コンテンツシンドローム
さくっと読めるショートショートです。
寝る前、移動中、少しでも楽しんでもらえたら幸いです。
よろしければご感想をお聞かせください。
カーテンの隙間からオレンジ色の光が差す。
また夕方まで寝ていたのか…
これといってすることは決めていなかったが、なんだか憂鬱な気持ちになる。
とりあえずスマートフォンに手を伸ばす。
ロック画面に16時と表示されている。
時間がより鬱蒼とした気分にさせる。
「でもまぁ、仕方ないよなあ」
自分を肯定しつつ、くるまっていた毛布から抜け出す。
僕の1日の始まりはタバコに火をつけるところからだ。
夕方に起きてタバコをふかしていても、誰からも何も言われない。
最高の気分でもあり、寂しさもあった。
職場を休職してから半年が経とうとしていた。
しかし上司にいびられ、皆の前で大声で叱られ続けた僕の自尊心は地に落ちたままであった。
日はどんどん傾いていく。
メンタルクリニック以外では家を出る用事もないので、もっぱらの時間は映画鑑賞に費やしている。
タバコは良い。匂いが強いところが良い。そう簡単には染まらない、何か力強ささえ感じる。
スマホに手を伸ばしてネットニュースを見る。
『国民の80%人類アップデート完了』といった見出しが飛び込んでくる。
「なんだこれは」
人類の8割がやっていることだ。さすがにやった方がいいのかと思い、アップデートについて検索をかけてみる。
まとめサイトがヒットし、長ったらしい文章に目を通していく。
よくわからなかったが、今後の流行病に対して有効な体になることをアップデートと呼んでいるらしい。
「アップデートなんて、嫌な名前を付けるよな」
そうは思いながらも無料で受けられることもあり、明日の夜に受ける予約を済ましておいた。
翌日、まだ自分が社畜だった頃に乗っていた丸ノ内線を使って新宿まで出た。
久々の遠出だったので周りの視線が痛い、ような気がする。
たまらなくなりいつも見ているSNSや動画サイトを開いた。
気がつくと駅に着いていた。
スマートフォンの地図アプリを起動し、アップデート会場への道を表示させた。
アップデート会場までは徒歩5分程度だったが、人混みでイライラする。
(早く帰って、動画の続きが見たいな)
そんなことを考えながら人にぶつからないように足早に会場へと向かう。
会場に着くと3人ほどの白衣を着た人間がいて、予約の確認とともに簡単なアンケートを記入することになった。
アンケートに答えた後、専用のカプセルのようなものに入れられた。酸素カプセルのようなものだ。
時間にしておおよそ1分程度、そのままじっとしていた。
何か匂いがするわけでもなく、痛みを感じるわけでもなく、何度か光が体をつま先から頭からまで往復し、アップデートは完了となった。
(こんなに簡単に済むんだったら早くやっとくんだったなあ)
そんなことを考えなが会場を後にする。
東口の高架下でタバコを吸おうと思い、行ってみるとそこには仕事終わりのサラリーマンが数人いるだけだった。
(数ヶ月前に来た時はぎゅうぎゅうだったのに、世間の風当たりが強いからかな?)
大して気にもせず、ラッキーと思いながらタバコに火をつけた。
酷い味だった。
苦くて、だんだん気持ちが悪くなって、とてもではないが2吸目はするような気分になれなかった。
自分の家路につき、またタバコに手を伸ばした。
「やっぱ人がいるところで吸うより、落ち着いて吸った方が美味しいっしょ」
全く美味しくない。
換気扇の下、焦げ付いたコンロの汚れを見ていると、自分が社会の欠陥品なような気がしてきて心配で仕方がなくなった。
何かがおかしい、何かがおかしいが不安でたまらないのだ。
動画を見ていても何をしていても焦燥感に苛まれる。
(働きたい……)
不思議とそう思うようになっていた。
とある政府関係者の部屋で丸々と太り、偉そうに皮の椅子に腰をかけた男が言う。
「人類アップデート計画はうまく行っているようだな。
一昨年世間を騒がせたウイルスの影響もあってだろう。
国民のGDPも鰻登りで結構。」
痩せ細ったメガネの男が何度も頷きながらいう。
「ええ、まさにその通りでございます。
し、しかしながら少し問題がございまして…」
「なにがだね?」
太った男は不満げに手を組み、痩せた男を睨みつける。
「アップデートが切れて元の生活に戻る者もおりまして…」
すると安心したように太った男は笑い
「なあんだね、そんなことかね、また何度でも不安を煽ってアップデートさせちまえばいいだろう。
マスコミに金を払い、国民の何%が2回目終わってますなんて書かせれば大丈夫さ。」
細身の男はメガネを上げ
「それもそうですね!では早速各メディアに連絡しておきます」
というと嬉しそうに部屋を後にした。
太った男はタバコに火をつけると
「さあてゆっくり動画でも見るかな」
と煙を吐き、スマートフォンに手を伸ばした。
机に置かれた書類にはこう書かれていた。
”報告 人類アップデート計画には重大な欠点あり
アップデートをしたものはエンタメ要素を受け付けなくなる”
「何事にも副作用はあるもんよ」
顎についた脂肪を揺らしながら男は笑った。