9. 魔犬
目を覚ますと足元に重みを感じ視線を向ければ小さく丸くなったオスカルが小さな寝息を立てているのが見える。
部屋の温度は一定に保たれているが、寒くないだろうかと気になって起き上がると彼の瞼がパチリと開いた。
「…ラヴィニア様…?おはようございます。」
「おはよう、オスカル。ごめんなさい、起こしてしまったわね。」
「いいえ!目は覚めてたので大丈夫です。でも、ラヴィニア様には少し早すぎませんか…?」
「昨日は早く寝てしまったのよ。薄暗いけれど日も出てるみたいだし、朝の散歩に行きましょうか。」
「行きます!」
その言葉に飛び起きたオスカルは朝の準備をし始め、同じように済ませると首輪とリードを手に満面の笑みを浮かべている。
自らそれを付けて子犬の姿になるとくわえていたリードを渡してきた。
朝の散歩はいつもこのスタイルだ。
勝手に何処かに行ってしまったり、誰かに迷惑をかけたりしないため必要ないはずなのだが…。
どうしても飼い犬の散歩という形がいいらしい。
リードを手に城下町を目指すと早朝というのに既に活気があり、露店がいくつも並んでいる。
豊富な資源に恵まれた豊かな国というだけ食材が多くあれば必然的に調理方法の幅も広がるため、販売される種類も増えるようで海外でしか食べられないようなお菓子等もたくさん並んでいる。
見ているだけでも楽しいと歩き回っていると突然頭上に感じた影に視線を上げれば筋骨隆々な男性がニヤリと下品な笑みを浮かべながらこちらを見据えていた。
「…何か?」
「姉ちゃん、一人で寂しそうじゃねえか。俺と良い所行こうぜ。」
まさか自分がこんな漫画でしか見ないような台詞を言われるとは思っても見なかった。
「一人でありませんからお構いなく。」
「連れねえ態度も可愛いぜ?」
「オッサン、しつこいよ。消えろって言ってるの。」
「あ゛?俺様に向かってフザケたこと言いやがったやつ誰だ!?」
いきなり聞こえてきた声にあたりを見渡す彼だったが、目ぼしい声の主は見当たらなかったようで、良い逃げされたのかと舌打ちする。
「まぁいい。目的に逃げられたわけじゃねえしな。こっちに来い!」
「…痛っ。」
乱暴に掴まれた腕に痛みを感じ声を出すと身体を包み込むように辺りに黒い霧のようものが現れ、明らかに強い怒りを含んだ唸り声。
真横に現れたのは犬のマズルを連想する巨大な口元に大きく鋭い歯で、人間など丸呑みできる大きさだ。
「っお、お前どこから!?」
「俺は消えろって言ったよね。忠告を聞かなかった自分を恨みなよ。」
男の叫び声は丸呑みされたことで一瞬で消えていき、何事もなかったかのように静かになった。
周りにいる彼らにとって日常茶飯事なのか。
誰一人として悲鳴を上げることなく、買い物や商売を続けている。
「ラヴィニア様、大丈夫ですか?」
「え?」
「こっちの姿は初めてでしたっけ。」
「オスカル…なの?」
振り向いてみると背中に角を生やした巨大な犬が立っており、いつものようにマズルをドレスに擦り付けてきた。
少し声が太くなっているもののこの行動をするのはオスカルただ一人だ。
セシル殿下が言っていた魔犬という言葉を今やっと理解した気がする。
オスカルの態度故、怖いという感情はないがさっき人を丸呑みにしていたよね…。
魔獣の住む国であるここは皆、凶暴な側面を持っているようだ。
気をつけないと。
そう思いながら撫でてくれという態度を示す彼の毛を優しく撫でるのだった。