第五節 どっちの船がお好みで?(下) 4
おはようございます
怪しげな雰囲気ががが
突如現れた異形の怪物、文献では見た事がある荒れ狂う嵐の海の時だけ姿を現す魔物の正体、名をクラーケン。
ただのタコがそう名乗っているのなら可愛げあるが、数多な船を沈め数多の知性生命を喰らい尽くしてきた、正しくフラリス海を制する“タコ”の怪物である。
「エトワでもタコとイカを見間違える事はないでしょ、でもなんなのかしら…不安ね」
間違えている。間違えているのだがタコとイカを例題に出し大きく変わる所といえば吸盤そのものか、足の本数である間違えていても然程問題あるまい。
「『魔法・生成 持ちてのいない騎士の剣』アン?アナタはもしもエトワがクラーケンの足に手を掴まれたら先ほどの感覚で落としなさい、最速でなくていい重要項目は命中させる事、できるわね?」
「わかった…来て。パパ、ママあの距離まで必ず届かせる為に!」
呆けているほかの船員は乗客に一切の躊躇いも無く魔法を展開させる。
船の全長ほどもある二つの大剣が何処からそれほどの出力を得たのか疑問を感じさせるほどの速度が乗ってクラーケンという魔物へと放たれる。
超音速程度の速度まで出力を上げて放ってしまえば、それ以降はクラーケンに届くまでひたすらに微調整だ。
唯一の問題点があるとするのならば、超音速ほどの速さを出してしまったが故に発生するソニックブームへの被害だが…。
「何をしているんだ君ぃ!クラーケンを悪戯に刺激しては…」
「黙っていてもらえるかしら、今私達はアレを狩ることを目的としているの。私は無視をしてもいいのだけれど、彼がやると言ったら私はそれを手伝うのよ」
既に防壁魔法にその衝撃を受けとめて貰った後の様だった、それによって引きおこる波に関しては正直防ぐ手立てはない浮遊しているシエルは良いとしても、他の者には海水を浴びてもらうことになるだろう。
「まぁ転覆はさせないから安心しなさい、こういうのをなんて言うんだったかしら?…そう呉越同舟?アナタたちもクラーケンが排除されれば楽になるのではなくて?」
「だ、だがそれとこれは話が別だ、君はこの船に乗っている全ての命を軽視し過ぎているだろう!」
そりゃそうだ、嵐の日と冬にさえ航海をしなければ、普通は出会う事のないクラーケンを態々今相手取る必要なん理由はここに1㎜たりとも存在しない。
だが異例が起きてしまった、これからはその二つの条件以外でもクラーケンが出るという可能性が今この瞬間に発見されてしまったのだ。
「ならアナタたちはこれからどうやって航海で食べていく気なのかしら?普通の気候でクラーケンが出た、海路間の移動なんてもう誰もしたがらないんじゃない?」
「そ、それは」
言葉が詰まる、狩ってくれるなら狩ってくれた方がありがたい、なぜならば自らの食い扶ちが消滅すると言っても過言ではない。
北方大陸から東の道伝いにある中央大陸を陸路で行った方が命の保証はできる分まだマシだという話である、強力な移動魔法を持つ魔族と、それ程高度な魔法を持たぬ人類どちらが海路をという経路が使えなくなった時に苦しむのかは、一目瞭然であった。
故にこそ、この異形なる怪物はここで討つ。
「きっとできるわよ、善い事の為ならばなんでもできるエトワだもの」
とても高い跳躍、あれを魔法も無しの生身の肉体でやっているのが本当に疑いたくなる光景だ、だがそのような芸当ができる存在だからこそシエルは彼に惚れこんだ。
彼ならば何時も草場の影から眺めていた矛盾を、しっかり極めてくれるのだという想像が徐々に確信へと変わっていく。
「『魔法・穿つ隕石』と貫通魔法も届くかだけ試してみようかしら」
一つの大剣は縦横無尽に暴れ回るだけなのに対し、新たに魔法を施された大剣はある程度の距離を用いて刺突する大剣へと動きを変える。
だが流石の船ほどの長さを持っていたとしても、質量までは船程までは持っていけていない、故に一つの足で弾かれる。
「まずは一本」
シエルが呟くとクラーケンご自慢の1本の足は中間あたりから簡単に切断されている。
「貫通魔法も流石にこの距離じゃ威力も落ちる、けど流石に同時に二つは受けたくないのでしょう?その隙をエトワが見逃すと思って?」
どちらもクラーケンを絶命には至らせない攻撃だ、けれどどちらも受けてしまえば例えクラーケンでも一度腕の使用を封じる程度の威力は持っている、それを本能で察知できてしまう程に鋭いからこそ、その隙は致命的だった。
「アン、アナタは一番動いている足に狙いをつけていて、どんなに揺れが激しても絶対に目を離してはダメよ?……今から多分揺れるから…」
「わかった………ん?ちょっと待っ」
クラーケンの反撃が飛んでくる、ただ足で海水を払っただけにも拘らず、相応の質量を持った物理攻撃として最高峰の威力が正確にこちらの船へと狙われる。
「質量攻撃は偉大よね、三重に貼った防壁が二枚も破られたわ。でもこれで二本目」
こちらに意識を逸らすという事は、自らの足を切断させる理由になるという事を本能が理解できていないらしい。
「斬っているのは私じゃないっていつになったら気が付くのかしら?ふふっ楽しみね」
知性が無い魔物、知性があればこちらの魔法が自らの足を斬っているなどと思いはしない、けれど魔物の持つ本能的に潜在的危機感は、強力な魔法を使っているこちら側こそが自分の足を切断しているように感じてしまうのか、なんどもなんども圧縮された水が凄まじい勢いで飛んでくる。
「破られれば張り直すだけなのだけれど、少し量も増えてきたのが厄介じゃないかしら………………ってエトワぁぁあああああああ?」
なぜか足に捉えられているエトワが視界の隅に存在する、なんの前触れもなく捕まったモノだから驚愕の余りにシエルは叫んでしまう、不安からの声ではない、全くそういう状況になり得ないように立ち回っていたのにもかかわらず、そうなってしまったあり得ない現実にシエルは嘆いてしまっていた。
「……アン…とりあえず手筈通りで…」
「あ、うん、わかった」
アンも思わずドン引きしている、ずっと足を追っていたアンであればなぜ捕まったのかを理解できたのだろうか?だがドン引きという状況から見て碌でもない事で捕まったのは間違いないらしい。
「アナタらしいと言えばらしいけれど、でもまぁ偶には一人の責任で戦うのもいいんじゃないかしら?」
*
エトワは足に捕まれている、シエルの強力な援護もあったからこそ生まれた隙を活かし、魔物の足を斬りに行っていたのだが、根本に近ければ近い程、別の足も近い場所にあるという事をエトワは見過ごしていた。
「このイカ…痛くはないけど凄い吸着力…」
まさか一切何も考えていないであろうクラーケンという“タコ”の魔物がシエルたちに放っている攻撃のついでに動かした足に背中がくっつくとは思ってもいなかったというのが今起きたことのあらましだった。
「運がいいのは、シエルの攻撃で気づかれていないってことだけど…、流石にこのまま海に叩きつけられたら死ぬよなぁ…」
失念していた訳でもない、気を抜いて訳でもない、避けることを怠った事実もない、本当に偶然起きた事だった。
相手すらも意識していない無意識下の行動だったからこそ、何らかの害意も感じさせずそもそもの話、言ってしまえば攻撃ですらなかったのだからエトワが察せなかったのも無理はない。
「服だけ斬ればなんとか外れないか?いや多分刃が通った時点で気づかれるか…」
海に住む生物は無駄に全てが過敏ということを流石にイカとタコの見分けがつかないエトワであってもそれくらいの事は常識として知っている。
気づかれてないのならば、気づかれていないこの好機なのか危機なのか良くわからないこの状況を利用せずにはいられない。
ここが自らの死地とは到底思えない、それこそが驕りそのものと言えるかもしれないが、やはりここはエトワにとっての死地ではなかったらしい。
見覚えのある魔方陣から発射される貫通魔法、シエルという魔法使いの上位層ですらこの距離まで行けば魔力が霧散し始め威力が落ちるというのに、ある少女の貫通魔法はこの距離ですら高密度な貫通魔法だった。
自らを発射点として前方に霊体の父と母を配置する事によって、発射地点の虚偽を作り出す加速器的な役割を両親にして貰っているという例えがわかりやすいだろうか?
「さんくす、アン…これでもう一度自由に動ける…、そして………もう終わらせよう。期待はしていなかったけどシャットは死んでいる、ならもう少し最初から派手に暴れればよかったのかもしれない」
(全部言い訳か)
あれがしたかった、これがしたかった、あれがしたかったからこれができなかった、これをしようとしていたからあれができなかった、全部全部言い訳だ。
知性を持つ者ならだれもが一度は抱く、外的要因があったからこそ上手く行かなかったという言い訳。
言い訳とは思っていなくても、知性があればあの時はああだったからしょうがないと言い訳を作り、自分の失態を誰かに被せることで自らの感情を騙しきる。
「言い訳で逃げ道を作るのは善くない。善くないからこそシャットの事は忘れて、今はこのクラーケンという怪物を斬り捨てよう」
大きく左手に持つ不出来な剣を振るう、近くにあったか。それともクラーケンの人が反応もできない速度で動かした足が丁度振り下ろした剣にあたったのか、大穴で斬撃が空間を斬り裂くようにそこだけを斬ったのか。
「三本目」
もう一度次は右手に持つ瑠璃色が綺麗な刀剣を大きく振りかぶり何もない場所を斬り払う、まるでそこにはクラーケンの足があるからこそ斬り捨てるかのように、次の足が落とされる。
「四本…五本目はシエルの魔法と空ぶっちゃった…。……まぁ流石にこれだけ景色が広がれば景色は嫌でも最初よりは広がって見える」
八本の足を自在に動かしていたクラーケンの姿はもう居ない、そこにいるのは残る三本で本能のままに命だけは守ろうとしている、どこにでもいる少し大きいだけの魔物と大して変わりは無かった。
「流星 焦がれ戌」
残存する魔力は残り1割、1割の魔力量で出来ることなどたかが知れている、だがそれでもやらないよりはやった方が仕留められるという自信があった、故に二刀の刀剣に熱を灯す、熱され溶け落ちるような熱を灯し流れ星が如く一直線に落ちてゆく。
流れ星ではなく隕石の様だった、衝撃波が起きないだけありがたい、大体の者はそう思っただろう。
だがそれでも速度を乗せた落下攻撃、そしてエトワの剣士としての質を知っていれば魔物を貫通させる程度の事はとても容易く、そして当たり前に想像は出来ることだった。
「よっとと、最後の力で船ごと沈まれても困るけど、この様子じゃ安心そうだ」
クラーケンの死骸からジャンプをして、元居た船まで戻ると誰もがこちらを見て驚愕している、何か違和感ある視線だった。
「倒してくるって言ったんだから、ちゃんと路銀の件忘れないでね」
「あ、あぁ」
先ほどまで大きな態度を取っていた商人が化物を見る様な瞳でこちらを見ては、一歩足を引かせる、エトワが近づけば再び一歩下がる。
「どうしたの?そんな顔色悪くして?倒した事が不満だった?」
「い、いや、そんなことはない、そんなことはないさ…そうだ中で紅茶でも貰ってきたらどうだね?きっとこの船に乗っている全員が君に感謝している、だからきっと何か他の褒美があるかもしれんぞ?……な?」
「あ、あぁ、そうだな、君こっちに来てくれ、手当と茶菓子くらいは出すよ…」
「えっ、マジ?らっきー、ならそっちいこー」
気楽な受け答えをしているエトワとは違い船内は困惑に包まれていた。
それは南西方向に居る船員にとっては見ず知らずの魔法使いと連携をしていたことでも、クラーケンを倒すと語った青年の有言実行に驚いている訳でもない、ただ異端を見るかの様に誰もがエトワを見ていたのだ、エトワがその視線を違和感として気づく事は無い。
なぜならば敵意や害意を持ってその視線を浴びせられている訳ではないのだから、自らの敵になり得ない存在を気にする必要が無いのだ。
ただ船内に入る時に自らを映したガラスは、魔法で隠れていたはずの黒と茶色、二色の髪色が戻っていると、少し気になった程度。
それ以外にエトワが気にする事は無く、優雅に出された茶菓子を頂いていた。
「あ、見た目の割に美味しい、これ」
この海上で誰よりも自分の事を気にせず、一番呑気に過ごせているのは目の前で友とも言える関係を築きかけ、それを目の前で失ったはずのエトワなのだからどこか螺子が外れている。
奪うだけの存在だと思っていた魔族ですら持っていた他者を敬い想う心、人類ですら持っていた自らより地位の低いモノを蹴落とし見下す心。
根本的に違う存在だと思っていた種族間、わざわざ人類と魔族と分ける必要性は本当にあったのだろうか?
根本的に違う種族というのはエトワやシエルの事を言うのでないだろうか?
きっとこれは考えすぎの妄言だ。
「あぁー頬がとろける甘味ー」
だってこんなにも普通に過ごしている分には、彼という青年は紛れもないただの甘味を美味しそうに食べるただの人なのだから。
ここまで読んでいただきありがとうございました




