帰結
「待ちわびたよ。墓参りは済んだ?顔色は良いみたいだね」
そのくしゃくしゃの髪にローブ姿の女性は、そう言うと窓を開けた。机からマグカップを取って窓の外に向けて振る。年はハルと同じくらいだろうか。頬にはさっきまで机に突っ伏していたであろう赤い跡が、くっきりと残っている。
「ふぅ……相変わらずみたいね」
ハルは雑然とした部屋を見渡して言った。書籍と研究道具と生活用品と食べ物とが、区別なくとっちらかった部屋を……だ。
「ミスト、イルー。彼女がここの室長モココ」
「はじめまして」
「ょ……ょろしくぅ」
「二人には“はじめまして”でいいのか……はじめましてでござる。ようこそ、我が工房へでござる。まずは王妃の意向を確かめさせてもらおうかな……?」
ござる……?
ハルは王妃の書簡を広げるモココそっちのけで、お茶を煎れる準備を始めた。物が溢れた部屋であっても、大体の位置は把握しているらしい。
「あっ。これ私の好きなお茶」
「そうだったっけ?まあ、お好きにどうぞ」
ハルは床に転がる物という物を部屋の隅に寄せてスペースを作ると、そこに適当に持ってきた敷物を敷いた。俺に座るように促すと、イルーに薬缶に入れる水を催促するのだった。
俺が腰掛けようと前に進むと、敷物のすぐ横に邪魔な障害物があるのに気付かされた。どうも他人事には思えない……。それに被さるあれやこれやを取っていくと、ゴツゴツとした表面が徐々に露わになっていく。
俺は驚いた。それはまっくろくろすけのような物が中で蠢く鉱石。数日前に分かれたその鉱石が、そこに確かに鎮座していたのだ。この形、この色、周囲に付着した灰色の岩石――大地の裂け目で別れた時のままの逢魔石である。
「な……なんでお前が……っ!」
「ぅぉっ!マジだ!?なんでこんなとこに!?」
「へっ?……なんで……?」
皆わけがわからず目をパチクリさせた。だが、なんだろう……なんだかんだで辛苦を共にした間柄である。……正直言うと、少し嬉しい。
・
・
「結論から言うと、ハルの推測は間違っていない。むしろ私も同じような数式を使って、真相を突き止めようと試みていた」
モココはハルの隣に膝を立てて座り、マグカップを口に運んでいる。「熱っ」という悲鳴と共にこぼれたお茶が、王妃の書簡にシミを作った。
「そうだったの……どう?大体計算合ってたでしょ?」
「ふぅーふぅー……ずずず……ふぁ……まあ概ねね……バギタ村の超級魔法は過小評価し過ぎてたけど……。そして赫髑王城での調査結果と照らし合わせて、ある可能性が浮上した。私達はどうやら最初から、とんだ思い違いをしているんじゃないかってね」
「思い違い……?」
「……二回発動したのは、究極魔法だけじゃなかったんじゃないか――」
「どういうこと!?」
「……まだ調査ちゅ~……ずずず……しかるにミスト殿、逢魔石とはどの位の期間一緒にいたのでござるか?」
ござる……?
「え?ん~一週間?――あー、十日位でしょうか?」
「ほうほう。十分ですな」
「そもそも、どうして逢魔石がここにあるの?」
「……知らなくて当然か……ハルのそのペンダント、原材料は逢魔石だよ」
「へ……?そうだったの!?」
「そう。理論を提唱したのは私のお師匠様。作ったのは三軒隣の魔道具屋だよ」
「デネセストさん……」
「お師匠様は逢魔石の性質の一つである、“マジカ――魔物由来の魔力――の形質の複製”に着目した。逢魔石は自身のマジカの形質を付近と同調する機能があるんだ」
「さっぱりだぜぃ」
「同じく……」
「平たく申せば、落とし子が一週間くらい逢魔石の側にいれば、逢魔石に器の情報がコピペされるということでござる」
「ぃきなりめっちゃわかりゃすぃゎー。助かるゎー」
「あとは逢魔石から余計なものを取り除いて、削り出したのがそのペンダントってワケ……」
「そうなのね……はっ!――ってことは……っ?」
「この逢魔石があれば、ミスト殿の器の状態が丸わか――り゛ぃ~」
ハルはモココに飛びかかって抱きしめた。
「すごいっ!モココ!やっぱりあなたって天才ねっ!ありがと!」
「あああ~こぼれるこぼれる……あーてなワケで、一息入れたら鑑定――始めますか」
しかしそんな大事な逢魔石を、ゴミと一緒に埋もれさせておくなよ……と俺は思う。
「……これ、本当に飲むんですか?」
俺が握ったグラスには、ドロドロとした黄緑色の発光色のスープが入っている。温かくないのに気泡が浮かび上がる不気味な液体……もといゲテモノである。
「今この逢魔石の中では、様々なマジカが渦巻いている状態。ミスト殿の形質も断片的に保存されているでござる。ここに触媒を通じてミスト殿のマジカを流すと、ミスト殿の形質だけが反応を返す。今回は古典的な魔方陣で反応を読み取って、そこの溶液に反映されるようにしたよ」
どうやら俺がこのスープを飲んで、目の前の壺に手を入れる。すると俺のマジカとかいう何かが、魔方陣を介して逢魔石に流れるらしい。逢魔石の周囲に張られた魔方陣はその反応を読み取る。読み取られた反応は、離れたところにある幾つものガラスのコップに届けられる。それによってコップの中の様々な色をした溶液が変化を見せるらしい。
「古典的とは言っても、この魔方陣の構築にお師匠様がどれほどの時間を掛けたか……有り難く使わせてもらいます……では!ミスト殿、一気にいっちゃってください!どうぞっ!」
ええい!ここまで来たんだ!最後のひと頑張りだ!俺は手に持つグラスに口を付けて、一気に傾けた。……しかしスープはすんなりとは口に到達してくれない。粘土質のせいでゆっくり、ゆっくりとグラスの内側を伝ってくる。
「……ゴクッ……ゴクッ……ぐ……ゴクッ……」
ま、不味い……!こ、これはリルン町の病院の飯を彷彿と……というか、越えている……っ!なんだこの味は……!?腐った魚……?いいや、腐った牛乳も入っている……。口の中に広がる臭いは、まさに猫の缶詰のそれである。舌触りもザラザラとしていて気持ち悪い。粘り気のせいか、いつまで経っても喉を通ってくれない。吐きそうだ……。このまま気絶してしまったら、どんなに楽だろう……。ちくしょー!目がしばしばしてきた!
「ふご……もご……ふご……ぉえぇっ」
「一滴残らず飲み込むでござる。吐いたらまたやり直しでござるからに……」
バリウム検査みたいなノリで言うな!こっちはバリウムの数倍キツいんだ!俺は片手で口を押さえながら最後のひと飲みを胃袋に押し込んだ。
「――ぷはっ!……ぜぇ……ぜぇ……」
「はい!では、お手を拝借――」
俺はもう片方の手を思いっきり壷の中へ差し込んだ。
バチンッ!
体全体に痛みが走った。電気が体中を走り抜けた感覚である。刹那にそう感じた俺の視界は、電源を切られたテレビのように暗くなった。
・
・
目を開けると木製の天井が見えた。体に痛みは感じない。しかし腹に何かが載っている感覚はあった。イルーだ。頭を起こして腹を見ると、白目を向いて泡を吹くイルーがそこにいた。今何時だろう?起き上がろうと腕を動かすと、肘が何かに当たる。見ると俺の横には、すやすやと寝息を立てるハルが寝ている。見たところ気を失った瞬間と同じ格好である。
上体を起こして見渡すと、そこは相も変わらず散らかった室内であった。床に直に寝かされて、一枚毛布が掛けられていた。部屋の壁際には、ひとり黒板にぶつくさ語りかけるモココの姿があった。
「モココさん……」
モココは俺の声に反応を示さなかった。普通の声量で話しかけたつもりなのだが……。モココはこの部屋に一脚しかない椅子に前後逆に腰掛けて、背もたれを抱きかかえている。酷い貧乏揺すりの音に、俺の声がかき消されてしまったのだろうか。
俺はため息をこぼして、尻をずりずりと後方へ引きずった――イルーを落とさぬようにしながら。そして背中を壁に預けて力を抜いた。結局検査の結果はどうだったのだろうか。あんなに不味い思いをしたのだから報われると良いのだが……。
「ん゛ん~~~っ!」
――という呻き声を上げて、モココが自分の頭をゴシゴシと擦った。まるでシャンプーでもするような仕草だ。
「……はぁ。ミスト殿、おはようでござる」
なんだ気付いていたのか。
「おはようございます……どのくらい寝ていたのでしょうか?」
「え……と。三時間位でござるな」
モココは机の上を暫く眺めてからそう答えた。
「道理で。まだ眠いです」
「……それなら、安心して眠れば良いでござるよ。それこそ泥のように」
「結果は……?」
「そこの黒色の溶液が示す通りでござる。蓄積量、一割以下。今後逢魔石との同調を進めて、正確な数値を出していくでござるが……まあそう変わらないと思うでござるよ」
「――私の魔王化は……」
「当分先でござるな」
俺はそれを聞いてお尻の位置を元あった場所に戻した。ゆっくりと上半身を倒して、頭の下に枕代わりの本を敷いた。それから毛布のかかり具合を直す。目を閉じるとすぐにでも眠れそうである。
「良かった。ここまで来て……」
俺の胸にこれまでの記憶が押し寄せた。湖畔で目を覚ましてから二十日余り。長いようで短かった二十日間が今幕を下ろす。これが俺の異世界での、はじめの一歩である。
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