第一節 かの日に魅了された同じ星の下。1
どうもおはようございます。
では1話ですよろしくお願いします
刹那の事である、空間を斬り裂く様な軌道が夜の森に一瞬の輝きを見せた。
コンマ1秒にも満たない一閃と、そこになにか事象が起きた事を知らせるビュンという鋭い音だけを残して。
夜に鳴く虫の声がその一瞬だけ鳴りやむことから、やはりそこには何かがあるのだろう。
暫しの時を置いてからまたもう一度、何もない筈のそこから何かを斬り裂いたような軌跡が一瞬の輝きを見せる。
ビュン、キン、ビュン、キン。
規則的に輝く軌跡と振り抜く音、そしてそれを仕舞っているのか鉄と何かが当たっている音。
誰かがいる。少なくても家畜や虫、あるいは肉食獣でもない誰かがそこに居る事は確かで規則的になるその行動を繰り返す度、徐々に知性あるモノでなくともこの場に居続ける事の危険さを悟ったか、この場所は少なくても今自らのテリトリーにはなり得ないことを肌身で感じたのか、あるいは偶然何もいないという状況を作り出せただけなのかもしれない。
ただそこに居る筈の誰か以外は、もう既にこの場には何もそこに在りはしなかった。
長らくの静寂が続いた後、一瞬しか見えなかった輝きの正体が露わになる。
それは二振りの刃だった。
ただ細長い刃にも見える一振りと、穴ぼこで少し歪で太目な刃をした一振り。
「秘技………」
声色を下げた男の声が闇夜から聞こえ、そしてその瞬間にその男が居たであろう前方に大きな衝撃が走る。
夜空から月が見え、見えなかった森の中を月明かりが照らすが、そこには誰も居ない。
ただそこに在るのは、中心から炸裂したような六つの斬撃をくらった巨木のみだった。
*
けして今が戦乱の世だとは思わせない程に春風は心地よく、そしていまも防壁の外では夥しい人が死んでいる事など知る由もない、自らが今を心地よく過ごせているのならばそれで良いとも言いたげだ。
最終防衛ラインであり、昔話に出てくるようないつぞや時代に平和をもたらした北方大陸の中間にある街、勇者が最初に旅だったとされ大きな石像のある冒険者にとってはうってつけの街。
街の名を“トータス”なんだか海の匂いがしてきそうな名前ではあるモノの、呑気に家でパンを食べられる様な人類しか居ない人類の最終防衛ラインでありながら、亀の様な歩みを良しとする街である。
心地の良い春風が吹くその街で、一人の青年が気だるげにある建物の扉を開ける。
建物の名はギルド、これから冒険者になる人類が自分は命を投げ捨てますという宣誓を告げる、どこか頭の螺子が外れた人類かあるいは名誉や金という承認欲求の塊が集う場所だった。
このギルドには二つの役割がある。
一つ目は最初に語った、承認欲求を満たしたい馬鹿その最後の墓標として刻むという役割、家畜の様に囲われたこの街を出て冒険をしに行くための仲間集め、いわばパーティメンバーを集う場である。
「また剥がされている…、紙も俺の血もただじゃないのに」
黒と茶色の混じったボサボサな髪の毛を整えるよう頭をポリポリと掻き、そして用意されているカウンターで文字を書く。
青年の姿を端的に説明するなら前髪にのみ黒色が集中している黒と茶のツートンカラーの髪色にくすんだ青色のジャケットと黒いパンツを履いているというのが一番わかりやすいだろうか?
敢えて言えば青年唯一のおしゃれポイントともとれる、けして落ちないようにか、二重に手首に巻かれた銀色のペンダントの様なモノだろうか?キラリと腕を動かす度にそれが地味な配色故にそれが良く目立つ。
「まだ諦めてないのかよぉー、お前じゃ幾ら集めて人は来ねーっていっただろぉ?」
なにやらウザがらみしてくるガキ大将が一人、青年の肩に寄りかかる。
良くも悪くも印象としてはガキ大将を超えられない、目立たせるように背中に担いでいる無駄に装飾の凝った盾と身の丈に合っていなさそうなデカい剣だ、ギルドに所属はしているモノの席だけ置いて、自分は冒険者で世界を救う一人と声高々に宣言して回っている姿の想像が容易につく。
「まぁ確かに、そうかもしれない」
だが青年はその言葉が腑に落ちたかのように、書類を一度破りすて再び必要な書類を書く事した、ただ募集内容を変えるそれだけの事だ。
「だいたい全てに無理があんだよ、お前の募集には」
ガキ大将は自らの意見を綴る。
青年はそれらの意見など一切も耳すら傾けずに改めてメンバーの募集を綴る。
それが高望みなどとは微塵も思った事も無い、けれど確かに無駄な部分があったのだろうとそこに居た彼は反省する、全ての無駄を省く。
最初からこうすれば良かった、こうすればきっと文句も言われいだろうし彼を待っている取り巻きにも嫌な顔をさせる事は無い、どうして無駄な事に拘っていたのだろうか?そんな事を考えるくらいには青年が出した結論はシンプルだった。
青年が求めたる先ほどまでの条件は二つ後衛職ができる者と、前衛職の二人、後者は特に防御方面に重きを置いているモノの二人を所望した、だがそうである必要はない。
彼が記した募集書にただ一つ、後衛職の出来るモノ(ウィッチorウォーロック、セージとモンクやシスター、クレリック両方の才を持つ者)一人。
これだけ。
「は?本気か、お前?二人でこの街を出るつもりか?そこまで死にたいなら誰かを巻き込むなよ」
呆れた様な顔をして小山の大将は諭す。
それでも青年が折れる事はない、あの日見てしまった一振りの輝きを今でも思い出す。
涙ながらに逃げて、その背後で一瞬に振るわれた矛盾の絶技だけ、それだけで彼がここから立ち去るには十分すぎたのだ。
「1000年前に世界を救ったとされる勇者は、勇者である剣士と魔法使いの二人だった。石像にも歴史にもそう記されているでしょ?」
「お前はその名前も残っていない伝説の勇者でもないだろ!大体お前の体質そのものが!」
「はいはい、…もし数日の募集で決まらなかったら一人でも行くよ、魔王を殺しに」
「おい!エトワ!まだ話は終わっ……クソッ、自分の体質を考えて身の丈にあっ…」
そっけなく対応する存在をエトワと呼んだ、小山の大将の意見は恐らく正しい。
そんな言葉は、たった一夜の煌めきに脳を焼かれた存在になどには、決して響く事が無かろうに、それでも古くからの付き合いからか嫌がらせになったとしても、彼はエトワと呼ばれた青年を止めようとするのだろう。
「クソ、こんな募集また剥がしてやれば…」
「止めておきなさい、それを剥がしたら彼が一人で旅に進むだけだ、あの子の事を思うならそれだけは止めておきなさい…」
ギルドの受け付けに居るお爺さんが小山の大将を制止する、既に覚悟が決まり切った存在が自らに課す唯一の枷という名のモノが仲間募集という条件だ、その枷すら絶つという選択肢を選ばせれば、エトワという存在は何一つ躊躇いもなく旅立つだろう。
「おーい、ジェネラルー」
先ほどまでは見られなかった後衛職の少女や少年だろうか、6人程が集まり小山の大将に手を振り呼び止める、どうやら彼の名前はジェネラルというらしい、何年もの付き合いのような雰囲気を出しておきながら、青年は彼の名前を記憶の隅にすら入ってないのだ。
自ら勝算の低い戦地に赴く事に価値を見いだせない、普通の人類の感性の持ち主らしく実に一般的で、それがきっとエトワという存在には理解できない。
「近隣の魔物討伐に出るよー、アイツの事なんてほっとこー」
「わぁーってる、今日はボベアーの掃討だったな、今行く」
「下級の魔物だからと言っても、群れれば馬鹿にならん、特に親子には注意するんだぞ」
「爺さんに説明されなくてもわあってる。………全くこの世の中で魔王なんかに歯向かって何になるんだ、慎ましく生きれねーのかアイツは」
皮肉ではなく心からの想いだろう、魔王と呼ばれる者に支配されてから1000年経ちようやく人も国や街を作れる程度までは存続できた、色々な交渉の末や多くの人命を費やしての結果だ。
ジェネラルと呼ばれる彼はそれを知っているからこそ、魔族が上位という均衡の維持をよしとする、境遇の納得こそが自分たちを生き伸びさせるのに都合が良かったからだ。
今でも魔王退治を語る人類なんてモノは余程の承認欲求の塊か、それとも自らの実力も見定められない愚か者だ、果たしてエトワという青年はどちらになるのだろうか?
「本当にそうだな」
騒がしい若者がギルドを飛び出て、書類整理をする受付嬢や良さげな依頼を探している冒険者たち、あるいはかの青年が貼って出て行ったメンバー募集の板の前、決してギルドに静けさは訪れない、けれどいつもそこに居る老体にとってはこれが当たり前の光景だった、この状況こそが精神の静寂と呼べるものだった。
どれもが楽な依頼だ、農家の手伝いや下級の魔物狩り、募集なんて今では盛んに使われる事も無い、それこそ目的が魔王討伐などという妄言はもっての外だ。
「彼は産まれる世界を間違えたのか…、そもそも産まれるべきではなかったのか…」
老体はそう言い裏に戻る、ふと見慣れない存在に目をチラつかせた。
薄いピンクのような髪色を基調としてはいるが均一に紫色のメッシュが入っていた。ハイライトカラーやらアンブレラやらバレイヤージュやら、何らかの適切な呼び方があった筈だが、やけ目立つ髪色をした少女が一人募集の場所を見て、そして一瞬の瞬きと同時に姿を消した。
一瞬の邂逅、だが彼女がこの世界に居てはならない存在という事はすぐにでも理解する。
何かの見間違いかというには鮮烈な印象で、しかしそこに居たという確証も事実も残さず一度も瞬き一つで消えた少女。
「こりゃ迎えももうそろそろかな?」
「そんな事言う暇があったら、お酒を控えてくださーい」
「それだけは魔王に言われてもやめられないね」
ふぉっふぉっふぉと笑い飛ばし元の仕事へと戻る老体、確かに募集板を見ていた少女は居た。
誰かの真似をして普通にしていれば気にされないと思い、少しの気配遮断魔法に頼って結果、案の定見つかり反応されそうになったから、瞬間的に移動しただけの話だった。
「やっぱり普通じゃないわよね、…はぁ怖かったわ…」
薄いピンクの色とメッシュが入った紫色の髪を風に靡かせる少女、彼女は一人ギルドの屋根の上、露店で買ったのか甘そうな陽の光で溶けて行くアイスを口にし、人が怖いと口ずさみまた彼女は姿を消す。
こんどはもっと遠くに行ったのか、ここからではどう探しても見つかりそうには無い。
ここまで読んでいただきありがとうございました