マージル王妃という人 Part2
「鉄道……?」
「巨大なトロッコのことです。これによって長距離の大量輸送が可能になります。ティクス・サンザー復興にうってつけの技術です。課題は動力機関の開発とレールの維持管理の問題です」
「……つまり報酬とは、その鉄道とやらを走らせることができるということかしら?“一研”の使用許可と引き替えに」
「いいえ、それに留まりません。産業革命を起こします」
「産業革命……?」
「現状多くの生産物は、人がその手で一つ一つ手作りしていますよね?それを機械の力に置き換えるんです。それにより大量生産、大量消費の時代を到来させます」
「ちょ、ちょっと待って……。考えが追いつかないのだけど。そのような大それたことができるの?あなたに?」
「私が、じゃありません。皆さんがするのです。私はそのアイデアを提案するだけです」
「どういうこと?ただの机上の空論を交渉に持ち込む気かしら?」
「七十八億」
「……?」
「私の故郷、地球にいると言われる人間の数です。私が提案するアイデアは、机上の空論などではありません。七十八億人が暮らす地球で、実際に形となっているアイデアです」
ええい!言ったれ!今は大風呂敷を広げるだけ広げてやる!一世一代の大勝負だ!
「――私が問いたいのは、それを易々と手放して良いのかということです。“一研”で私が魔王化しない体質だと証明できれば、地球で実用化されているアイデア、政治、文化、歴史、あらゆる知識が取り出し放題だということです。これはまたとないチャンスです」
お后様は足を組み直して少しの沈黙の後、口を開いた。
「あらゆる知識、ね……では問いましょう。昨今、東の大国ゾルギラーゼ帝国が魔大陸への進行を進めて、国力を一層強めているのよね。現状我が国へのちょっかいは微々たるものなのだけれど、今後どうなるかはわからないわ。我がグランディオル連襲王国はどう立ち回るのが正解かしら?」
おいおい……。いきなり話重くなりすぎだろ……。
「……一つは同じように考えている他国と連携を図ることです。これは非常に難しいことですが、互いの文化を尊重し合いながら軍事、経済の統合を目指すのが理想です」
「やっぱり地球でも考えることは同じなのね……我が国も帝国への包囲網を作ろうと、周辺国の顔色を窺っているところなの」
「良いと思います。しかし注意しなければならないことが……。地球ではそうした同盟を結んだ国を中心に、数十カ国が参加した世界を二分する戦い“世界大戦”が行われました。結果多大な犠牲を出し、終戦から八十年近く経った今でも深い爪痕を残しています。きっかけはそれぞれの国が自国さえ良ければいいという考えから、弱い国を侵略したり、民族を迫害したり、貧困を押し付けたりしたことでした。現在では核兵器というとても強力な殺戮兵器を強国同士が互いに見せつけ合い、牽制し合うことで辛うじて平和を維持している状態です。次に世界大戦が勃発すれば、世界が滅びるとまで言われています」
「……そうなの。と言うことは、一国による世界統一はなされなかったという訳ね?ある意味安心したわ。それにしても鋭利な凶器を見せつけられていないと、大人しくしていられないなんて……人の心は野獣そのものね。興味深いわ……」
「別の手段としては、帝国の傘下に入ってしまうというものでしょうか。資源なり生産品なりを献上していれば、敵対はされない。しかしこれは帝国を脅かす強国が出現しないという前提条件を含みます。次の時代の覇権国家は何処なのか。卓越した大局観と予測能力が問われるでしょう。私の故郷である日本は先の大戦でこれを見誤り、敗戦国となりました」
「……いっそのこと、我が国が帝国と渡り合うというのは……?」
「私には帝国がどれ程の軍隊を有し、どれ程の国力の差があるのかわかりません。しかし大国は大国であるが故、国内に問題を抱えていることが多い。それこそ自らの巨体を保てなくなるほどの爆弾です。大国が滅ぶのは内部分裂からと相場が決まっています。そこを突けば、あるいは……」
お后様は口元に笑みを浮かべた。満足したのか……?いや、真意はまるで読めない。
「……ふぅ……真面目な話ばかりしていると喉が渇いてくるわね。……あぁそうだ。私は今無性に冷たい水が飲みたいのだけれど、これを解決するアイデアはあなたにあるのかしら?ミストさん?」
……そう来ましたか……今水を飲みたいだって!?そんなの魔法でどうとでも――というのはミスリードだ。ここは王宮。恐らく魔法の使用は厳しく制限されている。そんな環境下でも冷たい水を飲みたいとお后様はご要望なのである。
「……教育です」
「へぇ……その心は?」
「先程述べたとおり産業革命が起きれば、国民一人あたりの生産量は飛躍的に上昇します。これは言い換えれば、子供の労働力を必要としなくなるということです。地球で近代化を成し遂げた国々は、教育を全国民の義務としています。つまり現状魔法使いと一部の権力者の特権となっている教育を、全ての国民が受けられるようにするべきです」
「……それでそのようにすることが、どうして私の喉の乾きを潤すことになるのかしら?」
「実は液体が気体になるとき、周りから熱を奪うんです。気体から液体になるときはその逆なんですが……。これを全国民が学校で習ったらどうなると思いますか?地球にはこの現象を応用して、冷蔵庫と呼ばれる年中物を冷やしておける箱があるのですが……」
「……皆がその冷蔵庫とやらを作り始めるでしょうね」
あぁ……少し無理のある回答だったか?俺だって冷蔵庫が気化熱を利用して冷やされているってなんとなく知っていただけで、具体的にどういうメカニズムで動いているのかは知らん!ツッコまれたら終わる……。
「そうしたら、ダースラー・ドットで食べたあの氷菓子が何処でも食べられるようになるのね!?」
突然俺の横で押し黙っていたハルが身を乗り出してきた。俺に顔を近付ける。ち、近いって……。
「えっ!?えっ……ええ。そ、そうなるね……」
「ま、まさかハルっ!巷で噂の……あの、あの、氷菓子のこと!?あれを食べたの!?」
「はいっ!大変美味でした!」
「く、悔しいっ……私も完全な状態で食べたことはないのに……っ!」
……はぁ。何というか、気が抜ける。俺は湯気の収まったコップを口に近付けた。
「……でもね、ミストさん。率直に申しますけど、私達は落とし子を処刑し続けてきたの。私達だけじゃない。コア・マグア中でそれは行われてきたわ。その前歴を、踏襲を、人々に刻まれた恐怖を簡単に変えることはできない……あなたに向けられる感情は、想像しがたいものになるでしょう。それでもあなたは、この世界で生きていくと言うの……?」
「……お后様、その落とし子に対する迫害はいつから行われてきたのですか?」
「……ずっと……よ?太古の昔から……それこそ有史以前――落とし子が産み落とされるようになってからずっと……」
「果たしてそうでしょうか?落とし子が産み落とされるようになる前は、人間だけで平和に暮らしていたと?」
「……ええ、そうね。魔物はいたでしょうけど、魔法が昔の人々のことも守っていたに違いないわ」
「私の考えは異なります。初期の落とし子は普通の人間達と仲睦まじく暮らしていたに違いありません」
「何故ミストさんにそんなことがわかるのかしら……?」
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