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第五節 どっちの船がお好みで?(下) 3

おはよございました

海上戦終わってなかった

「おい、いきなり叫んで一体………大丈夫か?」

 酷い揺れの中、失意の最中。味わった事の無いような不愉快でしかない揺れを味わいながらこみ上げて出す、こみ上げてきてはいけないモノを手で何とか覆いながらも、肩に手を乗せ心配してきた存在へ礼を言う為に振り返る。

「あぁ、大丈夫だ…少しずつだが慣れ…ッ…………」

 振り返り様に声の主の顔を見た。

 獣人型だろうが、人型だろうが、あるいは動物型の種族でもそう驚きはしない、冒険者としてどの種族が魔族で、どの種族が人類かそんな事は簡単にわかる筈だ、無論この船に何らかの曰く付きな理由があるのであれば分かる。

 例えば乗せられたこの船が奴隷船の場合であればだ、その可能性は最初の気さくに行われた心配という行動によって否定されている。

 魔法の詠唱なんて必要がない、ただ今振り返り様に刀剣を振り抜けばいい。

 多少詠唱が無い事による、完璧再現の顕現なんて求めない、けれど、けれども、エトワにそれができる訳がなかった。

「魔族ッ………」

 人の様な図体をしながら猫の様な耳を生やし、そして明らかに人ではない手足が毛皮に包まれ茶白な体毛に覆われている種族がいる。


 ケット・シー族、ネコ科族の中でも頂点に君臨する種族。

 その瞳は夜闇ですら全てを見通し、その耳は全ての音を聞き分けるという、人の様な形をしていはするもののその発達した両手足は人類を屠るには十分過ぎる力を持つ。

 逃げれば先回りし追いつき獲物を捕らえ、受ければ鋭い爪に両断されてしまう、温厚そうな見た目からは想像もできない程に戦闘に特化している種族、それがケット・シー族だ。


 取って食おうとしている訳だとその可能性を外す訳にはいかない故に睨む、けれどその行為は純粋なる善意から来るモノだということも手に取る様にわかってしまう。

「あ、お客さん僕たちを見るのは初めてかな?」

「…初めてだよ…できれば穏便に過ごしたい気持ちはある」

 エトワは既に刀剣を顕現させる為だけの魔力は持ち手である右手に注がれている、、もしこの状況から抜刀したところで辺りを見渡せばここ船員の凡そが魔族で構成されているという事に気づき、事態はより絶望的な戦力さが目の前に広がっていた。

「俺は仲間に騙されて奴隷船にでも乗せられたのか?」

「違うよ僕たち船は南方大陸行きのただの客船さ、君が声を荒げていた方の客船はジマラ・グレーヌ行きの客船で、こっちが人類最大の都市エスクラベルテ方面だ」

「占領でもされたか人類最大の都市は、なぜ魔族が人類を運んでいる。お前らはこの船を襲う側だろ?」

 どれだけ人まねをしようと、人からの信頼を得る為に死者が出やすい船員として振る舞おうと、彼らは完全なる人類の敵であり人類のありとあらゆる祖先の仇だ。

 しかしながらなぜここに乗っている人類は平然とした顔をして、船員と話せているのかそれがエトワには理解できなかった。

「知らないのかい?エスクラベルテは人類が魔族との共存を認めた唯一の都市なんだよ」

「認めた?認めさせたではなく?」

 魔族としてのポテンシャルを本気で都市壊滅に切り替えれば、確実に人類は負ける、故にそれをしないという脅しとしてその条約を飲まさせたそうとしかエトワには思えない。

 人類と魔族の領土が昔よりは拮抗しているが、それは人類が多くの犠牲を払う代わりにそこを守り続けられるだけの事だ、人類が守りに使う人員の総数、それを魔族も合わせて繰れば基本的に人類に勝ち目はない。

「違うさ僕達の先祖がお願いしたんだ、戦いなんて間違っていると説いて、こんな無駄に命を散らすなんてことは止めて共存しようとね」

(命を散らせている原因は魔族サイドの問題だ、侵攻されなければ無意味な死は遠のく)

 口には出さないが心の片隅でエトワは呟いた、魔族が侵略してくるからこそ人類は守り続けなければいけない、だからこそどこの村も都市も人類が気づいた安息の地には城壁で囲われている。

「うーん、実際に見てもらった方が早いかな?こういう条件で僕たちは人類との共存に成功しているんだよ、これは人類を脅かさない為には一番効率的なやり方だ」

 一度肩から離されていた手を再び目の前に居るケット・シー族の青年は、エトワの肩に乗せるそれに対しエトワは対応しようがない、不可解と理解困難二つの情報で頭がパンクしそうだ。

 辛うじて理解できるのは、彼に害意は全くない事と、口から紡ぎ出す言葉、それをエトワは間違いなく嘘をついていない真実だと思える事だった。

「…ッ…」

 エトワの肩に乗せられた手にはネコ科族特有の隠し持つ爪を刺しこめられた、けれどこちらは痛みを感じない、それどころか刺しこむ寸前でそれは止まる。

 そして痛いと顔に苦悶の表情をあらわしているのは、首枷のような器具が赤く光っている目の前にケット・シー族の彼であった。

「……わかってくれたかな?手を出そうとしたりすると…ハァ……結構を苦しい…んだよね、害意程度なら我慢できるけど…、行動に出るとこれが中々……」

「信じる、信じるから早く爪を仕舞え。なんで説明するだけでここまでのダメージを喰らっているだ!」

 赤く光る首枷からは少し焦げた臭いがする、まるで火で軽く熱した鉄を直接当てられるまるで焼き印をされ続けているようにも見えるその異様な光景だ、けれど誰も蹲る彼を見ようともしない、否同じ魔族だけは気まずそうに彼を見つめているが人類は彼らに目を向けない、この異常なる光景を当たり前であるかのように雑談を続けている。

「もう少ししたら…落ち着きます、……大丈夫ですので…」

「そんな状況じゃないだろ!真水を貰ってくるからそこで横になってろ!」

 異常な景色を異常とも思わない人類、これが平和ボケというモノなのだろうか?いいや違う、あそこで雑談をしている夫人たちも、そこで何か時間に急かされ苛ついている商人もエトワが近くを通り抜ければ、視線を向けるその理由は気をつけろや、どうしたんだ?という感情から来るモノだ、けれど魔族の彼らには人を追うように視線を向けようとはしない。

 それこそまるで魔法にかかっているようだ、異常を異常とも思えないほど常識すらも欠陥させられた存在で、客そのものが異常者にエトワは見えた。

 持ってきたタオルを真水で濡らし、首枷によって何度も焼かれたかのように見える患部に宛がう。

 彼は恐らく魔族であっても良い人、善い人かどうかをエトワがかかわったこの数分では知り得ることができないが、ただ間違いなく良い人ではある。

 良い人でも無ければこうまで身を張り、自分そして同じ身の上である同胞の潔白を証明する必要がない、自らが語った事をただの飾りと疑うのであればそういう対応でいい。

 《君が思うのならそうなんだろう、君の中では》という言葉が上手く当てはまるだろう。

「少しは落ち着いたか?お前が落ち着いてくれないと船員たちの視線が痛いんだ」

 ことあるごとこちらを見られていた、通り過ぎる度に本当に大丈夫なのか?という不安の目が背中に突き刺さるような感覚をエトワは感じていて、実に居心地が悪い時間だっただろう。

 誰かと関わることを面倒の一言で片づけてきたツケが回ってきただけのことだ。

「…助かったよ、まさか魔族憎しという感情を持つ人間がここまで思ってくれる人類とは、人は見かけによらないとはこのことだな」

「失礼なこといってない?」

 どうでも良いことだった、失礼だとか失礼じゃないとか、魔族を思ってくれる人類とか人類を思ってくれる魔族だとか、本当にどうでも良いことで思わず二人から笑みが零れる。

 人は見かけによらない、全くもってその通りの事だ。

 魔族でも誰もが人を殺そうとしている訳ではなく共存を望んでいるモノも居る、人類でも魔族が苦しんでいれば助けたいと思うモノも居る、ただそれだけの気づきを、互いに浅い考えを持って生きているモノだと笑い合った。


 そこから進展するのは簡単だった、名前はなんだとかどこから来たのかとか、なぜ人間と共存しようと思い至ったのかとか、人ではないが彼という魔族が持つ価値観を知る、いい機会であったことに間違いは無い。

「それでエトワは本当にやるのか」

「やるって?」

「魔王退治だよ、本当に居るかもわからない存在を倒す為にこの先の人類の居場所はほぼ存在しない…エスクラベルテの先は言ってしまえば敵の巣窟に食われに行くようなものだ、魔物だって下手な魔族よりもずっと強いぞ」

 なぜそのような問をする必要があるのだろうか?エトワという存在には、彼が抱く疑問という言葉は理解できない問だった。

 成すべき目的があって、その目的に辿り着く為の道筋が用意されていて、自らの目標の到達点を知り極めているであろう唯一の存在が居て、その場所が何処かも地図にありがたく記されているというのに、それを道半ばで諦める通りがあるのだろうか?

「…?…告白されてる?」

「なんでそういう話になる!馬鹿か!」

「いやまるでエスクラベルテに残らないか?と言っているように聞こえたから」

 彼の横に立ち船の手すりへ身をよりだし、未だ視界から消え去ることは無い魔法都市行きの船を眺めながらエトワは彼に疑問を投げかける。

 一緒に居ようなんて話ではなく、エトワの身を案じているだけの会話だが、そういうモノを思考回路にすら至った事が未だかつてなかったエトワにとっては、意味の分からない質問だったことに違いはない。

「そうじゃなくてなぁ…なんだかなぁ。お前の目標は途中で命を潰えさせてでもやるべきことなのかっていう話?」

 エトワの目標、いつかの星空の下で見た矛盾の剣、一刀の刀剣で見せた世界が理解することを拒んだ極限の秘技、それを超えることこそがエトワという存在そのものの根幹だ。

 その為であれば命という薪を目標という炎の中にくべる事など、なんの一つも疑問はなかった。

 なぜならばそれはきっと魔族でありながら、人類との共存を望む彼らの生き様と何ら変わりない。

「ないね、それこそシャットたちが目指す……………シャット?……」

 目の前に語りあっていた彼の姿が見当たらず、太陽が雲に隠されまるで夜になったかのような大きな日陰に閉ざされる。

 振り返り様にシャットというケット・シー族の青年は姿を消した、ならば横に移動したのだろうかと体をゆっくりと海へと向ける。


 だが振りかえども、そこに彼は誰も居ない。

 そこには多数の自由に動く足をしならせる異形の怪物、つまり魔物だ。

 ふと口とも呼べる部分が波の隙間から見えた、どこか見覚えのある手足の毛皮、首にあてていた一枚の布切れ。

 そう決めつけることは早計かもしれない、だがしかし迷っている時間は存在しない。

「ひぃいいいい…クラーケンだ!」「まだ嵐の時期でも!冬の時期でもないのにどうして!」

「おい!私は貴様らに金を弾んだぞ!安全な航海を約束すると語っただろう!」「ですがこのような事態に前例が…」「魔族なんだから戦えるでしょ!アナタたちはその為にいるのではなくて!」「ですがこの枷があっては…」

 騒ぎたてる船員と乗客、誰も今いなくなった命の話しをしようとはしない。

 エトワの心臓はドクンと大きな音を鳴らす、緊張か?それとも苛立ちか?

 ここまで強大な魔物など見た事は無い、それに足が竦んでしまったのか?それとも初めてできた友と呼べるような存在が目の前で食われた怒りか?

 違う、違うのだ、エトワを構成する感情の中にそんなモノはない、死んだら死んで終わり、生き返らせる魔法などはない、故に死というのは不変的な生命の最後である。

 自らのやるべき事をやるしかない、嘆きや恐怖など、いまする事ではない。

 他の存在にとって善い事をする、それだけがエトワの持ちえる行動の指針であった。


「『魔法・顕現(マナ・ステーシオン) 瑠璃色刀』『魔法・生成(マナ・ジ・エレー) 穴凹の剣』……邪魔だ赤いイカ、今すぐ死ね」

 二刀の刀剣を顕現、そして生成する。これでエトワの魔力残量はほぼ空だ、改めてシエルという存在のありがたみをエトワは痛感しているコイツ相手に足場が無いのは骨が折れる。

「まぁあの距離でも一回くらいは援護をしてくれるだろ」

 助走を取る為に反対側の左舷の手すりギリギリまで距離を取る助走があれば何とか、あのエトワ曰く赤いイカというアイツのどこかには足が届くであろう。

「無茶だ!悪戯にクラーケンの気がこちらに向きでもしたら!」

「いいじゃないか、今時冒険者を名乗っている馬鹿者が自ら自分を餌として時間を稼いでくれるというんだ、気にせず行かせたらいい」

 慎重な魔族の船員と、生意気な人類の客。

 これではどちらが魔族かわからない、人類という客の事を第一に思い守ろうとしようとするあまりに、彼らの首枷は自分たちが守ろうとしている乗客がただ一人の冒険者を送り出す事に賛同し、あまつさえその本人が餌になり時間を稼いでもらおうなどと語る始末に、苛立ちを感じてしまったのか首枷からは熱が放たれる。

「グぁ…行ってはいけません…、私どもが皆さんを……」

「船員さん、こっちの事は気にしなくていいよ」

 エトワの瞳にはこの光景がどう映っているのだろうか?傲慢な態度を取る魔族のような人類と、慈愛すら感じる人類のような魔族。

 しょうじきどちらでもいいと思っているだろう、魔族も人も本質は大して変わりはしないのだと感心をしているのかもしれない。

「そこの小金持ち、アイツを打ち倒したら俺に報酬をくれ路銀が無くて困っているんだ」

「いいとも、倒せるモノなら幾らでも銀をくれてやる。無理だと思うがな…未だクラーケンに勝てた生物は居ないのだからね、ふっはっはっは。幾らでも命を賭けるといいさ」

「そう、ありがと…船員さんと乗客の人、ちゃんと今の発言覚えといてね」

 倒せる訳がない、餌になるのが関の山という高を括った苛立たしく性根が恐らく腐っているであろう商人の耳障りな声を意識的に遮断し、そして駆ける自らの可能性を信じきっと戦えると信じて、船から上へ十数m飛び跳ねる。

 迫る触腕を掻い潜っても8つの足が、近寄らせまいとこちらに何度も迫ってくる。

 上部から下部から左から右から、いなすので精一杯攻撃を受けるからこそ未だに空に居ることは叶っているが、叩き落とされでもすればそれも終わる。

 足場が欲しい、そう思った矢先の事だ。騎士が持つような装飾を施した大剣が足の二本に切り傷を入れながらエトワの足元へとやってくる。

 裂傷の見た目からある程度は速度を落としているとは言っても、剣は剣だタイミングを誤れば胴体と足がオサラバするか、あるいは海に落下するかもしれない。

「待ってた…そしてちゃんと来た、やっぱりシエルを仲間にしてよかった」

 彼女がこのタイミングでこの大剣にどういう動きをつけるか、目を瞑っていてもわかる。以心伝心なんてモノではない、仲間としてできる最大限の信用を彼女に向けている、ただその一言それに尽きる。

 深読みなどせずに彼女がこの場面で選ぶ、彼女が思う最善の選択を容易に想像できる。

 友であれば自分の事を分かっているからという驕りで自身のアレンジを加える可能性があるだろう、恋人であれば守りたいという感情や、傷ついて欲しくないという感情で守りに入るかもしれないだろう、家族であればそもそもエトワを戦わせないかもしれない、だけどエトワとシエルの関係性はただの目的が近しいだけの仲間だ、確実に余計な考えはないと信頼できる。

「……うん、これならきっと斬れる」

 エトワの中に微かにあった自分には斬れないかもしれないという懐疑の念は、真下に丁度よくやってきた大剣を踏みしめ刀剣を振り絞った段階で解決し、自分であればコイツを斬れるという確信に変わった。

 そうしてエトワは二刀を振りかぶり、空を裂くように大きく振り下ろす。


ここまで読んでいただきありがとうございました

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