第五節 どっちの船がお好みで?(下) 1
おはようございます
分断しました
女性と男性、どちらが肉体的に優れているかという話は個人差によるとしか言いようがないが、彼女が属するたった二人のPtでは間違いなく、男性であるエトワが肉体的に優れていて、シエルという存在は間違いなく裏方担当である事に疑いはないだろう。
「治癒魔法で内部損傷や外傷は治しきったと思うのだけれど、まだ歩けそうにないかしら?少し疲れてきたのだけれど…」
「うん…まだもう少しこのままで………あ、シエルの背中あったかい…」
「歩けるわよね⁉私だけ重労働すぎるじゃないこれ!」
シエル渾身の心から放つ言葉だった、少女を背中に抱えて、魔法によって青年を浮かせ続けること、それはまごう事なき本来であればエトワが行うべきことなのにも拘らず、全てを今は彼女がやっている。
「港ももう見えてきて、かれこれ二日も治癒魔法回しっぱなしなのにエトワは目が覚めないし、もうやってられないわよ」
「やっぱりエトワの体質の所為?」
「そうねやっぱり異常よ異常、魔法が効きにくい体質なんて生まれる時代か世界を間違えているとしか思えないじゃない」
魔法が効きにくい、戦闘職として考えるとメリットとデメリットが両立するが、それ以外の環境下に置いては、この世界に産まれてきたその事自体が間違いであるとも断言できてしまうのが、エトワという個人が持った先天的な性質だ。
攻撃魔法が下手なモノであれば、街を探れば何人も見つけられるだろう。
防御魔法が下手なモノであっても、街を探ればごまんと存在するだろう。
日常生活で使う魔法も下手というモノも、少ないが存在するだろう。
魔法を使うのが下手な種族は居る、それこそ魔法を殆ど使えないリザードマン族の様に、だがそれに人という種族は含まれていないし、言葉通りに魔法を使いにくいのであって魔法の効果を受け付けないという訳ではない。魔法が使えない種族であっても怪我をすれば治癒魔法で完治させることはできる。
エトワが顕現魔法と生成魔法しか使わないのも、この魔法の効力が効きづらいという場所に起因している。
存在する物を一時的レプリカとして手元に持ち出し終われば返還する顕現魔法、これは返還がミソとなっており、返還する事で使用した魔力がある程度は自らに返ってくるという事がエトワの様な存在にとっては重要になる。
生成魔法は文字通り魔力によって無から魔力を媒介に生成する魔法であり、こちら返還のしようがないので使った分の魔力は返ってくることが無い。
この二つの魔法は魔法を使える存在であれば誰だって使える魔法である。
魔法使いでなくとも獲物が邪魔な時に逆に収納する魔法、それだって冒険に出る者であれば誰も彼もがよく使う魔法だ、だがそれをエトワは出来ない。
顕現させる魔法にはエトワの魔力総量の6割を使用し、生成する魔法に至っても無駄をそぎ落とし情報量を簡潔にしたうえであのみすぼらしい穴凹の剣が、3割の魔力を使って出せる唯一の武器である。
「でもその代わりなんでしょ?あの身体能力は」
「どうなのかしらね?まぁ魔法を使うにも使われるにも効率の悪い肉体ならば身体能力は向上している、なんて等価交換聞いた事もないけれど…それなら最初に魔法が使えないで思いつくリザードマン族に適用されてないことそのものが変じゃない?」
「確かに…」
リザードマン族は魔法が使えない、というよりは魔力の扱いに秀でていない故に高度な魔法は扱えないという存在だ、故に魔力があっても肝心の魔力操作ができないからこそ狩られる側、つまりは人類サイドに居る訳だ。
魔力はあっても魔法が使えないリザードマン族に身体向上の話しなど、この世に出た事もないし誰も見た事がない。
そういう種族が居る中でエトワは単純に魔力を持っており魔力を扱う事もできる、ただそれを庇いきれない程の燃費が異常に悪くなぜか魔法のかかり難いそれだけなのである、故に魔法も普通に使える存在が、身体能力の向上が等価交換として存在するというのもおかしな話だ。
「もしかしてだけどさ、聞いてみてもいい?」
「いいわよ、たった一つの事以外なら答えてあげるわ」
「シエルはエトワの体質の原因に、見当がついているの?」
数秒の沈黙、一瞬で訪れた嵐の中に迷いこんだと疑うような突風に襲われるシエルとアンに気を逸らせばそのまま嵐に飲み込まれどこかへ飛んで行ってしまいそうなエトワ。
「…………………」
吹き荒れる嵐の様な中で少女は目を開く、けれど自らを背負っている彼女はくぐもった声で何かを呟き、ただ苛立ちを露わにしている様な表情をしていた。
その表情に背筋が凍る、まるで首枷をはめられ落ちてくる刃を待っているような命の危機を感じ取る。
「凄い風だったね」
そんな感覚は少女の勘違いだと思う為に、アンは今の状況に対する感想を述べた。
その感想にシエルは答えない、ただ少女を背負うのに丁度よい椅子として使っていた杖を少女の座面から抜き取り、少女を浮かして魔法を展開する。
余りの早技に少女は言葉を失い、それと同時に間に合いもしない防御魔法を身に纏う。
何か触れてはいけない事に触れてしまった、そう即座に思考が理解した、何故ならば空には既に自分を覆うように無数の剣が浮いており、それを落とすだけで気がしただけの感覚が実際に起こる。
「間に合わッ……」
命の危機だ、自ら持てる才覚を全て披露しなければ、死んでも死にきれない。
「邪魔よ、跪いて」
突如こちらに刃を向けて浮いていた剣たちは、全てが向きを変えこちらではないどこかへ途轍もない勢いで刃は向かう。
空について詳しくない存在でもきっとこの空はおかしいと思うだろう、突風が巻き起こり周辺の木々や葉を吸い込んで擬態しているのか、本来空に浮いている筈の無いモノ、それが10個以上は用意されている。
空を縄張りとする魔物の警告か、あるいは魔族による魔法の類かそれを自らの目の前に居る彼女は全て貫き通すと言わんばかりに騎士の様な大剣による飽和攻撃を行ってみせた。
「すご……、ミンチだ」
思わず言葉を失う、襲ってきたのは空を飛ぶ巨大な魔物だったらしい。
この大陸では竜種に出くわす機会は少ない、故にその心配はしていなかった。しかしここまで巨大な鳥の魔物が居るなんて思いもしてこなかった、大きな姿であっても空を自由に闊歩するその姿はどこまでも空の支配者が如く雄大であった。
「ごめんなさいね、いきなり襲われたモノだからアナタの扱いが雑になってしまって……なにを構えているのかしら?」
「てっきり答えたくない質問だったから殺されるのかと……」
「あっはっ…そんな事はしないわよ、私たちのことを信頼はして貰わなくてもいいけれど信用はして頂戴な、アナタを安全な場所まで運ぶと決めた以上それは変更し得ないわ」
「そっか……はぁ…怖かったー……」
「あらあら、腰が抜けちゃって。……そうねアナタの質問にも答えて無かったのだから答えましょうか」
コホンと目の前にいる薄ピンクの髪色をした彼女は口にする、この一言の為にドギマギしてなんてアホらしいと思ってしまう程の一言。
「それが唯一答えられない質問よ」
素っ気ない表情で、それが答えられない唯一として彼女は語ったのだった。
「そんな事よりも、さぁ行くわよフラリス海を超えた先にある、南方大陸そして世界最大の魔法都市ジマラ・グレーヌへ」
どこか彼女自身が行くことを楽しみにしていそうなシエルだった。
そのどこかハイテンションなシエルの姿を見て心から少女は安心する、別に逆鱗に触れた訳じゃなかったのかと、本当に心の奥底からやってきた安堵だった。
「?…アンは楽しみじゃないのかしら?人類最高の魔法都市、その船がもう目で見える距離まで早く行くしかないじゃない!」
「腰抜けちゃった…」
「あらら…」
シエルの出した圧に屈したのか、アンの足腰は自らの言う事をきかせることができない。
何ともこれからの旅行きを暗示させるような、幸先の悪い再出発だった。
「エッ⁉これじゃ魔法都市行きには足りないですって⁉…………ちょっと考えさせて」
「私はもう少しこの周辺で粘ってもいいと思うけど…」
「フフッお馬鹿ね」
自らが使った路銀の無駄遣いが祟ったというのに、上から話す彼女に普段はそのような事を抱きもしないアンでさえも、ゴミを見る様な瞳を向ける程には無性に腹が立つ言動だった。
「今の時期を逃してしまえば冬が来て嵐が頻発する、まず運航できない。そして嵐の海で待つのは怖い怖い魔物の巣窟…。冬が明けた後は運賃が信じられない程高くなるのよ、3ヶ月以上待ってすぐにでも南方に行きたいモノが集う当たり前よね………つまり」
指をアンに向けて、答えはわかるだろうと語り掛けるようにシエルは小悪魔の様な表情を向けている。
内心では乗れない事に焦っているのか、治癒は完了したはずだが起きることのないエトワがあっちへこっちへと振られているが、それから一度アンは目を離すことにした。
「ワタシハナニモミテナイ………今乗らないと一年待ちという事?」
「その通りちゃんと話が分かるじゃない…、という事で作戦会議をするわよ!」
そうして始まった唐突に始まった作戦会議だが、それでも刻一刻と船出の時間は迫っている、どうするかどうするのが正解なのか、安い方の船に乗り陸路である程度歩くことを選択するか。
それはダメだ、山小屋でも設置されていなければ、あるいは村に辿りつけなければデッドエンドで終わる、命を簡単に終わらせるには最も容易い行為だが、今はそれを望んでいる訳ではない。
改めて路銀をアンの掌に乗せて考える。
「どう数えても足りないわよね…、どうしたものかしら…」
「あっちの船の南方大陸行きでしょ?そっちじゃダメなの?」
「まぁ私はいいんだけれどエトワとアナタには受け入れがたい光景があの船、というよりもあの船を乗る存在が向かう場所にあるのよ、流石にそこへアナタを預けるつもりはないから……、でもそうよねそっちの船にのればいいんじゃない」
アンの掌に乗った少ない銀貨を除く銅貨を手に取ってシエルはもう一つ、出航を今かと待っている船員に話しをしに行き、すんなりと交渉は完了したのか浮遊させていたエトワを船員に投げつけ、るんるんとした足取りで彼女は戻ってきた。
「さぁ、行くわよ!人類最高の魔法都市ジマラ・グレーヌへ!」
「え?エトワは?」
少女の疑問など受け付けもせずに、きっと誰よりも魔法都市に行くことを楽しみにしているであろう彼女に手を取られ、なすがままに流されていく。
それこそこの目の前の港から広がる広大な海の様に、アンは逆らう術すら持たずに流されていき乗船の運賃的問題も解決され、そのまま広い大海原へいき東方へいくか西方に行くかの分岐点らしき場所でエトワの叫び声が聞こえてきた。
「やっぱり怒ってる、流石のエトワでも」
「いいのよ、やったもん勝ちなの、こんなことはね」
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