第六節 魔法都市から考える“種族”とは 4
おはようございます
アンは普通にここまでのお試し加入キャラでした。
夕刻過ぎ、魔法学校の下校時間という物見遊山にうってつけの時刻でもあったのだろう、編入試験としては異例過ぎる事態が起きた。
等級無し魔法見習いの魔角族の少女と、その時代に置いて世界でも優れた魔法使いである証明のA級魔法使いを用いた特待制度の有無を計る編入試験が取り行われる。
魔角族という希少な種を一目見ようとするモノ、相手が学校ないでも鍛錬をする機会すら与えられない存在であるA級との戦闘試験を羨み妬むモノ、そして等級無しに万が一すらも起こりえない、どれ程痴態を晒すのかをほくそ笑みながら見守る見物人を、ほくそ笑みながら見る薄ピンク色の髪色をした女性は愉悦感を覚えながら最後列で佇んでいる。
シエルがアンに伝えた事は大きく分けて三つ、その内一つは使わない事になるかもしれないが、まぁ使えるような状況が来れば自ずと今がそのタイミングだと気づくだろうこと。
「シエルは何処に?………見つけた。やっぱり私自身には興味なさそう?」
最後列かつ夕日によって彼女の顔はここからでは見ることは叶わない、精々身振り手振りをして初めて動いたかどうかがわかるという場所程度には離れている。
シエルはエトワこそが自身の魔法を、より高みへと連れて行ってくれる存在と称した。アンをここに預けるのに分断したのもエトワが持つ善し悪しの判断からより善い方向にもっていくにはこうすれば、という判断を語られ彼女はその通りにしていただけなのだろう。
遠くのシエルらしき人影はアンが見ている事に気づいたのか、グーサインを出している。
「気を遣われている?…でももう独り立ちできる所見せないと…だからこの戦いにはちゃんとやってちゃんと勝つ」
A級魔法使いが自身の目の前の廊下から、コツコツと足音を鳴らしながら近づいて来る。人類側の存在で黒山羊族の男性だろう、頭から後ろに伸びる大きな角とエルフとは違う体毛に包まれた耳、そして自身で討ち取った最大の魔物の頭蓋を装飾品として身に着けている姿はそう在るモノではない。
「私たちとは真逆の、魔法の素養があっても魔族から疎まれた存在」
理由は諸説ある、黒山羊族を側近にすると身内に不幸が起きるだの、忌まわしい歴史の影にはいつも彼らという種族がいるだのという沢山の所説がある。
だが魔族から嫌われたのは恐らく、主義の問題だろう自らの命や他人の命を使って強化を図る黒魔法を得意としている彼らは、了承も無しに寿命を奪われることを危惧したのだ。
「よろしくお願いします」
「あぁよろしく頼むよ、ルールは時間内に私に触れられれば引き分け、このアリーナから弾き飛ばすことができたら君の勝利でよかったかな?」
「その認識で間違いない、それと」
シエルから言われた必要な事の一つをここで済ませておく、アンが思うにこの状況で言うのが一番効果的だと考えたからだ、シエルからは戦っている最中でもいいとは言われたが、恐らくここが一番良いなぜならば他の存在にもこの発言は聞き取られるから。
「なにかな?」
「黒山羊族相伝の黒魔法を使う事も手加減もしないで、私は今の私の実力を知りたいから」
軽めのジャブ、浅い挑発だった。
別に苛立たせて隙を作ろうとしている訳ではない、こうしなければ恐らくアン相手に相手は本気になれないのだ。
なぜならば魔法的干渉を一度様子見で過ごした時点で引き分けが決定してしまう、それでは自身の成長を、今もつまらなさそうに見ているシエルに見せる事は出来ない。
これはアンの我儘であると同時に、シエルからの願いだ。少女の成長を見させて欲しい、助けた価値に、エトワと離れてまでも少女に付き添った意味を伝える為に。
だが言葉だけを聞けば、身の程知らずの存在が挑発したという事実に変わりはない、故に野次馬からブーイングもうるさくなる。
「挑発という訳ではないな、成程…今一瞬私に見せたね君の魔法を、それを使えば確かに勝負にならない、勝負を成立させるには私がそれを把握しておく必要がある、分かった善処しよう。だが君も私に全力出せというからには死ぬ気でかかってこい、さもなくば……」
頭に被った頭蓋の奥から見る瞳は、周囲を凍らせるには十分過ぎる程の殺意を籠った目をしている、しかしこれでシエルにとってもアンにしても望んだ状況が手に入った。
「死ぬぞ?」
戦いのゴングが鳴る、これからするのは証明だ、アンが見せる一人で生きていく証明、そしてシエルに見るただの存在が、光すら逃れぬこの歪曲せし世界で歪曲せずに捉えることがアンという少女が見せたアンという存在に初めて魔法以外の意味をもたらす証明を、今この瞬間から開始する。
「『魔法・愛しいパパとママ(シェリーペール&メール)』あの人を囲んで」
即座に展開したのはアンの方だ、最初から挑発をかましていた方から攻撃を仕掛けず誰が攻撃を仕掛けられるというのだろうか。
最初の難題、相手に触れられるという前提を作る為にはこの作戦が一番手っ取り早く、そして改めて黒山羊族の少年を本気にさせられる。
「なるほどこれは確かに防御魔法を体に展開してなければ、簡単に触られてしまうな」
アンの霊体による父と母に直接攻撃は身に纏う防御魔法によるによりいとも容易く防がれる、これで奇襲という手は封じられたも同じことだ。
「足を止めないで、各所から魔法を撃ち続ける…」
シエルにアドバイスされた二つ目の事である、アンは魔法学校に付随する図書館の中での会話を思い出す、当たり前の様に彼女は語っていたが、それらは高等技術の塊だA級なんて枠組みを超えているシエルだからこそ可能な事を言っているだけ。
「まず大前提として必中する魔法は存在しないのよ、ここまではわかるわね?」
「シエルの独自魔法は必中していなかった?」
気まずそうに頬を掻きながら、照れるようなそぶりを見せながらアンの質問を否定する。
「アレはまぁ例外中の例外ね、相手の魔力を完璧に視認し同調したからこそ成せた技ね」
確かにアレは必中する魔法と呼べなくもないが、相手との絶対的差があった場合にしか使えない魔法を必中の魔法とは到底呼ぶことができない。
必殺の魔法は存在する、けれど必中の魔法は存在しない、それがシエルの論だ。
「防御に魔法に魔力を割きながらの行動は安全を保障してくれるわ、だけれどそれと同時に攻撃魔法の質を落としてしまうのよ」
「つまり防御を怠るべき?」
「そうじゃないわ、攻撃を受けるその瞬間だけ防御魔法を展開するの、動きまわることを推奨するのはアナタの場合は、そうね…いわば固定した砲台3つと移動できる砲台3つどちらが脅威かと言われれば、確実に誰もが後者を選択するでしょう?」
アンは父と母を使って別々な魔法を同時に放てる訳ではない、放てるとしても同タイミングで同じ魔法か、あるいは魔法を撃つ砲手を選択して撃つかの二択だ。
「けど息が乱れれば魔力操作も乱れる…防御で失う分の質の担保になるの?」
「動き回れば防御を展開する数も減らせられるわ、そして立ち止まって魔法を直撃しそこに防御魔法を割くくらいなら」
その問いにアンは答えられていない、だからこそ今行動して応える。
「最初から押していく!『魔法・氷の剣』!」
少女が持つナイフの様な杖の柄から放たれる剣をできる限り無数に飛ばす。
これはシエルが得意とする戦法をアンなりに解析した結果行きついた魔法、複雑な構成の物体そのものを生成する魔法よりも魔力で作り上げた材質の成型をした方が効率はいい。
問題に上がるとすれば威力には段違いの差があることだが、それは一朝一夕でなんとかなるモノではない、故に彼女の戦闘パターンを真似る。
「なるほどこちらの攻撃を避け切る気だな?だが『魔法・街を焼き尽くす黒炎』」
彼を中心に厳密に言うのならば彼の持つ魔物の頭蓋を被せた杖から放たれる、マグマの様な黒炎が覆い被さるように地面から隆起し足元を焼き尽くす。
「……ッ、パパ!」
咄嗟に父を実体化させアンはその上に飛び乗る、空に昇りアンを追いかえる実体化した父は霊体時に比べると機敏に動ける訳ではない。
だがそれでも追いかけてくる黒炎からは逃げ果せることは可能だ、それでも追撃がなければの話しだが。
「『黒魔法・血の矢束』」
黒山羊族の少年は確実に実力でアンを圧倒している、故に隙は逃さないと言わんばかりに彼は新たに魔法を発動させる、魔法の種類は黒魔法だった。
己や相手のそのものを媒介として使われる魔法を指す、多くは封印や強制的な命令権や限界の越えた先を見る為の魔法が多いが、自らという解釈を拡大させ口で切った血を媒介にさせ目に捉えるのがやっとの程の矢を放つ。
吹き矢の様な感覚で実体のあるアンの父を貫く、これが牽制程度に連発されるとすれば相当厄介な魔法だった。
ならばやることは一つだ、接地し当初の予定通りに大きく動き、黒山羊族の血の矢を最低限度且つ最大限の防御で攻撃をいなし、全方位からの魔法を仕掛ける。
地面に接地した直後、改めてアンは父を霊体化させ氷の剣の掃射を動きながら、そして僅かにでも構わない、確実に相手に近づきながら掃射を続ける。
「一度放った黒炎はついてくるだけ、血の矢なら対処できるこのまま攻めきれる!」
自信でもなく、徐々に勝ちへのビジョンが浮かび上がる。慢心でもない上手く行き過ぎている訳でもない、魔力が持つかどうかそれが一番の懸念点だが、このままであれば押し切れる。
「押し切れる、そう思っているな?『黒魔法・亡者たちの嘆き(ルサンチマン)』」
手を抜いていた訳でもない、放ってくる魔法を捌くことそれを行った事も、常時追尾してくる黒炎も何一つ怠っては居ない、だがそれでも黒山羊族の少年は新たな魔法を発動してみせた。
これで同時に魔法を扱うのは3つ目となる、自分の良く知る格上の人物が見せた魔法の総数と同じだ、彼女の本気がアレだとは微塵たりとも思っていない、だがクラーケンを遠目で圧倒して見せた時も、竜鱗族を蹂躙して見せた時、その両者の状況とも一致する魔法を目の前の少年は使っている。
心のどこかで3つは無いと信じていたという淡い期待が、いとも容易く裏切られた。
だがそれでも歩みを止めることはしない、アンが今浴びているのは恐らくこの世ではなくあると、確証もできないあの世の重みを体感させられている。
憤り、憎悪、怨恨、嫉妬そして非難、あの世全てがそうである信じたくも無いが、けれど彼女に浴びせられているのはあの世で抱く死後強まる怨嗟の念だ。
体は重く動きは封じられる、無理やり動こうにも頭が回らないそれでもやると決意したのだから、少女は一歩足を後ろ踏みしめ杖を少年に向ける。
「出力最大…『魔法・氷の剣』!」
3方向からの巨大な氷の剣、アリーナの全体でも収まりきらないサイズの氷の剣を今持てる魔力を使い切ってでも射出し、当てる、射出すれ最悪相手の命ごと持っていく可能性もあるが、それでも当てられる。
相手にも少女の放つ攻撃を避けきる事は、不可能だと悟ったのだろう。
だからこそこの魔法を使える
「『魔法・鏡の中のアナタに(ミロワール・ヴ・ダン)』…」
それはかつてある少女が魔角族の村を全滅させた時に初めて実戦で使用した魔法で、50年程前にその少女がグレーヌ魔法学校で卒業論文として掲載したことで世界に知れ渡った、魔法と認識した魔法を相手にそのまま反射する魔法だ。
「へぇ…あの子使えるのね、なかなかやるじゃない」
それを使えるモノは少ない、何故ならば膨大な魔法に関しての知識が必要だからだ、見ている方も何故魔法が反射しているのか理解できていない、要はイメージが足りない。
全ての魔法を特定する行為、全ての魔法を放っている存在の位置を特定する行為、そしてその者が魔法を撃たれるこちら側を向いていなければいけない魔法。
3つの条件がそろった時に初めてこの魔法は反射する、多くのモノは一つ目と二つ目のどちらかで躓き、そしてそこを越えたモノも相手にこちらを向かせるというイメージで足踏みをする。
シエルとの会話を思い出す、軽い実証実験を彼女は少女の前でやっていた。
「敵意を持ちながらに攻撃は発射されている、放った時点、後で相手が私という存在を見ていなくても放つ前には必ずこちらを認識している、だから狙った時点で反射される事は確定している魔法、それがこの魔法よ」
「凄い………、モノを見せて貰えた?そしてシエルが言った通り私じゃまだまだで、今から魔法で勝つ事は不可能…だね…」
顔を覗く右半身が完全に氷の剣のみ込まれ固まっている、一人では動かせようもなく頼りの父と母は魔力で作られた氷の剣であるからこそ、氷に飲み込まれている。
徐々に氷の剣は魔力でその形を成形できなくなり、やがて亀裂が入り崩落していく。
「君が等級無しとは思えないほど見事だった…、この…………」
アンの父と母を現界する魔力も少女には残っていない、魔力切れだ。体から湯気の様に体に溜めて置けるはずの魔力が漏出していく。
「……『魔法・貫通する弾丸』……ダメか……」
振り絞った力で左腕を上げて貫通魔法を試すモノのここまで洗練された魔法使いが反射魔法を切っている訳がない、そのまま反射しアンの右頬を掠めていく。
「まったく負けず嫌い過ぎる、今回は引き分けだ。魔法を4つも同時に使うなんて私も初めての経験だったよ」
黒山羊族の少年はコツコツと近づき、アンが杖を持っていない凍傷になった左手を自分のお腹に押し当てる。
「これで勝負は引き分けだ」
「ありがと……ございます……」
実質的には負けた悔しさか、引き分けになったことでシエルをこの場に留めるというシエルが一番望まぬ行為を避けられた現実が嬉しいのか、それともシエルとの別れが寂しいのか、あらゆる感情が入り混じっているのか。
アンは涙も笑みも悔しさも全てを込めた表情を下に向けたまま地面に向け、普段使わない敬語まで披露してみせる。
これにて円満に解決、シエルは温泉付き3泊を予約し且つ魔法学校に拘束されない、望んだ通りの結果が手に入り、悔しい思いをするのはボナパルト校長だけ、観戦していた人員は拍手でこの戦闘を称え始めた、その瞬間だった。
終了の鐘を鳴らす直前に、アンから放たれた攻撃で黒山羊族の少年はアリーナの壁にめり込み場外へ飛び出しの失格という状況に陥る、ざわざわと会場が揺れる中、アンはシエルが言った最後のアドバイスを思い出す。
「アナタが全力でやれば相手は引き分けにしてくれると思うわ、けれどその状況はアナタが、もう打つ手なし敗北という状況。場合によっては反射魔法も出てくる可能性すらあるわね、だから引き分けを申し出てくれたらありがたく受けとっときなさい、そして魔法ではない魔力切れによって漏出した魔法を放出する形で相手に直撃させるの、そしたらアン」
地面に倒れ、氷によって冷えた床に頬を当てながらアンは呟く、結局シエルの言った通りになってしまったと、悔しさも込めて。
「アナタ「私の「勝ち」よ」
不服だったのか、多くの観客がこちらに集まってくる、勝ちは勝ちだ、それで今はいい…どれだけ非難されようと、と思いアンは目を閉じる。
だがしかしその直後に発した彼らの言葉で目を覚まさずにはいられなかった。
「お前すげぇよ!」「あの人を倒すだなんて!」「あそこまで作戦だったのか?」とワイワイガヤガヤと騒ぎ囃す、吹き飛ばした黒山羊族の少年にも視線を送ったがやれやれと言った表情で既に困った顔をし首を振っていた。
どうやらアンはこの波から逃げることはできないらしい、だが彼がこの学園で最強で居て、そして皆から慕われる理由がアンには分かった気がした。
「魔法で認められるって、こういう感覚なんだ…」
青白い髪をした魔角族の少女は幾つもの質問攻めに会い、やがて意識が飛びそうになっていく、どんな種族も分け隔てなく質問をし、際どい問題からは守ってくれる。
体が魔力の回復を優先したがっているようだった、それを皆もわかってくれているのか宿屋の中でも続いた入学祝いの盛大な前祝は終わりを告げ、そして少女は産まれて初めて知性生命という種族たちはいつかきっと分け隔てなく一つに成れる日が来るのではないかという希望と、そしてあの日以来ずっと寒かった心に温もりを感じた。
南方大陸でも長い冬を迎えるというのに、少女の中の季節は春にも似た心地よさで埋め尽くされていく、これなら大丈夫、私は大丈夫と確信できるほどに。
ここまで読んでいただきありがとうございました




