凱旋
「ヨキルア!じいや……!」
「お帰りなさいませ。ハル様」
「お待ち申し上げておりました」
その影の持ち主の二人――正装を身に纏った初老の男女は、畏まった様子で左胸に手を当てた。
「もう、よしてよ!今は仕事中じゃないのだから!」
咄嗟にそう口から出たハルは、瞬く間に顔を曇らせた。そしてそれまでとは打って変わって、陰鬱とした声で続けた。
「……ううん。違うわ……ごめんなさい。皆には沢山心配かけたよね――」
目を開けた二人は、はっとした様子で互いに顔を見合わせた。
「私はもう大丈夫。安心して。けじめを付けに来たの。……紹介するね。こちらが勇者ミスト。それとミストの使い魔のイルーよ」
『ハル様がお世話になっております』
「こちらこそ――」
「どっちかとぃうと、世話されてるほぅだけどな……」
「確かにな……って、それ今言う?」
「こちら、ミボダー侍従長とヨキルア侍女長。使用人達を統率しているの」
「どうも、はじめまして。――さっきから疑問なんだけど、ハルはこの屋敷の住人なのか?皆まるでハルが帰ってきたような口振りなんだが……?」
「あー……うん……」
「……ハル様、ひょっとしてまだお伝えになられていないのですか?」
「あはは……なんか、言うタイミングがなくて……」
案の定ハルはまだ俺達に隠し事があるようだ。正直もう慣れっこだ。どんな真実が明かされても驚くまい。
「やあ、ハル。意外と早かったじゃないか」
その男は突然現れた――と言っても、俺の目に留まらなかっただけで、ハナからそこにいたのかも知れない。太く力強い美声が聞こえて、俺は身構えた。
「オグナバス団長……」
「赫髑王の討伐、波の殲滅、大儀であった。見事だ。団員の皆も大層喜んでいたよ」
「ありがとうございます」
オグナバス団長はミボダー侍従長とヨキルア侍女長の間に分け入った。身に纏った膝丈まである長い外套が左右に揺れる。
その肩幅の広い堂々とした姿は、俺の脳裏に“物語の黒幕”を勝手に連想させた。大体こういう組織の上に立つ完璧人間が腹黒悪人なんだよな……。そう思わせる程、オグナバス団長は眉目秀麗、清廉であり、知的であり、精悍であった。尚且つ魔法使いとしても相当な戦闘力を備えていそうなオーラを放っている。――そもそも美声の奴は大抵黒幕である。
「そして此度の逃走劇。君の行動力にはいつも感服させられる……勇者ミスト。挨拶が遅くなった。私は王室近衛兵団長のオグナバスだ。王室……いや、国を代表してお礼を言わせて欲しい。あなた様の協力なくして、先の功績は上げられなかった。ありがとう」
オグナバス団長は伸びた背筋はそのままに、俺の手を取るとガッチリと握りしめた。堀の深い顔の奥に覗かせる、ハッキリとした二重の瞳に俺は思わず引き込まれた。
「このまま二人の功績を讃える宴でも開こうか……と言いたいのは山々だが、我々にはあまり時間は残されていないだろう。ツツエ――」
「はい」
俺とイルーは揃って体をビクッと揺らす。その女性の声がすぐ後ろから聞こえたからだ。全く気配を感じなかった……。振り向くと返事をしたツツエと呼ばれた女と、もう一人の女が戦闘服姿で立っていた。
「カーナミィとアトオリを連れて行きなさい。あなたとエンペだけでは荷が重いでしょう……よろしいですね?ヨキルア女史」
「はい。オグナバス様がおっしゃるなら……タエアナ、お二人をお呼びして」
「かしこまりました」
タエアナは小走りでオグナバスの後方へと姿を消した。
「ヨキルア女史と私の部下四人が同室させてもらうよ。これが最大限の譲歩だ」
ハルは先程ミボダー侍従長とヨキルア侍女長がやったように左胸に手を当てた。
「構いません。このような機会を作っていただき、誠に感謝致します」
「では行こう――」
一同がぞろぞろと揃って歩き出した。静かな廊下は皆の吐息と響く足音と衣擦れの音で騒がしくなった。
「そうだ、勇者ミスト。謁見の場は男子禁制の王妃の寝室だ。くれぐれも不躾な言動は慎むようにお願いする――」
ん?王妃の寝室……?
「それと忘れない内に申し送りしておくが、君には守秘義務が生じる。今後王妃の寝室に入ったなどとうっかり口を滑らせでもしたら、容赦ない審問が待っていることだろう」
「なぁ?今このぉっさん、王妃の寝室って言わなかったか?」
「ああ言った。やっぱり俺の聞き間違いじゃなかったんだな……」
俺とイルーは隣にいるハルに視線を送った。
「……あはは……だって、急遽研究所を使わせてくれなんて無理なお願い、なるべく偉い人に頼んだ方がいいでしょ?」
道理で警備が厳重なわけだ……。王様の妃と真夜中の密談ってか!?一体全体何を話せば良いんだ……。心の準備はもとより、何の準備もしてないぞ……?
「ミストはいつも通りにしていてくれれば大丈夫だから……」
「ハル、しっかりお願いしますよ。あなたと言えど、考えなしに持ち込まれた交渉ごとを快諾する方ではないのだからね……まあ笑える余裕があるのなら平気かな」
「……」
扉の前ではタエアナと二人の女が待ち構えていた。恐らく俺達と一緒に王妃の寝室に入る二人である。
「私はここで待たせてもらう。間違っても判断を見誤らないように頼むよ」
「かしこまりました。……団長、もし私達の意向が通らなかった場合――」
オグナバス団長は急いでハルの肩に手を伸ばした。
「ハル。悪い考えはおやめなさい。きっと成功する。妃にもきっと伝わるはずだ。健闘を――」
ハルは頷いてからオグナバス団長に自身のブロードソードを手渡した。それから一同は、扉を開けたヨキルア侍女長の後に続く。扉の中は小さな待合室になっていた。奥にまた扉がある。
「私が良いと言ったらお入りくださいませ」
「はい」
ヨキルア侍女長はひとり、奥の扉の向こうへと入っていった。あの扉の向こうに俺達の生死を左右する人がいる。
「ハルさん、ありがとう――」
ツツエの小声がハルに投げられた。
「赫髑王を倒してくれて」
「いえ、倒せたのは私だけの力じゃないんです。ミストを始め、沢山の人が協力してくれたから……」
「だとしても発起人はあなたでしょう?赫髑王が倒されたって一報が届いた時の、皆の喜びようったらなかったわ……歓声がおさまらなかったもの」
「私からもお礼を言わせてください――ありがとうございます。ハルさんは私達に希望をくれました」
「できるわけないって、反対する声もあったでしょ?それをはねのけて、あなたはやってのけた。それが何処に行っても魔物の脅威に晒される私達を、どれだけ勇気づけてくれたか……」
「でも……」
「でももヘチマもねぇぜ!褒めてくれてるんだからょぉ、素直に喜んどけばいぃんじゃねぇ!?」
何故かハルが俺の顔を見上げる。そんな困った顔をされてもこちらが困るんだが……。
「……俺は記憶がないから何とも言えないんだけど……ハルは凄く頑張ったんだろ?……もし贖罪のことがあって素直に喜べないのだとしても、それはそれとして善意はちゃんと受け取っておくべきだと……ってゴメン!偉そうなこと言って……」
ハルは瞳を潤ませてから俯いた。耳の先がほんのり赤くなっているような気がした。
「……お役に立てたのなら、幸いです」
「お入りください」
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