第一節 かの日に魅了された同じ星の下。2
おはようございます
どうぞ苦情や批評をください、作者は喜びます
あの星空で見たたった一振りに恋焦がれ、武の極致、矛盾の塊とも言える斬撃。
今も記憶から離れる事は無く、瞼を閉じれば今すぐにでも思い返せるような強烈な記憶。
一本の剣から放たれた、一振りで七つの場所を切り刻む斬撃。
世界に矛盾なんて事はあってはならない筈なのに、それをたった一人の年老いた剣士がやって見せたあの光景を、いつもこの瞳からこびりつき、そして離れること許さない。
誰しも目指したいモノがあるだろう、例えば世界一強くなりたい、世界一の売り上げをだす商人になりたいなど、何に影響されたか分からないが、そういう夢というモノを一度は抱いたことがあるだろう。
「あの剣に届くには…」
青年は無心で刀剣を振るう、いつの日か何故か一緒の馬車に乗っていた老婆のように枯れた腕と強く握り絞められた剣とよく似たモノを青年は振るっていた。
夜では無いがそれでも生い茂った森林、葉同士が木漏れ日を防ぎ、青年には不規則でしか陽の光が当たることはなく、その場所はどうしても湿ったような印象を受ける。
「…こういう景色をなんて表すんだっけ?綺麗?」
振るっていた刀剣を仕舞い、その木漏れ日を額に手をあて目に入らないように保護しながら青年はほとんど見えない空を見上げていた。
ただの一言の感想すら即座に思い出せない、彼はきっと若年性の痴呆症だろう。
あの日振り返り様に見た星空には程遠いが、そう思わず口にしてしまうほど青年の脳内はたった一つ景色に毒されている。
不規則に煌めく木漏れ日にいつかの情景を思い出したその時だった、一瞬の油断というには短い時間。
気のゆるみというには滲み出る殺気に近しいモノ、自らよりも弱い生物を寄りつけさせない、ボッチというか友人が殆どいない孤独な存在が更に孤立していく過程で、無意識も放ち続ける「話かけるな」と「構ってくれないかな?」という面倒くさい感情が入り混じる光景が、彼を想像すれば目に浮かぶのが涙ぐましい。
「えっ…⁉」
殺意らしい悪意も、悪意がまるでない殺意も感じられない、けれど人を殺すには十分過ぎる勢いで飛んできたのは恐らく魔力で形成された刃物のような何か。
受け止めるには十分過ぎる余地があり、人を殺せる力があったとしてもそれは人を殺そうとして放たれたモノではない、ならば行う動作は簡単だ。
その顔に迫る刃をただ受け止めてしまえばいい、そうすれば万が一動物にあたる可能性なんてモノも潰せる。
殺意や悪意がないという実情から、これを放った人自身も何かが傷つくという事は望まないであろう。
だからこの飛んでくる刃は掴んで止める。
回転していれば些か厄介ではあったが直線的な攻撃で見きれる程の速度であるのならば、自分の喉元に来るより先に掴んでしまった方が早い。
「誰だ?」
悪意が無くとも、殺意が無くとも、意図がなくとも、こちらが気づいて反応できなければ、例えばそう薬草を探しに来た薬師などであれば、最悪は命の一つ、安くても腕の一つ程度は失っていたであろう、それ程までに洗練された魔法であったのは違いないのだ。
故に問う、誰がこれを行ったのかを。
善い悪いではなく、技術の高さという部分に興味を抱いた、もしここまで洗練されているのだったらもしかしたら自分の思う理想に手が届くような存在なのではないかと。
少しばかりの期待を抱きエトワは軽快に足を掛けていく、木漏れ日の隙間から見える薄ピンク色を基調とした少女が彼に対して杖を構えているというのに、それには気づかずに。
「日酔って高度を上げ過ぎたかしら?……それより彼を追わないと見失っちゃうじゃない」
誰を追っているのかは明白な気もするが、少女はまた姿を消す。そして次の瞬間には青年が視界に入る場所に移動しているのだろう。
「今日は実践で見られるのかしら、彼が到達している矛盾に」
誰も居ない筈の空から、そんな声が聞こえたような気がしたのはきっと気のせいでは無いのだろう、ここにはもう誰も居ない、なのに聞こえるはずのない声が聞こえるのは彼女自身が語った、矛盾的な行為なのではなかろうか?
草を踏み抜き、木を避け、そして森を駆け抜ける。
道中には誰一人として人は存在しなかった、それ加えて動物たちの動きが変としか言えない状況で、何だか理解ができないことが多い。
何かにあてられ興奮している動物も居れば、逆にその何かにあてられ身を守ろうとし逃げて行く動物たちの姿が後を絶たない。
(不自然だ、さっきの魔法が原因?)
精神汚染系の魔法ならあり得たかも知れないが、ただの投擲魔法にそのような副次効果を持たせたらそれこそ最初に殺意や悪意というモノが混じる筈だ、それが無かった以上何か他の出来事と系列して不可解な事が起きている。
森を抜け、木々によって隠されていた陽の光が一身に浴び、眩むほどの眩しさを感じる。
明るすぎるが故に目が慣れない、景色はぼんやりとしか見えないというのに、その場で何が起きているかなんてモノは理解できてしまう。
「あぁしくじったのか…、アイツ…。気を抜いたのか?」
草木が生えそろう平和の象徴とも言える草原で、その場に似つかわしくない死臭と夥しい死体の数々。
多くは魔物の死体だが、そこに紛れ腸を斬り裂かれた少女の姿あり、どんな威力の攻撃をくらったのかは分からないが石壁にめり込みひしゃげている少年に、防御魔法を攻撃の受けた部分だけに使ったからか、防御をした部分から引きちぎるよに下半身以外を残して吹き飛んでいる。
どれも見覚えのある姿だ、顔馴染という訳ではない名前も知らない、そもそも交流も無い、平たく言えば赤の他人に過ぎない。
見覚えのある姿なのは、今朝がたPt募集の掲示板の前でジェネラルと呼ばれた青年が口出ししてきた時に、後ろでまたやっている、放って置けばいいのにと面倒くさそうに見つめていたからこそ偶然が重なった結果で覚えているだけ。
今朝方に顔を見ていなければ、放って置いても良い事だ、放って置いても良い事ではあったのだが。
「善くない事…だよな?」
名前も憶えていない存在とはいえ、守れる命をただ見捨てるという行為はエトワにしても善くない事問う認識はあるらしい。
例え明日にでもこの街を去るこの身でも、身内も居ない自分を育んでくれたこの街に一つくらいのお礼もできないのは、それはきっと彼が言う善くない事だった。
「この場に居ないのはアイツと、よく一緒に居た女…と女にしか見えない男だったか?…」
7人行動で4人死亡、森の中に続く血の跡から一人は重傷だと考える。それと同時に目的も痛手は負っている筈だ、死んでいる魔物と同じ血が一緒の方向に続いている。
確か両者ヒーラーではあった筈だ、痛手を負っているのがジェネラルという青年ならばまだ可能性はあるが、痛手を負っているのがジェネラル以外ならもう一人くらい死ぬか、それとも全滅か…。
いや憶測で判断するのは止めるべきだ、今考えるべきは生きている人間の数では無く、全滅か全滅でないか、それこそが一番重要な筈だ。
刀剣を一度納刀し、この世界に返還するようにその場に置いてその刀剣から手を放す。
「《魔法・顕現 瑠璃色刀》」
手を放し返還した刀剣をすぐさまその場に呼び戻す、一見意味のないような行為に見えるがしっかりと意味はある、大きく分けて二つ。
一つ自身の魔力がどの程度かの確認、それと物質をこの世に変換し魔力の実質回復。
二つ魔法・顕現は無駄に魔力を使用するが顕現という文字に偽りは無く、予め元となったモノをこの世界から同じ物質を集めもう一度新品として造り出すというメリットがある、つまるところある程度雑な扱いをしようと本家大本がある限り幾らでも作り出す事が可能なのだ。
「よし、行こう」
全力で地に足を着け、血が示す彼らの位置へと己が脚力の全開を振り絞ってその現場へと足早に向かう。
最低限の音さえも聞き漏らさないように、自分から発せられる音は極力最小限にし耳を澄ます、血の跡が徐々に増えていっているようにも感じるが、そうでは無くきっと徐々に進むのが遅れているのだろう、となるとやはりヒーラー職の限界が来ているのだろう。
隠れ忍べればいいモノだが、実際の所はそうはいかない。
魔物という鼻と耳がよく聞く、何か本能的に刺激された時、例えば死に瀕した時など抜群の記憶力を発揮する。
だが言葉を紡げない、魔力が豊潤に含まれるその肉体で、魔法を習得し得ない。
二つのデメリットが無ければ今の生態系で頂点に君臨するのはきっと魔物だった筈だ。
一瞬見た記憶程度でしかないが、ギルドに上がっていた依頼でここ周辺を条件とした依頼は大きく分けて二つ、安全が確約されない城壁の外でしか自生しない薬草や、鉱石と始めた収集依頼、そして生態系を壊す原因にもなる魔物の撃退か討伐。
撃退と討伐、どちらでも依頼は完遂なのだが、これは努力目標に過ぎない。何故ならば魔物は本能的記憶力と鼻が利く、痛めつけられた相手が居れば、ホイホイと姿を現さない。
「だからといって討伐を意識すれば、魔物の逆鱗に触れる…」
平原で見た死体の中に小さな個体が居た、人からすればそれは巨体にも思えるがそれがもし魔物の子なのだとしたら、ほぼ魔物も全滅しているのにジェネラルらが必要に狙われているのも、この世界で魔物にも魔族にも、一番標的にされづらい安全な街であれ程の被害が出るという事も無い。
唸る様な声が聞こえた。グォオオと伸ばす声ではなく、グォと短く低い音だった、やっぱりこの惨状を引き起こしたのはボベアーの恐らく雌なのだろう。
我が子を殺されたという事が起因となった、ジェネラルのパーティが確認を怠りと自分たちなら間違えないという慢心が生んだ、起こるべくして起こった惨劇。
誰かを咎めるつもりはない、同情するつもりもない、けれどこれ以上の犠牲者が出ることを容認できる程、エトワという人間も冷めた存在、というよりは悪い事をそのまま見て見ぬ振りをできる存在ではなかった。
だからこそ殺す、この惨劇に置ける一番の被害者であるボベアーの母を。
これはエトワが決めたルールで、自然に置ける摂理でも何でもない、自分が少しだけ彼らという存在に近いからこそ行う、自分勝手な蛮行だった。
「追いついた…」
走り、弾み、そして木々を足場に宙に立つ。
状況確認、現在位置標的の背後に居るのは。
生存3、その内重傷が1。
防ぐ為に構えてはいるが既に満身創痍。重傷は女の様な男の方で、必死に回復魔法を使ってはいるモノの技術が足りていないのか止血にもなっていない、恐らく本職では無いのだと推定する。
狙いはジェネラルに向い、ボベアーの右腕は恐らく断裂しかかっていることから左前脚の下から掬い上げるという攻撃方法だと予測。
状況を把握。
頸を刎ねるだけでは、もし左前脚に速度が乗っていればそのまま切り裂く可能性を考慮し、頸と左前脚そして心臓を貫く事を意識する。
重要度は左前脚をしっかりと落としきる事、頸と心臓は二の次でいい。
幾ら体毛に覆われ、厚い筋肉と太い骨を持っていたとしてもエトワは完遂できるだろう。
「斬る!」
宙から落下する速度を利用することで腕を斬り抜く威力を持たせ、振り返り際に頸を跳ね飛ばし、トドメの突きを心臓部に放つ。
目にも止まらぬ三連撃、という事にはならなかった。頸を落とした時点でジェネラル達が居る木の裏にも姿を感じる事に気づく、これは自分の状況把握が未熟だった故に起きた失態だった。
心臓部に突き刺した刀剣を抜き、この際その幹ごと斬り裂いた方が手間を省けるとも思ったがそれは出来ない、というよりはする必要はなくなった。
というのも斬り裂くべく振り返るも肝心の幹が無く、そして背後に居たはずの魔物に対しては、ドデカい剣が地面に突き刺さっていれば、誰しも次の手を考えるよりも先に上空を確認するだろう。
エトワと負傷者3人を囲む木々は、その大剣の落下によって発生した衝撃によってまるで、空を見ろと言わんばかりに木々はしなりを上げて空への空間を作り出す。
森の中で一か所だけに木々が無いスペースを作り出した存在を下からではあるが眺める。
太陽に視界の半分を明るく照らし、刀剣を持っていない左手で手庇を作り眺めた。
明るい薄桃色の髪が基本色となり、青色の様な髪が均一に細く入り後ろに纏めたみつあみのポニーテール、随分毛量の多いトライアングルボブ風の髪を靡かせながら、魔法使いの杖をこちらに向ける少女が空に浮かんでいる。
「敵か?それとも味方か?それとも魔族か?まぁそんな事はどうでもいいか…、助けてくれてありがとう」
「助けになったのならよかったわ、それであの私…」
「さっき俺に剣を飛ばしてきたのもお前だろ?それ程の魔法の素養があるなら彼らがこうなる前に助けられたんじゃないか?」
剣を放った存在に出会わなかったのは、自分ができる気配探知が届かない様な場所から遥か高度に浮遊していたからで、木の後ろに居たボベアーの存在に気づいたのは優秀な魔力そのものを探知する魔法使いならではの技術を持っていたから、前者はどうでもいいが後者は少し気にくわない。
「善し悪しを問うつもりは無いが、答えてもらう。なぜあの惨状を放って置いた?」
「アナタ以外を見ていなかったらというのは、理由になるかしら?」
「ん?………いやまぁ後にしよう。お前の魔法ならこいつらを癒せるか?」
あまりに予想にしなかった答えに一度思考を停止させてしまう、故に思考を再起動する以外の選択肢を失ってしまった。
自分以外を見ていなかったとはどういう意味なのか少し理解ができない、けれど彼女はきっと優秀な人材だ、一応こちらに興味を持っているようなので十分に利用させてもらう事にしよう。
最低限の止血と治癒魔法を突如現れたピンク色の髪の少女に施して貰う、青色に見えた髪色は気のせいだったのだろうか?それとも彼女自身の意思で隠しているのか。
しかし彼女高い魔法の素養によって、彼?はなんとか一命を取り留めた、完全に使い物にならなくなった左手を除いて…だが。
女はジェネラルに任せ、激しいショックを受け意識を失ったままの女のような小柄な男はこちらが背負い惨たらしい現場から早々に立ち去った。
誰も会話をしようとはしない、誰も誰かという個人を責め立てようともしない、ただ言える事があるとするならば自分達は経験不足であり、知識不足であり、そして若干の驕りがこの惨劇を生んだのだろう、理解したような気でいただけで、本当は何一つ理解できていなかったという事。
誰もが今回の惨劇を生んでしまった原因を理解している、だからこそ多くは語らず下を見つめ続ける、周りに居るのは自分達よりも幾倍も戦闘力を持った二人が自分達を守っているからこそそれが許されるのだ。
「おーい、遺品はどうするんだ?」
「………あ、遺品…か、そうだな一先ず武器とアクセサリーを……ウッ…オェえ、ぐぇ」
遺品の整理くらいは自分達の手でやるべきだと思ったのだろう、顔を上に上げたと同時に全てを胃の中にある物を全て吐き出してしまう衝撃、それが物理的に生み出されたものではなく精神的生み出されたモノなのだからどうしようもない。
治療の為、暫しの時を置きはしたがそれでも遅かった、この世界は弱肉強食だ、強きが弱きを喰らい続ける世界、けれど強きが死に肉塊になり果てた時、それは逆転する。
生前がどうであれ、肉塊になり果ててしまえばこの世で最も弱いモノになり果てる。それは人であろうが魔族であろうが、あるいは魔物であろうが家畜であろうが何ら変わりない事だが、それを受け入れるのは相応に心が強くなければならないのだろう。
もはや原型すらも残っていない、パーティメンバーだったモノを見るだけでも、命からがら生き残った人間の心をへし折るには十分な衝撃ではあったのだ。
街に戻る現実を受け入れがたく今にも再び吐き崩れそうな者、望みもしない現実から目を背ける者、現実から最も遠く目を覚まさぬ者、その三者を迎える為の凱旋はなく街には不自然な静寂と騒音で溢れかえる。
「エトワあとはいい、これ以上はお前に迷惑をかける訳にはいかない、ありがとな」
「そっかじゃあ俺はギルドに報告だけしておく。まぁそうだなこれまでありがと?」
「そうか…行くんだな…何から何までお前は先を行くんだな。…それじゃあ…」
背負っていた彼?をエトワは、ジェネラルに預け彼はしっかりと二人と五人の遺品を抱えて街へと戻っていく。
建物の隙間から射す夕陽が彼らを照らす、それが何を指しているかなど詩人のような言葉は持ち得ていない、だが静寂と騒音本来交わる事のない二つの音が交わるこの矛盾が彼らを苛み続けるような怒号にも似た何かを感じる。
今回は人死にが出てしまっただけのただのミス、冒険者にはありがちな死因とパーティを組んでいるからこそ起きた悲劇だが、それらの聞こえない筈の非難を助長し晒し続ける為のスポットライトのように夕陽が強く彼らを射し続けている、誰も演者の気持ちを考えず演者が残した演技だけを噂し続けるのだろう、時が経ち再び新たな演者がステージに立つその日まで、ずっと。
ギルドに顔を出し、今回の顛末の記載やある程度自分に関する書類を纏めそれと同時に募集していたメンバー条件の張り紙も剥がす、もう必要ないものだ。
あとはパーティとしての申請と、もし死んだ際のお墓だったりギルドから受けた依頼の支払金の受け取り方法だったり、少し面倒な手続きを二人分もしないといけないのだが…。
時は少し戻りギルドに一旦の報告をして、ある人物が会話をしたいということで何故か外壁沿いに呼び出されたエトワが居た。
「言われた通りに来たけど、街の中じゃダメだったのか?」
「人ごみは苦手なのよ、まぁ少しの間人里から離れて気楽に暮らしていたからかしら?」
まぁそんな理由なのだろうとは思っていたが、だが人が苦手な事とこちらに先制攻撃を仕掛けてきたこと、そして壊滅しかけのパーティを助けられる腕を持っておきながらそのまま放置したというのは少しいただけない気もするが。
「一応聞いておく、攻撃の件はどうでもいい何も思ってない。ただ何故あの場に居て彼らを救わなかったのかだけ教えてくれ」
「なぜ?なぜと言われるのもおかしな話な気がするわ…、先ほど答えたじゃない。アナタに興味があったの、だからアナタ試すような事もしたしアナタを助けたんじゃない」
それは凡そ人類の感性から離れている気もする、だがこの際置いておこう。
彼も人に諭す事ができる存在ではない。
そもそもあの刃がこちらに到達しなかったらきっとそもそもあの惨劇をあれ程近くに居ながら無視し続けた自分にも責任が生まれそうだ。
「まぁいい人に物を言える立場では俺も無いし、そもそもお前が放った刃が無ければそこに駆けつけようとも思わなかったし…」
「じゃあ彼らを救ったのは私の一撃という考えもできる訳ね、私も人情という奴までは失っていなくて訳じゃなさそうで安心ね」
人情というモノを忘れていない、そう言った彼女の笑顔に背筋が凍るようなモノを一瞬だけエトワは覚えた、脳内でそれこそ彼女こそが人の敵である魔族のそれと判断してしまいたくなるほどに背筋が凍った。
(魔族?それにしては人として分類されている姿をしている…それにしてはやたら髪色が奇抜………)
「何か失礼な事考えていないかしら?」
的確な指摘に対してギクリと肩が浮かしてしまった、顔に出ていたのだろうか?だがその実そのふと思いつたかのように疑問を問うた彼女は何一つ気にしていない。
やはりただの思い違い、気のせいだったという奴だろう。
「いやその髪は随分と珍しいと思ってな、淡いピンクという色もそうだが、均等に入っている紫も中々見る色ではない」
「そうなの?それを言えばアナタだって同じじゃない?」
同じなのか?エトワという青年の髪の毛は特段珍しい色をしていない、強いてあげるというならば前髪にあたる部分が黒くそれ以外が茶色の髪をしているという事くらいなものだ、髪色としてオーソドックスこの上ないだろう。
(髪色が二つあることが同じという事か?)
分からない、本当は何に対して言っているのか分からないが、一度話を戻そう。
此度はそのような事の為に彼女の呼びかけに応じた訳では無い。彼女ほど優秀の後衛職を目の前にして何もしないというのは愚行だ、魔王と呼ばれるそこに居るかもわからない存在をうち滅ぼしに行こうという妄言にも、こちらに興味があるのなら乗ってくれるかもしれない。
「本題だ、こほん……一緒に魔王を討ちに行こう?俺は剣を極めるため、君は俺を観察するついでに、そしてこの世界をより善い世界にしよう?」
余りにも馬鹿げた事だろう、ジェネラルにも他の冒険者にも笑われた自分が持つ唯一の夢というよりは、自分の持つ感性の問題かもしれない、善い事をすれば相手に喜ばれる、だから善い事がしたい、それに近いのが魔王討伐だった。
少しの間を置き、微笑みながら彼女は答えた。
「いいわ、面白い旅になりそうね、でも申請?とかはアナタがやってくれる?」
「おぉー二つ返事…、それはありがたいけど名前が分からないとどうしようもないんだが」
忘れていたと言わんばかりに、彼女は自らの名前を口にした。自分の魂に刻み込まれるくらい印象に残ったのではなく、歴史に残っていくのだろうと断言できる彼女の名前は。
「私の名前はシエル、これからよろしくお願いするわね、エトワ」
「そうかわかった、きっと短い旅だが、よろしくねシエル」
両者納得の上での握手を終え、エトワは再びギルドで申請をし終え城壁の外へ出る。
見送りはなどには見つからないよう、誰にも気づかれないよう、まるで泥棒の様に、始まりの街トータスから闇夜に紛れ、とても美しい星々のもと脱出したのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございました