように息を抜いた。
「じゃあ最後に、……アン、君はどうしたい?皆と共にここでその身を朽ち果てるか?それとも誰かに助けを乞うて生き延びるか?」
「…………少し考えさせて…」
「いいとも、どうせシエルが魔法の解析をしている間は出発が出来ない。ていうかさせて貰えない、解析が終わって出発するまでに答えを出せばそれでいいさ」
「……ありがと」
感謝の言葉を伝えるとアンという少女はどこかへ歩きだしていく、シエルが既に解析を始めているからある程度は離れてもいいのだろうが、エトワは少女が何処へ行くのか少し気になり少女の後を追った。
アンが何処に行こうというのかそれが少し気になり後を追い村の広場につく、商店も個人宅もほぼ全てが倒壊していた。
ふとアンは一度こちらを見て後ろを歩いているこちらの存在を認識しつつも、別に何もやましい事はないのだからとも言いたげに、屋根はどこかへ行ってしまった集会所のような場所の中へと入って行く。
「なるほどね…、気になるべきではなかったか。………ん?」
集会所に言った理由、そんなのは容易に想像ができる。
一体どのような想いで少女はその行為を行ったのだろうか?涙ながらにか?それとも竜鱗族への復讐心を燃料にして行ったのだろうか?
おそらくどれも違う、少女に染みついた血の臭いでそんな事は推測するまでも無くわかってしまう、どれ程時間がかかっても、どれ程涙を流しても彼女はこの村の住人全てが望んだ結末を成し遂げたのだ、地獄の様な景色でもせめて少女の精神が楽園の様な感覚であれたらとただただ皆いつも通りの生活をしていたのだろう。
ただの村の集会所、そんな状況の為に集まる理由はない、彼らはいつも通りの生活を少女に見せていたのだから。
けれど少女はどうしてもそれが了承できなかったのだろう、故に集会所に続く血がその全てを物語っており、その痕跡があるからこそ人情に疎いエトワでも察する事ができた。
そしてそれよりも気になる事ができた故に彼の視線はそこから移される。
「遥か昔の英雄の像…女の剣士と…男の魔法使い…トータスにあったのは両方男だった気がする、言い伝えが違うのか?………それよりも剣士に違和感が…隣と比べて汚れすぎ?……」
人情よりも器物の方に視線が食いつくという辺り、やはりエトワという存在はどこか狂った歯車の様な生き方をしていると改めて思わせる。
だがしかしいつの日かを記されてもいないし、残されてもいない、しかしどうしてか世界を救った勇者様という事だけは共通の認識として残っており、そして誰しもがそれを知っている。
どういう人物であった、どういう時代であったか、どういう旅筋を残したか、世界がどのような危機に陥っていたかそれら全ての情報が欠落しているのにもかかわらず、ただこの世界には二人が連なった石像があるだけで確かにこの二人は世界を救ったまるで勇者の様な存在だと語り継がれている。
「長年閉ざされていた村…、俗説か定説か」
少しエトワその初めて見る石像に悩まされる、一般的な話をするならば基本的には両者ともに男性の石像が多く、そして稀ではあるが魔法使いが女性の石像も存在する、それらにはどことなく似たモノを感じるが、ここまで異例な姿になるとやはり悩まずにはいられない。
「女性が勇者?…それにしても他の石像には無い獲物まで持っているのは珍しい…」
「なに見てるの?」
ごにょごにょと独り言を呟いていたエトワの隣に、心の準備でも終えたのか少しだけさっぱりとした表情をしたアンがこちらを怪しそうな人を見る様な瞳で覗いていた。
「この村の石像、今まで見たのと違うなって」
「あぁこの石像…なんだっけ?昔の村長が魔法で作った石像だった、ような?」
「君が疑問形でどうするよ」
「だって知らないから…興味もなかった。冒険なんてもっての外、ずっとここに居られるって思ってたもん…」
常に進化を望み変化し続ける努力を怠る人だとアンを見ても思わないが、そういう人間も存在するのだとエトワは知る。
誰しもがエトワやシエルの様に変わり続ける為に、日々の努力を怠らない存在こそが人類、魔族に抗い続けたモノとしての認識だった。
そういう変化こそが人類をここまで強くしてきたのだと、だからこそ変わろうとしなかったここの魔角族は滅びるしかなかったのだと、確かに今まではそう思っていた。
「そうか…知らなかったのか、世界がどんな場所か」
変化を望んでいないのではない、変化というモノから彼女らは最も縁遠い場所に居て、故に咄嗟に現れた変化への転換点で取り返しのつかないミスを起こしてしまった。
「代々の村長…私のお爺ちゃんたちがこの村を隠れ里にしてくれていた…けどお爺ちゃんが急病に伏せて、継承の儀が延期されたことで全てが変わっちゃった」
病気により魔法で村そのものの隠蔽その維持が不可能になった結果産まれてしまったのが今回の惨事、誰がどういう風に失敗しなければこの村が生き延びたかなどは分からない。
どういう理由かは知らないが、たった一人の少女に任せて魔角族の誇りは守られた。
「そういえば…お兄さんは傷治して貰わないの?僧侶の魔法も使えるんでしょ?あのお姉さん」
「使って貰った後だよ?使って貰えたから切り傷の血が包帯に染みる位ですんでいるのさ」
「どういうこと?私はあのお姉さんに全部治して貰えたけど?何か悪い事したの?」
「いいや?シエルはなんだかんだ優しいからね、ちゃんと治してくれるのさ」
言葉といま少女が見ている現実が乖離しているからか、少女が余計に難しく考えているだけなのか、だがしかしアンという世間知らずな少女だから分からないのではなく、現実的に考えてもそういう存在はあり得ないという根本的な常識としての問題だろうか。
「まぁ明日の朝…そうだな、アンの返答次第で教えてあげるよ」
エトワはヘラヘラとした顔でアンの前から遠のいていく、少女には決して分からない世界の理からなぜか外されたような存在。
そんな当たり前の事が、当たり前ではない存在が居るなんて信じられないというだろう、今から違和感の正体を伝えたらどのような顔をしてくれるのか考える。
きっと愉快な顔をしてくれる、どういう訳かエトワには確信めいた何かがあったのだ。
ここまでお疲れさまでした