いきなり皇太子に憑依してしまった俺はどうしたらいい?~断罪シーンのタイミングで憑依するなんてそりゃないだろっ!!~
俺は今、窮地に立たされている。
「これまで、エバンス男爵令嬢にしてきた悪事。どうお考えですか」
大きなシャンデリアに、宝石やドレスで着飾る者達。この煌びやかな広い会場に、何故か見覚えがあった。
……姉ちゃんがドハマりしていた乙女ゲームに。ウチの大きなテレビに映されていたら、そりゃ覚える。
しかも、酒が入ればおしゃべりになる姉ちゃんに何回も何回も聞かされてタコが出来るほどだった。さすがに俺は男だからゲームをやれとは言ってこなかったけどさ。
こちらに視線を向ける者達は、ドレスや紳士服を着る者達の他に、この学園の制服を着た若者達もいる。大人と学生達を混ぜたパーティーという事は……これは学園卒業パーティーだ。
まぁ、そうだな……乙女ゲームに入り込んだところまではまぁ理解出来る。だが、これだけは説明を所望したい。学園の制服に……皇太子だけが付ける、青のサッシュが自分の肩から腰にかけてあることを。
……このタイミングで、俺はこのキャラクターに乗り移ったと?
「殿下」
俺を殿下と呼ばないでくれ、まだ現実を受け入れられていないんだ……あぁ、二日酔いの時の頭痛以上に頭が痛い……
このゲームは、よくある乙女ゲームと少し違う。最近はヒロインが学園に入学し王子様達と過ごしいろんなルートをたどって幸せになっていくものではあるが……このゲームは、ヒロインが皇太子の婚約者。
もうすでに婚約はしているが、どの攻略者ルートを辿っても皇太子が言い渡す婚約破棄を経る事になる。
姉ちゃんが無能皇子と罵った、この国の皇太子。随分な言い様だな、とも思ったが……皇太子の身の振る舞いに流石に俺も腹が立ってしまった。だというのに、その皇太子に俺は……憑依?
これは……流石にやりすぎでは?
確か、皇太子は今前に立つエレノア・テイラー公爵令嬢の婚約者。学園の卒業パーティーでは、皇太子はテイラー公爵令嬢との婚約を破棄し、この隣にいる、ポピー・エバンズ男爵令嬢を次の婚約者にした。
……その真っ最中、という事でよろしいか。
俺は、遠い目をしてしまいそうになった。この先に待つものを思い出せば……最悪だな。職場の口うるさい上司のネチネチ文句を永遠と聞かされる方がだいぶマシだ。
だが、なってしまったものは仕方ないな、そう、仕方ない……仕方ないんだ、これは。
……さて、どうしたものか。これから始まるのは、元婚約者であるテイラー嬢による皇太子達のざまぁと運命の相手からの救済、そして幸せな未来。
とはいえ、俺も素直にざまぁをされるつもりはない。これから破滅の道に進む事は分かりきっているのだから……一抜けさせてもらう。
姉ちゃんの話では、この断罪パーティー後、皇太子は馬鹿皇太子の称号をいただき、次期皇帝を約束される皇太子の座を降ろされ、第二皇子が後継者になる。
確か、その第二皇子も攻略対象に入っていたか。この婚約破棄が言い渡されてすぐに、誰が出てくるかでこのルートがどれなのかが分かる事になる。さて、一体誰のルートだろうか。そこが気になるな。
次期皇帝の秘書となる事が決まっていた侯爵家子息のレオ君は、テイラー公爵令嬢のこれまでの悪事をつらつらと述べているが……どれもこれも呆れてしまう。男爵令嬢への暴言の数々に、そして届くはずの招待状が届かず、そして私物が無くなったり壊されたり。
全て、俺が憑依した皇太子の記憶の通りだ。だが……俺は、姉ちゃんの話をちゃんと覚えている。
「以上の事から、テイラー公爵令嬢には皇太子殿下の婚約者にふさわしくないとみなし、婚約破……」
「そういえば、エバンズ嬢」
俺のその言葉に、周り全員が目を見張った。
それもそうだ、レオ君の言葉を遮り、更には『エバンズ嬢』と彼女を呼んだ。これまで、彼女に対して皇太子は『ポピー』と、名前で呼んでいた。それを今俺は他人行儀にファミリーネームで呼んだのだ。
「今回の学園卒業試験、君は何位だったか」
「で、殿下……?」
俺のその言動に困惑しているように焦りを見せてくる。彼女も、周りにいる皇太子の連れも。
「に、237位、です」
「そうか、あぁそうだったな。600人いる中で237位。まぁ少し上の方か」
彼女はいつも皇太子達のグループに来ていた。そして、テストが待っていればその前に皇太子達が手取り足取り教えた。いつも主席である皇太子はもちろん、周りの者達も優秀で一桁、二桁の順位を取るくらいだ。
だから、彼女も順位を上の方に維持出来ていた。
「俺はこれから学園を卒業し、本格的に皇太子として政治に関わる事になる。それと同時に、婚約者も皇太子妃となり毎日宮廷にて役目を務める事になる。だが、令嬢は妃教育すら受けていない。であれば、短期間で全て身に付ける事になるが……出来るか?」
「えっ……」
皇太子がこんな事を言うはずがないと思っていたらしい。エバンズ嬢は顔をひきつらせた。周りも、困惑しているように見える。
「皇太子妃になるという事は、将来皇妃になるという事。皇妃とは、皇帝を支え国民に手を差し伸べる存在だ。完璧な皇妃でないと、その使命を果たす事は出来ない」
「が、頑張ります! 殿下の為なら、私は……」
……殿下の為なら、ね。それは、勢いで言ってしまっていい事ではないと思うが。
「そこまで意気込んでくれるのか。だが……ーーテイラー公爵令嬢」
俺は、彼女の名を呼び視線をそちらに向けた。
彼女も、俺の振る舞いに驚いているような顔を少し見せた。だが、すぐにその表情を隠した。流石、長年皇妃としての教育を受けただけあるな。
「はい、殿下」
「令嬢は、確か学年2位だったかな」
「はい、さようでございます」
「妃教育は、6歳からだったか。10年以上受けてきたという事になるな」
6歳から10年以上、国の未来のためにその時間を捧げてきた。普通の女の子であれば、他の女の子達と楽しく遊んでいる事だろう。だが、家同士の決まりでその時間を与えてもらえなかった。
時期皇妃として、小さい頃からその役目を全うしてきた。そして今、自分が積み重ねてきたものが捨てられその場を奪われそうになっている今の状況であっても、そうして婚約者の仮面を崩すことなく堂々とその場に、一人で立っている。
実に、立派なご令嬢だ。……隣にいるご令嬢よりも、な。
「そんなテイラー嬢よりも自分の方が皇妃にふさわしいと思うか?」
「っ……」
「少なくとも、婚約者がいる男にいつまでもくっついて回るところからして、貴族としての教育がなっていないようだがな」
彼女は、婚約者のいる皇太子は勿論、俺が連れて回っていた高位貴族の子息達とも長い時間交流していた。さぞかし、相手側の婚約者達は不安がった事だろう。
それを言われた彼女は、実に悔しそうだ。滑稽滑稽。
「でっですがっ!! 私と違ってエレノアさんは悪質な行動をする方です!!」
「そうか、悪質か。確かに、同年代の貴族令嬢にいじめなどをするのであればいただけないな」
「ほらっ!」
「だが、それは確かな証拠があっての話だ」
俺は、次にレオ君の方に目を向けた。だが、今までの悪事を調べ上げた彼は黙り込んだ。それは何故? 彼は分かっているのではないだろうか。まだちゃんと調べが出来ていないが、エバンズ嬢が皇太子にどうしてもとお願いし今日婚約破棄をする事となったのだから。
だから、それを言われてしまえば黙るしかなくなってしまう。
「テイラー公爵令嬢、弁解の余地はあるか」
「えっ……」
「自分の意見をはっきりと告げる事はとても大切な事だ。君も、それはよく分かってると思うんだが」
彼女は、目を見張った。
これまで、皇太子は彼女に何を言われても拒否し、更には聞く耳を持たずにいた。そんな皇太子の態度に彼女は呆れていたが、自分は皇太子の婚約者だからと身を引いていた。我慢をし、いつでも国の為だと自分に言い聞かせてきた。
それが今、皇太子が自分に目を向け、そして自分の意見を聞いている。
彼女にとって、それはどう見えたのかは分からない。けれど……彼女の姿は、表情は、この国の皇妃にふさわしいと思えるくらい堂々としているように見えた。
「殿下……はい。私、エレノア・テイラーは、デイバー侯爵子息が先程おっしゃった事は一つもしておりません。我が名にかけて、誓います」
「だ、そうだぞ」
周りは、そのはっきりとしたその一言でより一層騒めき出す。きっと、その中には真実を知る者達もいるだろう。それも、複数。言いたくても言えなかった、そういう者達だろう。
「う、嘘よっ!! あ、あれはほんとの事ですもの!! 殿下、私の事、信じてくださいますよね!!」
エバンズ嬢は、これまで以上に焦りを見せ、がっしりと俺の腕を掴んでくる。これでは、何か後ろめたい事があると丸見えだ。
「ならここで、その場での事を事細かに証言してみるといい。そうだな、数日前のお茶会の事でいいぞ」
「っ……」
数日前のお茶会。学園卒業試験が終わり、卒業生は残りの時間をお茶会などを開いて過ごす。そして、俺が言ったそのお茶会はテイラー嬢が主催者となって開いたもの。
泣いて帰ってきた彼女から、そのお茶会に行くと周りの者達にいくつもの罵声をかけられたと聞いた。馬鹿にされて、参加していなかった皇太子達の所に飛び込んできたが、それは全て偽りであり、逆だった。罵声を浴びせたのは、エバンズ嬢の方だった。
この場で、本当の事が言えるだろうか。お茶会で参加している人物達は、そんな事は言ってもいないのだから。しかも、この人数。学園生徒全員、更にはその両親達がここに集まっている。
当然、彼女は黙り込むしか出来ない。
「これでは少なくとも未来の皇妃は務まらないだろう」
「でっ、ですがっ」
ゲームでは、彼女は卒業後皇太子と結婚し皇太子妃となる。だが、彼女は周りの奴らを振り回し、皇太子にとことん負担をかけ自分は訳も分からずサインのみ。このありさまを見た皇帝陛下は、宮廷にテイラー嬢を呼び戻し、エバンズ嬢の代わりを任せる事になる。
勝手に婚約破棄をし、男爵令嬢という階級が一番下の令嬢を勝手に娶った。それだけでも皇帝陛下の機嫌を損ねてしまっているのに、更にはこんなことまで。徐々に皇太子の肩身も狭くなっていく。
その後起きてしまう男爵家の不祥事。もう皇太子の面目も丸潰れとなる。
さすがにそれはごめんだな。
本来であれば、テイラー嬢はこれから違う者と明るい未来を築く事になる。だから婚約破棄を阻止してしまい少し申し訳なかったが、強かな彼女であれば大丈夫だろう。
「という事で、エレノア・テイラー令嬢、これからも頼むぞ」
「はい……!」
「でっ殿下っ!!」
周りが盛大な拍手を送る中、隣の男爵令嬢は騒ぎ出す。周りのレオ君達は黙り込んで静かだ。まぁ、そうだろうな。
「あぁそうだ、エバンズ嬢。あとで君の父上、エバンズ男爵に伝えておいてくれ。近い内に、監査官を送るからよろしく頼む、と」
「え……監査官……?」
あぁ、令嬢は知らないのか。まぁ当然か。
エバンズ男爵家は商人として成り立っている。そして、彼女が結婚し皇太子妃となった後にエバンズ男爵が密輸売買をしていた事が明らかになった。密輸売買のみでも罰になるが、皇太子が皇太子の座を降りざるを得ないくらいの重罪を冒していた。
理由は、密輸売買をしていた品物にある。それはーー奴隷。
奴隷売買はこの国では禁止されている。その罪は、密輸売買以上の重罪である。ゲームでは、エバンズ嬢を含むエバンズ男爵家は仲良く牢屋入りとなった。
「さてと、騒がしくしてしまって悪かったな。これは我々卒業生の為のパーティーだ、まだ始まったばかりだから皆楽しんでくれ」
エバンズ嬢は、早く帰った方がいいぞ。そう言い残し、婚約者であるテイラー嬢の元へ進んだ。そして、彼女の前に立ち手を差し出す。
「……殿下」
「さ、踊って頂けますか、俺の婚約者殿」
今日のパーティーはダンスパーティー。この場では、最初に踊るファーストダンスはこの会場内で一番立場が上の者達が務める。この中でファーストダンスにふさわしい者達は……皇太子と婚約者。つまり俺とテイラー嬢。
ダンスなんて生まれてこの方一度も踊った事がないが、性格は悪くとも皇太子は優秀な皇族。それに、身体が覚えている事だろう。あとは、気持ちの問題だろうな。
「……殿下とファーストダンスを務められる事、これまで以上に光栄にございます」
だが、少し気になった。そう答えつつ俺の手を取る彼女の表情は、皇太子の記憶の中のどこにもなかった。ダンスホールの中心に立ち、ダンスが始まってからも彼女の表情は新鮮そのものだ。
そもそも、彼女の笑顔を見つけること自体が難しかったんだ。いつでも、皇妃の仮面である微笑を周りに向けていた。
とはいえ、まるで心から笑っているように見えるこの笑顔には、一体どんな意味が込められているのだろうか。
だが、俺にとってそれは関係のない事だ。これからどうしようかはこれから考えるつもりではあるが、彼女の幸せももちろん重要な案件ではある。これからの事を考えれば、ここは婚約を破棄してあげた方が彼女にとっても良い事ではないだろうか。
不可抗力ではあるが、今回こんな騒ぎを起こしてしまった。となれば静かにしていた方がいいとは思うが……そもそも、俺は皇帝になどなるつもりは毛頭ない。
となれば、どうしたものか。
その後、ファーストダンスを踊り終え、彼女を違う相手に託し自分は会場を離れようと思っていた。だが、会場を出る辺りで留められた。彼女本人に。
「殿下……ありがとうございました」
「……」
頬を赤く染めた彼女は、やはりいつもと違う笑みを見せてきた。
「私に、機会を与えて下さって」
「それは、礼を言われるようなことではないだろう。婚約者として当たり前の事ではないか?」
「……」
さ、今日は友人達と楽しめ。そう言って向かわせてやろうとしたが……彼女は足を止めたまま。
「……私は、気付けませんでした。エバンズ男爵での件を。殿下は、ずいぶん前から気付いていらっしゃったのですよね?」
エバンズ男爵での件、というのは……俺が先ほどエバンズ嬢に監査官を向かわせると言った事だろうな。
「殿下がエバンズ嬢に近づいたのは、情報を集める為ではありませんか? ですが私は、役目も忘れ、先ほど彼女に……嫉妬をしてしまいました。これから皇太子妃となるのに、これでは殿下をお支え出来ません」
……嫉妬?
今、彼女は嫉妬と言ったか? こんな、頭がおかしい皇太子だというのに、嫉妬と言ったか?
「ですから、これからはより一層婚約者としての務めを果たしてみせます」
「え、ちょ……」
「私は、幸せ者です。こんな素晴らしい方の婚約者になれて、結婚してくださるのですから。……これまで、沢山の方にお褒めの言葉を頂きましたが、つい先程の殿下のお言葉が、とても、とても嬉しく思えました。ありがとうございました……!」
「……」
そこまで褒めてくれるのは、嬉しい事ではある。そう、嬉しい事では、ある。だが……色々と、そう、色々と、申し訳なさがあるな……
これは誤解がありすぎる。先ほどの事は、俺がこのゲームの事を知ってただけの事であり、申し訳ないが自分の為であってテイラー嬢の為にとは思っていなかった。
更には、この皇太子は先ほど俺が言った事は微塵も思っていなかった。素晴らしくも何ともない、ただの馬鹿だ。
だが、おかしい。違和感がある。テイラー嬢って、こんな性格だっただろうか。どんな時でも冷静で、落ち着きを持ち気持ちを顔に出さぬよう常に努めていた。そして、皇妃としての仮面、あの微笑を常に表情に張り付けていた。
それが今、そんなものは全く見当たらない。まるで、年頃の乙女だ。
「そ、それで、殿下……あ、明日、お時間頂けないでしょうか」
「……あ、明日?」
むしろ、こちらまで心配になってくる。両手の人差し指をちょんちょんとつついては頬を赤く染め恥ずかしがっているかのように見せてくる姿に、疑ってしまいそうになるのだが。目の前にいる彼女は、本当にテイラー嬢なのか?
「お茶を、一緒に頂きたいのですが……」
「……」
お茶、か。お茶を約束するのに、そこまで恥ずかしがるのか。
「もっ申し訳ありません! お忙しいのに、私ったら……」
彼女は、浮かれてしまって申し訳ありません、と明らかにしょぼんとしている。こんな姿は、果たしてあのゲームに描かれていたのだろうか。全部は見ていないから、俺では全く分からない。もしや、運命の相手の前では、こんな姿を見せるのか?
だが、今の俺は彼女の婚約者。更には、結婚を目前に控えた、婚約者。こんな貴族が集まる場で、断ってしまえば今までの皇太子と同じことになってしまうのではないだろうか。
「あ、まぁ、時間空けておきます、ので」
「本当ですか!」
つい、敬語になってしまった。だが、それだというのに疑いもせずここまで喜ばれてしまうと……正直困る。周りに花まで沢山咲いてるのだから、ギャップが激しすぎて付いていけない。
……どうしたものか。
かくして、俺の皇太子ライフが幕を開けた。不安ありありの、勘違いされまくりなセカンドライフ(?)が。
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