5. 睡眠と余命
あれから美味しい料理に舌鼓を打ち、デザートまで食べたラヴィニアは久々に感じた満腹感に大満足だったようで控えめながらも口元にふんわりと笑みが浮かべられている。
「ご馳走様でした。」
「いえいえ。さっきも話したけど、今日は城に泊まってもらうよ。明日の朝、君が心配する彼に会いに行こう。」
「…殿下のご迷惑になりませんか?」
「心配いらないよ。君さえよければずっとここに居てくれてもいいよ。」
「何故、初対面の私に優しくしてくださるのでしょう?」
「…何故かな。」
「ふふ。」
「?」
「ごめんなさい。色々してくださるのに理由がないのが不思議で。セシル殿下はとてもお優しい方なのですね。」
「優しくはないよ。君が知らないだけ。」
「存じ上げないだけかもしれませんが、私にとって優しくしてくださった今が全てですから。」
「そう…。」
「?」
「何でもないよ。ペトロネア、客室に案内してあげて。明日の朝、部屋まで迎えに行くからね。」
「はい。お休みなさいませ。」
彼女は丁寧にお辞儀をしてからペトロネアに続いて移動して行った。
扉が閉まったのを見届けたのと同時に机に肘をついて顔を押さえながら大きなため息を溢す。
「セシル殿下、お顔が真っ赤ですよ。」
「…煩い。」
「珍しい光景だったのでつい。」
「パトリックに馬鹿にされるとかすごく腹立つ。」
「馬鹿にするなど滅相もありません。ただ面白っ…。」
「笑いを堪えながら言っても何の説得力もないけど。はぁ、どうやってキャンベルから奪おうかな。いっそのこと攻め込むとか。」
「一番簡単な方法ですが、それでは野蛮人と思われて嫌われる可能性もありますよ。」
「そうだよね。でも、僕としては1秒たりともあの屋敷に彼女を置きたくないし。どうしよう。」
机に上半身を預け頭を悩ませているとノック音が聞こえてきた。
ペトロネアが戻ってきたようで、ラヴィニアに向けられた笑みは取り払われ、無表情のままパトリックの少し後ろに収まっている。
「彼女はどう?もう眠ったの?」
「お疲れだったのかすぐにお休みになられましたよ。ベッドの寝心地に感動されていたので、やはりあそこで生活されていたのでしょう。」
「本当、目に余るなぁ。」
「それと…。」
「まだ何かあるの。」
「顔色が優れませんのでお医者様に診ていただいたのですが、あまり良い状態ではないそうです。」
「…どういうこと?」
「生まれつき心臓が弱く、今の状態ではいつ心不全を起こすかわからないそうです。」
彼女のその言葉に先ほどまでの姿勢を正した彼は怖いくらい冷たい表情を浮かべ、ラヴィニアの眠る客室へと向かって行った。
音を立てないように扉を開ければ、白銀の長い髪をベッドに散らしながらすうすうと小さな寝息を立てる彼女が見え、自然と口元に笑みを浮かべる。
結婚式で見た彼女は絶望をその瞳に映し、それでも気丈に振る舞う姿は印象的だったが、今のように興味を持つ存在ではなかった。
それなのに、夜会で見たラヴィニアは同一人物とは思えないほど纏う雰囲気が違って見えたのだ。
だからこそ、初対面の様に名前を聞くに至った。
「…薬で治癒することはないの。」
「栄養価の高いお食事と心労を取り除いた上で適切なお薬を服用すれば改善する可能性はありますが、このままでは半年の命かと。」
「半年…。」
「殿下、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。ただ、母上と兄上が病気で亡くなった時に思ったんだ。僕が大切にしているとすぐに居なくなってしまうんじゃないかってね。」
寂しげな表情を見せながらベッドの脇に腰かけ、ラヴィニアの頬をそっと撫でれば指先からじんわりと熱を感じ、ちゃんと生きていると実感する。
もう二度と大切な人を失いたくないからこそ特別を作ることを避け続けていた彼にとって、ラヴィニアは否応なしに自分の心に入ってきた初めての存在。
そんな彼女を守るためなら、王子としての理性などすぐに外れてしまうだろう。
そんなことを考えながら彼女の寝顔を眺めるのだった。