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エピローグ

 俺とハルは中央区下層、“白夜の帳”のグランディヌル宮殿へと赴いていた。俺達が腰掛ける椅子の隣には両開きの扉がある。その中では、王室の定例会議が執り行われている最中だ。

 思えばあの夜から随分経つ。暗殺者シークから逃れて一気にこの王宮へ駆け込んだあの夜だ。モココの研究所では、それから数日かけて俺の器がすっからかんであることが証明された。程なくして俺達の行動制限は解けて自由を許されたのだった。

 その後ロアとセイカとも再会を果たして、王都での生活がスタートした……のだが……それからも騒動続きだったな……はぁ。まあその話はまた今度だ。今は目の前のことに集中すべきなのである。

 名前を呼ばれた俺は重たい腰を上げて、扉の中へ足を踏み入れた。手には製本されたばかりの分厚い本を抱えている。これが今回の取引を左右するキーアイテムである。



「――この書に記されているのは、七十八億人が暮らす地球で、実際に形となっているアイデアです」


 開幕のハルの丁寧な挨拶からバトンタッチされた俺は意気揚々と話し始めた。中々の重量のある本を片手で高く掲げながら――手はプルプル震えたが、ここは格好を付けさせてくれ。


「ハルをはじめ、様々な専門家の皆さんと相談し合って編纂を進めて参りました。わかりやすいよう挿絵や図を多めに用意しています」


 俺は例として自動車のエンジンの断面を記した図のページを開いた。朧気に覚えていた四サイクルエンジンの構造図である。それを王室のそうそうたる面々が興味津々に目を細めて遠くから見ようと試みている。


「他にも地球の歴史、政治――特に民主主義や社会主義など近代国家の政治体制、医学に使われる技術や知識、身の回りの便利な道具、経済、環境問題、基礎的な物理学や娯楽に関して等……様々な分野のアイデアを系統立てて紹介しています」


 正面の一番奥の席に座るのはこの国の王であり、ハルの養父でもあるグドブ=ミラシェタル国王である。口髭がよく似合う、たれ目で優しそうな王様だ。その隣にはこの場を作るのに一役買ってくれたお后様が、他人事のようにすまして座している。

 そこを基準に、机が円を描くように並べられていた。日本でもよくある会議のスタイルだ。それぞれの机には王室を構成する組織のトップが、数名の部下を連れて文書を広げている。


「専門書ではなく、あくまで概略を網羅することに重きを置いた書です。ご要望がありますれば、個別に質問にお答えする用意もございます」


「大変に有益な」


「――有益な書だと言うことはわかりました。然るにその書、おいそれとこちらに渡していただくことは叶わぬのでしょうね?」


 お后様に台詞を奪われた国王様は、気まずそうに口髭を撫でた。少々急ぎ足ではないですか?お后様。


「魔大陸――近年ゾルギラーゼ帝国が貴重な資源と新たな土地の獲得を目的に、進出を進めている新大陸。そこへハルと共に赴くことをお許し頂きたい」


 実を言うとこの場にいる過半数には、既に根回しが済んでいる。にもかかわらず、ここで熱弁を振るっているのは、二人の要警戒人物と遺恨を残さないようにするためである。

 一人は“常夜の帳”に本部を構える魔法院のトップ、ヤルザスト=ニーアン氏。魔法院とは魔法学、医療、学問、宗教を束ねる組織である。モココの研究所もこの魔法院の下部組織だったりする。

 遺恨を残す可能性の原因は、俺の手にしている本にある。この本は地球のことを紹介する書であるが故に、魔法のことは一切書かれていない……ばかりか、魔法を前提としない医療、開かれた学問、政教分離や進化論と、魔法院の権威を脅かすネタのオンパレードなのだ。そもそも落とし子である俺の存在自体が彼等にとっては目の上の瘤に違いない。そういう訳で、ヤルザスト院長の()()()()をこの場で確認しておきたいのである。

 そしてもう一人が、今し方静かに挙手をして発言権を得た参謀室長ゲレックである。参謀室とは他でもない、俺とハルの暗殺命令を出した機関である。テロや組織犯罪、諸外国からの侵略から国民を守るため、国内外の諜報・工作から軍の作戦の立案、軍と各省・襲派との橋渡し、時には各襲派の政策にまで口を出す王室の裏方である。


「私は反対だ――」


 やっぱりそうだろうな……。予想通り――というか、お后様の言う通りだ。


「……理由は様々だが率直に言えば、帝国を刺激したくないというのに尽きる。連国経済圏の成立に向けて、やっと各国が交渉の席に着こうと重い腰を上げたこのタイミングだ。ただの魔道士ならいざ知らず、落とし子を二人も送り出したとあっては、宣戦布告と捉えられても文句は言えない。外務省との連携の上で進めてきた交渉が、水泡に帰すのは惜しい」


 すかさず片手を挙げた男がいた。相変わらず“物語の黒幕”のオーラを醸し出しているオグナバス団長だ。


「それについては現在私の兵団が主体となって、魔大陸への魔道士使節団を編成中だ。その中に混ざってしまえば、正体が露見する心配は少なくなるが……どうだね?」


 オグナバス団長は俺達に向けて、参謀室長ゲレックに見えないようにウインクをした――美声を発しながら。俺は呆れながらもハルに視線を送った。ハルはコクリと頷くと懐から封筒を取り出した。


「オグナバス団長、折角のお誘いですが遠慮させて頂きます。そしてこの辞職届を提出致します。私はグランディオル連襲王国の騎士としてではなく、一個人ハルとして魔大陸へ渡ります」


「ふふ……そういう所はウォッズに影響を受けたのかな?」


「まさか自分から魔道士の職を辞するというのか?そんなこと、可能なのですか?オグナバス団長」


「国王の許可がありますれば……」


「……話しの続きを伺おうか?」


 一同の視線が集中した国王様は少しお后様を見やった後、そう声に出した。


「ありがとうございます……私達は国を出たら出自を伏せて過ごします。万が一バレてしまったとしても、そこには手前勝手に国を捨てた愚か者が二人いるだけです。ゲレック室長の懸念は払拭できたかと存じますが、いかがでしょうか?」


「……全てあなた達が勝手にやったことで、国は何も関与していない――とシラを切れと?」


「これはチャンスです。リアリティを出すために本当の暗殺者を差し向けても構いません。全力で抵抗させて頂きますが……。まあ、シークさん程の手練れが他にいるかは疑問ですけど」


「ミストっ」


「――ゴホン!大変失礼致しました。兎に角この取引によってあなた方は、私達落とし子の処遇に悩まされることがなくなる。そしてこのアイデア集を政策に取り入れ、国を発展させる。この書には魔法についての記述がありません。しかし私はだからこそ、魔法との融合によって新たな技術が開発されることに期待を寄せています。地球にもなかった全く新しい可能性、それをこのグランディオル連襲王国から誕生させるのです」


 これはヤルザスト院長に対して言っているのだが、伝わっただろうか?彼は顔色を一切変えることなく静観を貫いている。


「……」


 しばしの沈黙の後、それを破ったのはチガン宰相閣下だった。


「あのー、皆さんお聞きにならないので私が尋ねますが……そもそも魔大陸に行くという話しは、帝国が独占していた魔大陸の港――その一部を開放したという知らせが発端なのでしょうか?」


「いいえ……港の開放はまさしく渡りに船でした。しかしその知らせがなくとも、私達はこの話を皆様にお聞かせするつもりでした」


「あ、うん……私が尋ねたいのは、“諸般の事情で国内にいられなくなった。だから魔大陸に安住の地を求めることにした。”そういう話しではないのかという点なのですが……」


「いいえ、私達の目的は……器の状態を知るために身につけている、このペンダントを手放すこと――」


 俺は自分の首元から垂れる小石をつまんで、顔の隣へ持ってきた。上下に少し黒い靄がかかるだけで、大半が透き通った小石である。


「即ち魔王化を防ぐ方法を突き止めること。それと落とし子が出現するメカニズムを解明すること……そして――」


 ハルが一歩前に出た。


「その果てにある、落とし子の出現が金輪際ない世界――落とし子が根絶された世界の実現」


「今も世界中で行われている、落とし子の出現と処刑。発見されなかった落とし子の魔王化。魔物の活発化と大地の魔界化。哀しみの反復、悲劇の再来、それを私達が止めます。これはその第一歩です」



 俺とハルは扉の外へ出た。二人して胸をなで下ろす。


「はあ……キンチョーした」


「でも無事受け取ってもらえた。これで皆に迷惑がかからずに済むなぁ」


「そうね……ねぇ?夜は何食べる?」


「ふむ……とりあえず、あの食いしん坊のところに戻ってから決めますか」


 突然ハルが走り出すと、少し行ったところでくるりとこちらを向く。


「じゃあ競争!負けた方が奢り~」


「なっ!ちょっと待て!卑怯な!?」


 帰りは身軽だ。この勝負も負けていられない。イルーの前でハルの悔しがる顔を拝んでやる。手ぶらになった両手を振って、俺も走り出した。

 ご愛読ありがとうございました。「自殺願望は露と消えて」これにて終幕です。


 ですがミストの物語は始まったばかり。伏線の回収も六割といったところ。物語はタイトルを変えて、まだまだ続きます。

 タイトルを変えるのは、自殺にまつわる物語に一区切りつけるためです。続きの話はもっとコミカルなものになるかもしれません。


 これからの執筆ですが、順調にいけば「ハルの過去編→番外編→当エピローグのあとの本編」の順に考えています。

 しかし当エピローグのあとの本編は他作品とのクロスオーバーを構想中ですので、正直いつになることやら……。それまでに私の創作意欲が尽きてないことを祈るばかりです。


 当作品にお付き合い頂き誠にありがとうございました。処女作として手探り状態でした。ですがあなた様のような読者様がいてくださることを励みに、なんとか一区切りつけることができました。

 この経験は私にとって何よりも代えがたいものになりました。ありがとうございます。そしてまた別の作品を通して、あなた様と繋がれることを心待ちにしております。

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