第三節 悪い魔族と、無知なる人類 2
おはようございます
アウラの印象が少し出てきたでしょうか?
それならいいのですが
すれ違い様に頸を斬る、胴を斬る。斬られたその瞬間に反撃でもしてこない限りこちら側に反撃は出来ない。
なぜならば既に斬られたものに対し斬ったものは既により敵陣に深く入り込んでいる。
この戦いにおける敵の数は100もいない程度だが、それでも最初に打ち上げた花火のお蔭もあってか後ろに居る魔法使いこそが危険だと刷り込ませる事には成功していた。
「…さっきの威勢の良かった奴はどこだ!」
「随分と…同胞を屠ってくれたなぁ!」
気づかれていることは想定ないだったが、まさか奇襲されるとは思わなかったと言わんばかりにエトワは対処が遅れてしまう。
「…ッどこから……違うな戻ってきたのか。……大将とは後ろで踏ん反り返るモノだと思っていたんだが、アンタは違うらしいな」
「部下に任せ部下がいなければ戦えない戦士など戦士にあらず!人の割にはようやるが所詮は人だな。挨拶変わりの軽い一撃で打撲か?」
エトワは左肩を抑える、力が抜けて左手を上げられないという症状は打撲というより脱臼だろう、流石に人類よりも遥か格上を自称するだけはある。
流石に大斧の刃をそのまま受ける訳にもいかず、一瞬で潜りこみ柄の勢いを止めて防ごうとエトワはしていたが、それでも勢いは止まらず簡単に肩は抜けてしまっている。
「流石に決めつけが過ぎたね、でも魔族を自称するなら、やっぱりそう来なくちゃ…」
明らかに普段よりも死が近づいていて、額から冷や汗が流れ落ちる。
だがエトワは、それでこそ戦闘という名の殺し合いだと言わんばかりに、声を出さずにニヤリと笑う。
まるで殺し合いでしか自身は満たされないと言っているかのように、彼の感情はシエルが彼に向ける感情と同じく殺し合いのその時間こそが愉快そのものであった。
「きっとまた一歩俺が見た矛盾に近づける……」
「ごちゃごちゃと何を言ってやがる、来ないならこちらから行くぞぉおおお!」
「……ハマった、気にする程の怪我でもなかったな」
大斧を迎え撃つ直前に外れていた肩がハマり、しっかりと刀剣を握り込み確かにエトワは大斧を受けとめる。
決して軽くない衝撃、その衝撃こそが自身を少し死に近づけると自覚しているにも関わらず、彼の表情は確かに笑みが零れ、瞳は幾重に重なる波紋が渦巻くように狂い、そして上位種という魔族に対しても殺せるという確信を持った顔。
大斧を受けとめられたというその瞬間に、彼は魔族は感じていない魔族の死を明確に想像できている。
「お前さぁ……案外速度が乗らなきゃトロイんだろ?」
*
「おぉー…斬られた魔族は見事に真っ二つね。………あ、攻撃された……」
最初のド派手は花火を見せて以降、シエルの動向と言うと。
「防ぐだけのが取り柄の城壁魔法だけれど、これってどのくらいまで大丈夫なのかしら?」
逃げるな―という怒号と、出てこいーという喚き声。
一対多、この場面で真正面を切って戦うというモノは余程の馬鹿か、あるいは頑丈だけが取り柄だけの馬鹿だ、だからこうしてシエルはただただ防ぐに徹する。
卑怯な手とは言わせない、なぜならばこの状況の膠着は相手が自らの魔法を穿てる程の魔法が相手に無いという事を意味するから。
「放って置けばエトワが倒せる…どういう訳か私にはそう確信する者がある…」
同族を全員殺したと語るこの少女にかけられていた魔法?とも思えるモノについて解析をシエルは試みる。
誰が何の為に施した魔法なのか、少女は何を持って自分と同じように同族の殺したのか。
「私…いまはそっちの方が気になるわ」
狂気的だ、同族を見つけたからではなく、どういう理由があれば殺せたのかそれをシエルは探ろうとしている。
自らには無い魔角族の象徴である角に手を触れる。
「痛ッ…痛いじゃない…でもこの角を帯びる魔力……やっぱりこの角ね、魔法の内容は…」
少女の角に触れより深く探るべく、自身の魔力を通して内部の構築を確認しようとするが、その行為は少女に強い平手打ちがシエルの手に直撃した事で解析は中断してしまう。
「いつから起きていたのかしら?アナタは、安心しなさいな今は絶賛アナタを彼らから守っている最中よ」
「お前も私たちの角が目的なんでしょ!…でも残念もう……」
「アナタ一人しか残っていないのでしょ、知っているわ。角を落とされた死体しかこの付近には無いモノね」
「……そうだ!残念だったな!お前達が幾ら私の角を欲しがろうと、私たちの角はもう手に入らない!私が…私が殺したから…」
威勢が良い、と言うよりはテンションを異常にでもしないとやっていけない少女の語気が徐々に弱まっていく、それがただの強がりに過ぎないことなど簡単にわかるのだ。
私が殺したと少女は語った、角を守る為に?それとも自らの保身のために?恐らく違うのだろうとシエルは強く気丈に振る舞う少女を見てそう思う。
「そう…、ならお互いに秘密を打ち明けない?私は私が知られたくない秘密を教える、だからアナタもアナタにかけられた魔法の秘密を教えて?」
「そんなの…私にぃなんの得がある!角を奪おうとするお前達に私にかかった魔法を教えて…」
そうだ、秘密の共有など少女からしたら意味のない事だ、角を奪おうとする略奪者などに、少女自ら魔角族を殺める原因になった略奪者に教える義理など存在しない。
では略奪者ではない事を証明する為には何をするべきか?答えは単純だった。
「私にそれを教える理由をアナタに見せてあげる………それにしてもいい気分じゃないわねぇ」
障壁を消さないのであれば、無理やりにでもこじ開ける。
そういう心意気は嫌いではないがその為に使う手段が、人類が魔族に抗う為に編み出した強靭な魔族の肉体どころか防御魔法をその身に纏った魔法使いすら、貫通させる魔法。
「人類が必死の思いで開発した貫通魔法を、こうも易々と魔族に使われるって言うのは」
魔法の名を『魔法・貫通する弾丸』人類が初めて魔族相手に一本取るという快挙を成し遂げた魔法であり、そして人類でも扱いやすいように低コスパ、小魔力、イメージしやすくする為に行った魔法としての構造の単調さが仇となり、今やこの世でもっとも多くの人類を屠った魔族も使う魔法というのが、現状最大の皮肉だろう。
「私の後ろに隠れてなさい、危ないから。そして私だけを見てなさい、私の秘密をアナタに見せてあげるわ、一瞬だけね?」
「危ないって…………キャッ」
ピシピシと城壁を築いた魔法にヒビが入り、その魔法の維持すらも危うくなってきているその状況でシエルはある一つの魔法を解いた。
魔力操作が苦手な人だろうが、魔法を使うのが下手な人であろうが、人類でも魔族でも片手間で使えるようなそんな魔法、それに気づく者はこの魔法の撃ち合いの中では誰もいない、それこそ前もって知らされていた少女以外には気づかれる筈も無かったのだ。
「『魔法・貫通する弾丸』は貫通性と正確性を求めた性質上魔力を螺旋状かつ先端が鋭利な形をとっている、でも普通に回転のエネルギーと魔力を逆に利用すればいい話じゃない?」
魔法を放つ相手によってかかる回転の方向は様々だ、それを態々判別する必要性はない。
放たれたシュピラ・バルの出力そのもの、そして回転のエネルギーを使いこちらから分散させてしまえば正面から受けるなんて事を態々する必要が無い。いわば貫通魔法に対処する為に生み出した、身に纏うのではなく、アンチ貫通魔法を持つ展開する防御魔法だ。
「だからこうして余った魔力返してあげるの…わかったかしら?」
「……私に教えてどうするの」
誰が見てもわかることだ、魔法の打ち合いに関してシエルの方が今魔法を放っている魔族より優れていて、そして片手間に講義ができる程、相手になっていない。
故に少女は問うた、なぜそれを自分に教える必要があるのかと。そんな理由はきっとシエルが教えて欲しいと思っているのだろう。
ただ数少ない同族だからか、それとも自分には他の動機があるのか。
「さぁね…でもこの防御魔法もこの貫通魔法も、美しく見えないかしら、それとも醜く映る?私は魔法の才があるアナタに、これから一人で生きていくアナタに自らを守る魔法の美しさを見せたかっただけなのかもしれないわね」
別にこれが少女の命運を分けるとも、シエルは思ってはいない。
だが少しだけ、いつかの自分とは違う自らの意思ではなく、何者かの意思で同族全てを殺した哀れな少女を思い、少しだけ綺麗な光景を見せただけなのだ。
「最後に見せるわ…、私の魔法を…魔角族が持ちうるその本人しか使えない魔法を…」
防御に構えた杖を降ろし、全ての貫通魔法を弾きだした事で生まれた一瞬の隙に出す魔法使いが持つ杖とは違う、自らの魔道具。
魔道具を出したその瞬間、シエルの姿が変わって見える、髪は見た事ある髪色だが、その本質的な姿が違う、それを視界に捉えたのは少女だけで、その少女は言葉を失っている。
台には何も乗っておらず、常に公平性を見せつけるかのように水平な天秤だ。
「『魔法・公平という不平等』……私に魔法を向けた中で一番多い魔力と私の魔力を天秤へ」
魔力という概念的象徴が竜鱗族の一人から抜き出され、そしてシエルもまた自身の魔力を天秤へ運ばれ比べられる。両者がわかりやすいようにか天秤が空へと描写され魔力という錘を計る。
一切の不公平性はない、公平なる天秤が秤に乗った魔力の量で優劣をつける、それだけの魔法である。天秤は当然魔力の多いモノに傾きそして何事も無かったかのように本人の懐に戻った。
「ビビらせやがって!今の行為に一体何の……ヒッ」
何も起こらない、何も起きてはならない公平なる天秤が公平では無くなった時にその魔法は初めて牙をむく、魔力の少ないモノを消す訳でも魔力の少ないモノに命令できる権限を持てる訳でもない、だがシエルという女性は狂気的に微笑む。
何が起こる訳でも始まってすらもいない、だが一人また一人とシエルの狂気染みた笑顔に怖気づいてしまったのか、竜鱗族は逃げ出していく。
公平なる天秤はシエルに攻撃したモノの中から一番強い魔族の魔力とシエルの魔力を計った、その結果シエルが上回った。
つまり公平であった筈の天秤は、今はシエルを贔屓としているという事でもある、シエルこそが絶対だと示すかのように、未だ彼女の目の前にある小さな天秤は彼女側へと傾いて、そして計り終わったことを示すように完全に静止した。
「『魔法・生成 持ちてのいない騎士の剣』私に劣っている魔法使い…要はないわね。突き破りなさい!」
生成魔法により生み出された剣は、天秤から記された道しるべとして辿り竜鱗族へとたどり着く。
公平な天秤が傾いた結果シエルには、彼らの持つ魔力が見えるという贔屓が発生した、そして魔力とは本来見えないモノ、だからこそ自身の魔力でしか魔法は使えない。
それを視認ではなく魔力を認識できる程のモノとして扱うことができるのが、生涯魔力を溜める事のできる魔角族の角、それ故にため込んだ魔角族の角は自らの魔力の様に魔法が使い放題になるという訳だ。
では魔力が視認できた場合どうなるのか?
簡単な話だ、自身が見える魔力は自分のモノと言っても過言ではない、故にその場に居るシエルが視認した魔力の見える魔族たちは、自らの体その内側から放たれる、“シエル”の魔法によって心臓部から生成された剣を幾重にも突き出し死亡した。
「人類と魔族との戦では、いやどうでもいいわね……でも勝つときはあっけないじゃない」
狂気的な笑みも浮かべておらず、ただ悠然と夜風に綺麗な薄ピンク色の髪をシエルは靡かせ、立ち尽くす。
果たして何を見ているのか、それは答え簡単だ。
シエルの興味はただ一人にしか向かないのだから、視線の先に居るのはいつも彼だけだ。
ここまで読んでいただきありがとうござい庵下