6. 城と屋敷
心地よい風に誘われるように目を覚ますと、空気の入れ替えのためにペトロネアが窓を少し開けたところで、久しぶりの快眠に身体が軽くなったのを実感しながら起き上がればこちらに気付いたようだ。
「おはようございます。ラヴィニア様。」
「おはようございます。」
「お加減はいかがですか?体調が優れない等のご不調は?」
「大丈夫ですよ。今日はとても身体が軽いので驚いたくらいです。」
「ご無理だけはお控えくださいね。殿下が暴走してしまいますので。」
「暴走…ですか?」
「聞き捨てならないな。一度も暴走なんてしたことはないのに。」
ノックしてから入るつもりだったが、要らぬ情報をラヴィニアに吹き込まれては困ると現れたセシルは楽し気に笑みを浮かべている。
「おはよう、ラヴィニア。」
「セシル殿下、おはようございます。このような姿で申し訳ありません。」
「僕がいきなり入ったんだ。気にする必要は全くないよ。それより、気分はどうかな?顔色はあまり変わらないね。朝食を済ませてから君の屋敷に向かうつもりだったけど、もう少し時間をあけようか。」
「いえ、大丈夫です。」
即答した彼女に苦笑しながら朝食をベッドテーブルに乗せるペトロネアを横目にソファーに腰掛ける。
野菜とハムや卵のサンドウィッチとカットフルーツ。
それに温かい紅茶の入ったティーカップが並べられていた。
小さく食事の挨拶を済ませ、食べ始めた彼女は昨日のように躊躇することはないようで安心する。
30分程すると食べ終えたようで彼女のご馳走様でしたという言葉を聞いてからペトロネアが一式を下げていった
「美味しかったかな。」
「はい。お城でいただいたものは全て美味しいので感動してしまいました。」
「それは嬉しいな。本当はパンケーキがおすすめなんだけどね。それは次回にしよう。着替えが済んだらペトロネアと一緒にエントランスに来てくれるかな。馬車を準備しておくからね。」
「わかりました。ありがとうございます。」
お礼を言うと彼は笑みを浮かべながら部屋を後にしていく。
それを見計らったようにペトロネアが戻ってきた。
黄色のロングスリーブベルラインドレスを準備してきたようで、宝石が散りばめられているようでキラキラと光り輝いている。
「春らしくこちらのドレスはいかがでしょうか。」
「それは…?」
「殿下がラヴィニア様に着ていただきたいと準備されたものです。お気に召さないようなら他のドレスもございますので。」
「ち、違います!こんな高価なものを私が着ても良いのかと思いまして…。」
「ふふふ。先ほど申した通りラヴィニア様だけに殿下が準備されていますから、着ていただけなければ破棄されてしまいます。」
「そう、ですか。」
「ええ。ではお召替えさせていただきますね。」
彼女はにっこりと笑みを浮かべながら慣れた動作でドレスを着つけていく。
昨日の時点でペトロネアの優秀さは理解したつもりだったが、王族に仕えるメイドは皆こうなのだろうか。
オレンジ系統で纏められたアイシャドウと赤茶色のアイライン。
春らしく薄めの化粧はとても綺麗でラヴィニアが容姿端麗なこともあるが、彼女の腕によるものが大きいだろう。
そんなことを考えていると準備が終わったようで扉へと促された。
「ペトロネアさん、ありがとうございました。」
「いえ、ラヴィニア様のお手伝いが出来るのをとても光栄に思っております。」
そう言った彼女の後ろを付いていけば、エントランスに辿り着いたようでセシルが満面の笑みを浮かべたままこちらに視線を向けているのが見える。
「セシル殿下。口元が緩んでいますよ。」
「僕が用意したドレスを着せてくれたんだろう?ラヴィニア、とても似合っているよ。」
「ドレスをありがとうございます。気を使っていただいたみたいで…。」
「気を使ったんじゃないよ。僕が着て欲しいって思ったから準備したんだよ。着てくれてありがとう。」
嘘偽りのないその言葉に顔に熱が集まっていくのを感じる。
思わず視線を逸らすと彼は満足げな表情のままこちらへと近付いてきた。
「さぁ行こうか。君が心配している人もきっと待っているよ。」
馬車に促され、コーチへと乗り込めばすぐに出発したようで動き出したようだ。
来たときと同じように視線を外に向けていると目の前から視線を感じ中へと戻せば、満面の笑みが見える。
「どうかされましたか?」
「君の横顔に見惚れてた。」
「殿下、ラヴィニア様が困ってしまいますよ。」
「パトリックも見惚れていただろう。」
「殿下のように鼻の下を伸ばしたりはしていません。」
「そういう問題?」
「あからさまな態度は紳士として恥ずかしいですからね。」
「君、僕が王子ってこと忘れてないかな。」
「まさか、殿下のように脳筋ではありません。」
「さり気なくディスるのやめてくれない?」
「ふふ。あ…ごめんなさい。セシル殿下とパトリックさんはとても親しい間柄なのですね。」
「そうだね。幼い頃からずっと一緒に育ってきたから家族同然だよ。」
先程まで毒舌だったパトリックもセシルのこの言葉を否定することがないところを見ると身分差があるとはいえ、互いにその認識なのかもしれない。
そんなことを考えながら見え始めた屋敷に大きなため息を溢すのだった。