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“常夜の帳”

「お頭、長居は無用。とっとと行きますよ」


「おうよ!行くぞ!おめぇらっ!」


 一同は上階へ伸びる緩やかに曲がる階段を駆け上がった。見渡せばあの時、あの湖畔で一緒に食卓を囲んだ顔見知りばかりであった。

 階段を上り終えると、そこは高い天井の開かれた空間だった。細かい装飾が施された壁の所々にある窓からは、外から光が差し込んでいる。お陰でその空間は植物園の温室の様に暖かい。そして正面にある一際大きな扉が、ここが宮殿の玄関であることを示してくれていた。

 ウォッズが扉を開ける。逆光の中現れたのは、完全武装した数十の人の壁であった。先頭の男がウォッズと対峙して口を開く。ウォッズに負けず劣らずの大男である。


「逃走中の勇者ミストとレガン・ダ・ワーヴァン襲騎士ハルの身柄を渡してもらおうか」


 胸を張ったウォッズが応戦する。


「“新陽の雷霆”は赫髑王を打ち負かした勇者ミストとマージル王妃の指令書状を護送中だ。とっとと道を空けたらどうだい?参謀室のニャンコロちゃん」


「ふん!容疑は国家転覆罪!国家の非常事態時には時として、王族の権限より市民の安全が優先される!よってこの場合、貴様等の行為は賊の侵略行為の加担、助成行為に該当する恐れがある。この場での発言は後に懲罰の対象となる可能性があるため、よく咀嚼し吟味してから口に乗せた方が賢明であるぞ?そもそもマージル王妃の書状の護送などは我々の知る由もないことであるからして、それによって我々の治安維持のための行動が制限される謂れはどこにもないのである。緊急性、重要性から鑑みるにマージル王妃の書状の護送は許可できても、勇者ミストの引き渡しを拒絶する権限は貴様等には――」


 長々と堪えてきたウォッズの顔がいよいよ真っ赤になった時、遂にたがが外れてしまった。


「……うっせぇっわっ!!」


 ウォッズの振りかぶった拳がその講釈を止めた。それと同時に武装した数十人がこちらに雪崩れ込んで来る。ウォッズの拳を躱した相手方の代表者は、あっという間に人混みに紛れてしまった。

 ウォッズは俺とハルの前に立つと、重なり合って襲ってくる兵達を一斉に跳ね返した。何という怪力であろうか。その光景を目にしたからか、皆の動きが一瞬止まった。いや、それだけではない。


「うわっ!!なんだこりゃぁ!」


 どよめきが広がる。それと共に一人、また一人と片足ずつ交互に上げて、摩訶不思議な踊りを踊り始めた。


「どこから湧いてきやがった!?」


「い、いやぁ~!!」


 皆の足下にいたのは、数千、いや数万の虫やら鼠のような小さな生き物たちであった。その害虫・害獣が何処からともなく湧いて出てきたのである。辺りは騒然として戦いどころではなくなってしまった。


「こっちだよっ!」


 俺は女性の声に導かれて、建物沿いの茂みの近くに駆け寄った。


「目隠ししといて良かったよ……」


 女性が草で覆われた柵をどけると、ポカ四頭立ての馬車が用意されていた。急いで乗り込んで囲いを出る。立ちはだかる兵二人にウォッズと別の男が飛びかかった。


「ここは俺らに任せろ!行けっ!」


 一緒に乗っている背の低い男が、馬車の窓から筒を幾つも投げた。筒は爆発したり、煙を上げたりして追随する兵達を寄せ付けない。混乱が続く宮殿の玄関付近では、弓を構えた兵達がこちらに狙いを定めていた。


「イルー!」


「ほぃっ!」


 イルーを中心に大きな半透明のシールドが出現する。飛んでくる矢は虚しく地面に落下した。

 馬車は玄関から続く通路をひたすら真っ直ぐ走った。周囲は庭園だろう。生け垣の向こうには、木々の生い茂る森も見える。これが地下の湖に浮かぶ島の上なのだから驚かされる。途中兵達が横列で待ち伏せの抵抗を見せてきたが、魔法で難なく退けた。

 庭園を抜けて大それた門を潜ると、二手に分かれた橋が架かっている。緩いアールを描くその橋を渡りきると、同じぐらいのカーブのトンネルに入った。恐らく地上に続くトンネルなのだろう。緩やかに勾配がついている。


「やあ、元気だったかい?精霊さん」


 窓の外をしきりに気にするのをやめた女性は、真っ先にイルーに声をかけた。ようやく一息つける。


「ぉぅ!元気だったぜ!ヌヤティーヌ姐さん」


「ははっ!相変わらず元気だね!」


「ハル!沢山冒険してきたんだろ!?聞かせてくれよ!」


 冒険って……。背の低い男が目を輝かせながらハルに詰め寄る。


「うん!落ち着いたらね……。皆には話したいことがいっぱいあるんだ」


「特に、バギタ村が何で崩壊することになったのか……!」


「あ……」


 ハルの視線が男の顔から外される。


「ばっか!」


 ヌヤティーヌは隣に座る男にげんこつを食らわせた。


「――あの作戦では死者が出てるんだ。ったく、気の利かない男だね!」


「――っいったー!……そうか、ごめんよ……ハル」


「いいの――落ち着いたら、話をするね」


「ミストもごめんね。気にしないでおくれね?」


「……」


 馬車は勢いを殺さず長い長い坂を上っていく。途中トンネルの片側側面が明るくなった。馬車の窓から覗き込むと、先程までいた宮殿が数本の落ちる滝の隙間から見える。もう随分高いところまで来たようだ。

 暫く視界が遮られた後、一気に空が開けた。そこは屋敷が乱立する住宅街だった。地下に潜る前――ムヴァンシア集落墓地の周辺かとも思ったが、どうも様子が異なる。何と言ったら良いのか、家屋の建築様式から街頭のデザイン、家屋の並び方まで先程の町とは別の町に来てしまったように思えた。切妻屋根の頂点が高く上に伸びた家ばかりだ。まるで魔女が住む集落に来てしまったようである。


「なぁ、今度こそ“第一魔法研究所”に向かってんだょなぁ……?」


「うん。ここは中央区の中層、“常夜の帳”だよ。もうこの辺りは“()()()()……かな?」


 馬車から降りると、嫌でもその不思議な空が目に入ってくる。満天の星々が煌めく星空だが、今にも落ちてきそうな程近くにあるように感じる。まるでプラネタリウムである。そして星々はそれぞれが小さな生き物のように互いに近づいたり、離れたりをしているようであった。通常の星空では決してない。


「ここ……なのか……?」


 王立第一魔法研究所というからには、大規模な施設だと勝手に想像していた。しかしそんな勝手な想像は見事に裏切られた。ハルが手を掛けたのは、決して大きいとはいえない古民家のドアノブだったのだ。その建物はまるで某劇場アニメの“動く城”の如く――後から後から部屋を無造作に積み重ねたような、アンバランスな見た目であった。

 鍵は掛かっていないようで、勝手にドアを開けて家に入る。すると沢山の書物や、何に使うか皆目見当の付かない道具類の山が俺達を出迎えた。


「何かご用ですかぁ~!?」


「うわっ!!」


 突然の声に俺は飛び上がった。見ると天井から吊されたランタンが、口を開けて喋っていた。なんとも素っ頓狂なダミ声である。


「ハルとミストが来たと主に伝えて」


「かしこまりました~!!」


 そう言い残して、ランタンは暗い天井へと引っ込んでいった。


「まるで魔女の館だぜぃ……」


「あはは……まぁそんなものかも……」


 イルーがそう言うのも無理はない。沢山の蝋燭といい、カーペットに書かれた意味不明な記号や文字列、魔方陣、不気味な液体の入った大釜もある。この光景を地球の人に見せて、魔女の館を否定する人はいないだろう。


「ふわぁあ……ハル?……ようこそ」


 何処からともなく館内放送が聞こえてきた。如何にも眠そうな声だ。


「こんばんは。こんな時間にごめんね」


「いいよ……えっと……四つ叉の燭台、カゲナキ、錆びた大剣、シタタリソウで入ってきて」


「うん。わかった」


「あ……ヌヤティーヌ殿は、椅子にでも掛けているでござる」


 ござる……?


「あいわかったよ……行っといで」


 ハルは首を縦に振ってから部屋の中を見回した。そしてある扉を開いた。その先には博物館のような部屋が待ち構えていた。動物の皮や剥製が壁や床に張り巡らされている。ハルはまた部屋を見渡すと、ある扉を開いた。次の部屋は武器庫のような部屋であった。沢山の鎧や武器が並べられている。ハルはまた部屋中の扉を順に見ていっては、大剣を持つ鎧が隣に立つ扉を開いた。なるほど、法則性がわかってきた。

 続いては沢山の鉢植えが並べられた部屋だった。壁には草花の標本がずらっと掛けられている。ハルが近付いた扉の横には、垂れた蔓から沢山の花を咲かせた――まるで藤の花のような――植物が植えられていた。恐らくこれがシタタリソウである。

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