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マージル王妃という人 Part1

 奥の扉が開くと共に、中からヨキルア侍女長の声がした。


「私達が先に入室します。お二人は後に続いてください」


「はい。かしこまりました……」


 ツツエとエンペが俺達の前に出た。俺とハルは二人に続いて扉を抜ける。


 そこは寝室と言うには広過ぎる空間だった。目に付くのは暖炉と幾つもの椅子とソファ、テーブル、立派なシャンデリアだ。部屋の真ん中辺りから床が一段高くなっている。数段の階段を上った先には、立派な天蓋付きのベッドと長い仕事用のテーブル、天井まで続く巨大な本棚があった。


「お連れしました」


 その人物はランタンで手元を照らしながら、仕事用のテーブルで何やら書き物をしていた。手を止めると、掛けていた眼鏡をテーブルに置いた。


「おかえり。ハル」


「帰りました。お母様」


 俺はふらつく足を何とか踏ん張ることに成功した。


 お母様??お母様だと!?なんで今まで何も言わなかったの!?


 思わず横に立つハルに視線を向けてしまう。お后様が母だとしたら、ハルは……。イルーも同様だったようで、二人併せてハルに視線ビームを注ぐ。


「よく頑張ってきたね。怪我はしてない?」


「はい。大きな怪我はありません」


「良かった。色々大変だったそうじゃない……」


 お后様は階段を降りてきてハルを抱擁した。


「よく返ってきてくれたね。我が自慢の娘――」


 いや、おたくの娘さん滅茶苦茶ですよ。秘密主義が過ぎるんです……!ハルもお后様の背中に手を回して抱きしめた。顔立ちの整ったそれがハルの後頭部と並ぶ。幾つぐらいの人なのだろうか?一言で言えば、とても美しい。それにしてもハルとの体格差が顕著である。ハルは俺と話す時のように見上げながら話す必要があった。


「そちらの殿方は?」


「勇者ミストです。赫髑王にトドメを――」


「初めまして、ミストです。ハルさんにはいつもお世話になっております」


 経験はないが、彼女の実家にお邪魔するとこんな感じなのだろうな……。とか考えてしまう。


「あと、こちらが――」


「けっ!赫髑王を倒したのはこの俺様、イルーだけどな!ミストの使ぃ魔、イルーでぇす」


「あらあら、元気な精霊さんだこと……お二人とも、よくお越しくださいました。どうぞ――」


 招かれた椅子に腰掛ける。三人で囲んだテーブルには、暖かい飲み物が用意されていた。ヨキルア侍女長が濡れタオルを俺とハルに差し出してくれた。


「お顔を――」



「それじゃあ二人は同じ故郷から来たのね?」


「はい。そうなります――そう言えば、ハルは何処の県出身なの?」


「埼玉だよ。でも物心ついてすぐに落とし子になったから、あまりちゃんとした記憶がないの」


「そうだったのか……でも、それじゃあ。……あの……“お母様”というのは……?」


「……」


「えーっ?まさか話してないの!?」


「はい。……機を逃し続けてしまいまして……はは」


「まー呆れた。そんな状態で連れてくるなんて……はぁ。この子は私の養子なの。と言っても、私は実の子のように思っているけれど」


「――それに落とし子だし、王位継承権はないんだ。なんちゃってお姫様」


「しかもこの子、騎士にまでなっちゃって、そんじょそこらの男よりも強いでしょ?そんなものだから、未だに縁談の一つもないのよ?」


「……はい。おっしゃる通りです」


 ハル、目が死んでるぞ……。お后様はお茶をひと飲みしてからコップを置いて言った。


「――それで、お母さんに何の頼みがあってきたのかしら?」


 ここからが本題だ。しかし如何にも人が良さそうなこの人なら、労せずして目的は達成できるだろう。いや、この和やかな雰囲気なら大丈夫に違いない。


「実は――」


 ハルはさっき木登りした場所で、俺達に聞かせた話をお后様に向けて再び披露した。お后様はとても関心があるようで、適宜質問を挟んできた。反応は上々である。これなら快く研究所の使用を許可――


「ダメね」


 俺は耳を疑った。たった今、“実の子のように思っている”と言っていたじゃないか!?その娘に対して、この端正な顔から死の宣告が飛び出した。意図せず口が動く。


「なっ!?」


 俺は思わず立ち上がりそうになるのを必死で堪えた。ここで感情的になってはダメだ。落ち着け。


「確かに聞く限りでは、ミストさんの魔王化は通常の手順を踏んでいないように思う……。でもだからといって、“一研”の使用を許可するというのは筋が違うわね」


「……ミストの分析を通じて魔王化の仕組みの解明が進めば、魔法技術への転用や持続的な落とし子の戦力化が期待できます。隣国や帝国の脅威に脅かされている我が国にとって、有用なことに違いありません」


「……それはそうなのだけれど、リスクが大き過ぎるわね。四大魔王の支配が去ったこの時節に、新たな危険因子を抱えることになる……しかも国の中枢、“帳”の中に」


 考えが甘かった。というより、如何にも情に流されやすそうなこの人が、俺の見立てより国全体を第一に考える側の人間だったのだ。親子の縁で国の一機関を動かしてしまえば、私的占有ってやつだろう。この人はそれを良しとしない側の人間なんだ。くそっ!何か策は――


「王女様ょ!そりゃねぇ――」


「待って!イルーっ!」


 激語にイルーは思わずテーブルの下まで落下してしまった。


「これは、私の我が儘なの……!だからお母様を責めないでっ」


 ハルは悲痛な顔で俺を見た。


「……ミスト、ごめんなさい。やっぱり、あなたを還すことにする」


「それじゃぁょ……ハルが……」


 イルーは恐る恐るテーブルから顔を出した。しょぼくれた表情でハルを見る。お后様はそれを諭すように質問を投げかけた。


「ひどい言い方かもしれないけれど、人は誰しも必ず死ぬ……でしょ?早いか、遅いか……ただそれだけ……そうは思わない?」


「……」


「それには私も同感です。だから、私もハルもここで死ぬわけにはいきません。ハル、君はもう勇者の能力を使わないと、ここで誓うんだ」


「……ミスト?」


「これは君だけの我が儘じゃない。君と俺の我が儘だ。俺の魔王化が始まったら、君が俺の首をはねろ。君の魔王化が始まったら、俺が君の首をはねる……」


「ミスト……」


「へぇ……」


「けれど、それでリスクが回避されたことにはならない。それは百も承知です――お后様、私達にできることはリスクを減らすこと……それとリスクに対する報酬を増やすことだけです」


「……聞こうじゃありませんか」


 お后様は急に椅子の背もたれに寄りかかると、妖艶に片足を上げて足を組んだ。俺は生唾を飲み込んでから、例のウインドウを出した。書きかけの文章である。


「ハル、読んでみてくれ」


「……異世界における交通基盤の整備と鉄道網の必要性について――何これ……?」


「これはユガインさんに触発されて書いたんだ。ティクス・サンザー復興のために、陸便を定期運行させるって言ってただろ?でもそれだけの道があったら、今度は鉄道を走らせることができると思うんだ」


 俺は最初の二、三回は日記を付けた。しかしある思いから今度は地球のことについて色々綴ることにしたのだ。いわゆる三日坊主である。そしてそのある思いとは、この異世界に生きる人達へ向けたものだ。俺の地球での記憶、知識をこの異世界で役立てて欲しい。そんな思いである。

ご愛読ありがとうございます!

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そして評価ポイントが高いほどランキングに入って

皆さんに読んでいただけるということで――


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