“白夜の帳”
「ええっ!?」
水晶はゆっくりと体を斜めにしていった。ある線を越えて急に地面へ吸い寄せられるようにヒュッと倒れると、盛大な音を立てて粉々になった。
「ぬぁにゃってんだょ~!」
「あーあ……」
急にハルがおかしくなってしまった……。
俺は落胆した。しかしハルは粉々になった水晶などお構いなしに、柱の前に屈んで何かをしている。そして俺は、散らばった水晶の欠片を見て不思議なことに気が付いた。欠片はそれぞれ均等な大きさに、整った形をしていた。更に奇妙なことに、水晶は漏れなく欠片となったようだ。あんなに大きかった石が、一回の衝撃で全て小さな欠片になったりするだろうか?一部が欠けたり、半分に――若しくは三つに割れたりということもなく……。
突如としてハルの方から光が差した。覗き込むと、光る床が柱の下へスライドしていくではないか。その半畳ほどの床が完全に姿を消すと光も収まる。そしてハリウッド映画やアニメでありがちな、地下へと続く階段が姿を現したのだった。
「なぁ……まだかょ~?」
暗く狭い階段をひたすら降りていく。もうどれくらい降りただろうか……。終わりが見えない分、時間が長く感じているのかもしれない。
「山のような中央区を見ていたから、てっきり登るものかと思ってたんだけどな」
「中央区は三層構造になってるの。“白夜の帳”はその最深部、地下空間なの。このまま一番底まで下ったところ」
「ょかったな。こっからまた山の上まで登るってぃわれなくてょ」
「まったくだ」
この道は長い間使われていないのだろう。荒れ放題で恐る恐る歩く必要があった。しかしハルはそれからも道に迷うことなく細道をそそくさと進んだ。途中鍾乳洞のような空間や、鍵のかかっていそうな――実際はかかっていなかった――鉄の扉を抜けた。そして遂にその光の漏れる小さな扉の前まで辿り着いた。地下深くにもかかわらず、滝が落ちるような水の音が聞こえる。ハルは躊躇せずその扉を開けた。
「……ぉいぉい……俺達は地下にぃるんじゃねぇのかょ……」
「そればかりか、まだ夜の筈だぞ?」
俺達の目に飛び込んできたのは、広い広い水面とそこに落ちる何本もの滝、降り注ぐ日の光、そしてこの空間の中心に浮かぶ大きな島だった。
この空間は俺にダムの底を連想させた。周囲を見渡せば、左右対称に弧を描く崖で囲まれている。俺達は水の入ったコップの水面の少し上から、ひょっこり顔を出している状態だ。スケールがまるで違うのだが……。崖の上部は強い明かりのせいでどうなっているのか判別はできない。そのせいでまるで天上界から滝が落ちているような錯覚に陥る。滝の飛沫がさながら白い煙幕のように漂っているため、遠くの景色は白く霞んでいてよく見えない。この大空間があのネオン煌めく山の直下なのだろうか?とても想像できない。
そして理解しがたいのが、視界いっぱいに広がるほどの大きさを誇る島――もとい“天空の城”である。ここからでは只々、土色の側面を拝むことしかできない。その独楽のような形の島――というか土地そのもの――は確かに水面から距離を置いて、そこに大きな影を落としている。――三文字の呪文を唱えると、崩壊し始めたりするのだろうか?
「あそこが“白夜の帳”……?」
「ううん。この地下空間そのものが“白夜の帳”。――まあ厳密に言えば、この空間の上部に設置された魔法装置が“白夜の帳”。あそこに吊るされているのはグランディヌル宮殿」
「宮……殿……?」
ハルはずっと背負い続けていたリュックを下ろしていた。そして中からサッカーボール程の革製のボールを取り出すと、頭上に勢いよく投げた。ボールはそのまま俺達の視線を縦に横切って、静かな水面に着地した。できた波紋が俺達の立つゴツゴツの岩肌に当たっては消える。俺とイルーはこれから何が起こるのかと、固唾を呑んでそのボールを見つめた。
「……」
「……何も起きねぇじゃねぇか!」
「……お願い。気付いて……」
すると俺達の目の前だけ、水の色が段々と濃くなっていくではないか。そしてすぐにその範囲は、水面から数センチメートル浮上する白い巨躯へと姿を変えた。
「何じゃこぃっはっ!?」
「ガー君」
「……は?」
「ガー君……だけど?」
俺達はガー君の背中に乗って宮殿まで渡った。ガー君はどうやら鯨に似た水生生物のようで、軽く見積もっても二十メートルはある巨体だ。ただ背中しか見ていないので、真偽の程は何とも言えない。鯨のように縦長ではなく、もっと横に太い。背中のシルエットは鶏の卵のそれに近い。ハルとは旧知の仲だという。
お陰で俺達は難なく、宮殿のすぐ下までやってくることができた。被害はせいぜい足の先が少し濡れるくらいである。
宮殿の影に入ってから、少し進んだ所に縄梯子が下ろされていた。これを目で辿ると、確かに島の底部の斜面へと繋がっている。しかしとても長い……。ハルは名残惜しそうにガー君に別れを告げて、縄梯子を上っていった。俺も渋々後を追う。
「ハル様!」
顔を出したハルを明るい声が出迎えた。
「タエアナ……!」
「良かった!よくぞ、ご無事で……!」
俺達は縄梯子から島によじ登った。ハル曰く脱出用の通路だというその場所は、ぬかるみが溜まっていて非常に歩きにくかった。その通路の奥には壁に据え付けられた金属製の梯子があった。
「ありがとう。……この通り、見るに耐えない格好だけど」
「クス……そちらが――?」
鉄製の梯子を上りきると、そこは暗い物置部屋であった。掃除用具やら、何に使うのかわからない小道具等が整頓されて置かれていた。掃除が行き届いているのか、埃が被っている様子はない。しかし湿気た部屋の空気から、日常的に使われている部屋ではないことが推測できた。そんな部屋の一角に俺達は顔を出して現れた。
「ミストです。一応勇者です。それと――」
もはや隠しても仕方ないだろう。
「モフモフ専用機――って言ぃたぃんだろぉ?」
「――のイルーです」
「こんにゃろーっ!」
「ふふふ……ハル様、面白いご友人をお作りになりましたね」
タエアナは恐らくこの宮殿の使用人だろう。ハルと似たり寄ったりの年格好である。幻灯虫のランプを消していっそう暗くなった室内でも、そのくしゃっとした笑顔が可愛らしい。
「タエアナも元気そうで何よりね」
「ありがとうございます。――どうぞ、こちらへ」
部屋を出ると驚くほどの静寂が俺達を包み込んだ。さっきまでとは打って変わって、今が誰しもが寝静まる深夜であることを思い出させてくれる。俺は足音を殺しながら、上等な絨毯が敷かれた廊下を進んだ。階段を上がっても、どこまで続いているのかわからない――長い長いトンネルのような――廊下は変わらずにあった。タエアナの持つ灯りが俺達の影を後ろへ長く伸ばしている。
角を曲がると別の灯りが見えた。タエアナとハルがそこに駆け寄る。新たな二人の影が移ろいだ。ハルの様子から察するに敵対相手ではないようだ。
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