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鉄血 Part3

「そこまで!」


 轟ッ!!


――凄まじい音だった。きっと町中の人達が不本意にも安眠を妨げられたに違いない。俺とハルは自分の影が長く正面に来る場所にドサッと倒れ込んでいた。何が起きたのか……?


「ぅ゛ぉ゛ぉぉん!!ミストぉ~!」


 イルーではないか。何処にも入れられていない、丸腰のいつものイルーだ。俺の顔に涙と鼻水を付けにやってきたのだ。どうやらあの世ではないらしい……。俺はイルーを抱きかかえて微かに聞こえる足音の方を振り向いた。


「シュートンおじ様……やはり」


「ハル……」


 シュートンと呼ばれたそのほっそりとした――俺と似たり寄ったりの正装に身を包んだ老人は、そっとハルの前に立つとハルの手を握った。そればかりか両膝を地面について、信心深い教徒がお祈りするような姿勢を取って言う。


「う゛お゛おぉん!!ハルよ~!」


 途端にシュートンは泣きながら、大声でハルの名を叫び始めた。口髭を拵えた俺よりも遥かに年上の御仁が、若い女にすがっている。何か、複雑な気分だ。


「すまんかったーっ!すまんかったのー!どうしてもこうしなければならなかったんじゃー!許しておくれー!ハルよーっ!すまんかったーっ!」


「……はぁ……シュートンおじ様、それではわかりかねます。一から説明をお願いします」


 ハルはそうは言いつつも、心底ホッとしたようなため息を漏らした。


「あんたが正気かどうか、確かめる必要があったんだよ」


 今し方大爆発を起こした張本人がこちらに歩いてきていた。その声を聞くやいなや、シュートンはクルッと顔の向きを変えて言った。


「この意地悪魔女め!あそこまでやらんでもよかろうに!ワシが来なかったらどうするつもりだったんじゃっ!」


「住人に詰め寄られる前に場所を移した方がよくないかい?耄碌(もうろく)(じい)


「ふんっ!誰のせいじゃ!」


 シュートンがそう言い終わる前には、俺達は揃ってどこかの屋根を踏んでいた。建物の壁に囲まれた視界は、一瞬にして住宅街の屋根屋根を一望できるものに変わった。屋根の縁からは拘束されたままのビュッテとモアレアが見下ろせる。


「ぅぉっ!ぃつの間に!?」


「ハル。あんたは火傷の手当をしな」


 クシアはそう言って俺の前に片膝をついた。そして自らが開けた俺の体の穴の様子を探り始める。いつものハルの治療を想像していた俺は度肝を抜かれた。


「ぐわっ!!!」


 激痛が走る。俺の腹部をクシアはグッと力を込めて押し上げたのだ。俺は変な声を上げて体をひねり倒した。そして俺の体から離れたクシアの手には、赤黒い鉛玉が握られているのだった。


「悪かったね。あんた達の目的が治安維持に引っかからないか、見定めるために()らせてもらったんだよ」


「ハルはそんな子じゃないもんっ!いくら言っても聞かんのだから。このきかん坊!」


「はぁ……タチの悪い術で操られているってこともあり得るだろうに……それこそ勇者の能力で、という可能性も捨てられない。私達の役目はハルの潔白を保証することだって、何度言ったらわかるんだい?唐変木」


「それにしたって、もっと穏便な方法があったんじゃないかって言ってるんじゃ!この石頭!頑固者!杓子定規!石部金吉!」


「なら話し合いでもしろってのかい?それこそ時間がいくらあっても足りないね!人は嘘をつくんだから。けれど命の取り合いになると嘘はつけない。操られていたとしたらボロが出るし、連れの坊や達との関係性もわかる。代案を出せなかった自分を恨むことだね。文句垂れてるだけじゃ自分が阿呆だと自己紹介しているようなもんだよ」


 俺とイルーは大層元気な二人の様子をポカンと口を開けて仰ぎ見ていた。そんな俺達を見かねてかハルが口を挟む。


「……あぁ、シュートンおじ様です。流星のシュートン。クシアおば様に並ぶ、凄腕の騎士です」


 建物の下が騒がしくなった。駆けつけた応援の衛兵達によって、騒動の犯人探しが始まろうとしている。ビュッテとモアレアの手枷も解かれたようだ。


「ふん!もっともらしいこと言いよって!お前さんはどうせ、すんなり負けを認めるのが嫌だっただけじゃろ!?」


 クシアがニヤリと口角を上げた。


「そりゃあ“鉄血”が簡単にくたばるわけにはいかないだろう!?“リ ア リ テ ィ”ってやつだよ。()り合う以上は本気でやらなきゃね。どこの誰がどこから見てるかわかりゃしないんだ。八百長なんてしてられないよ」


『はぁ……』


 俺達は揃いも揃って気の抜けたため息をこぼした。


「本気で死ぬかと思いました」


「ぉ、俺は二人のこと信じてたからなっ!絶対に負けなぃって」 


「いや、自分のことはいいから二人で逃げてくれとか何とか言ってなかったか?完全に俺らの敗北を確信してたよな……?」


「――筋書きはこうさ……私は深夜の散歩中にたまたま出くわした不審者と交戦。健闘空しく敗北し、不審者はどこかへ逃亡……」


「あ、今後何を聞かれても、ワシの存在はなかったことにしといてくれな?」


「でもぃぃのかょ?決め手に欠いた二人の負け。ょくて引き分けって勝負だったぜ?」


「いいや、なかなかどうして。いい線行ってたよ。二対一だったし、今回は勝ちをくれてやるさね」


 そう言ってクシアは間近にそびえる中央区へ目を向けた。


「――私達の依頼主が待ってるよ。早く行っておやり」


「ハル。良ければワシが入り口まで飛ばそうかの?お詫びも兼ねて……」


「こらっ!逃亡の手助けをしろなんて頼まれちゃいないよ!……あんた達だけで行けるね?しくじるんじゃないよ!仮にもあんた達は“鉄血”を降した実力者なんだから!」


「はい!」


 俺達はそのまま屋根から屋根へ飛び移りながら先を急いだ。気付けば痛みこそあれど、傷口からの出血は止まっていた。


 ハルが地面へ降りたのは、その儼乎な佇まいが教会や修道院を思わせる立派な建物の前だった。こぢんまりした住宅が多いこの地区には、似つかわしくない広壮たる建築物だ。

 裏口へ回り、鍵の掛かっていない扉を開けて中へ入る。広々としているが、天井は低い。古書店か図書館かという具合に、幾多の棚が細い通路を作っている。ハルは幻灯虫のランプを手に取ると階段を降りた。地下も同じような空間になっていて、そこを奥へ奥へと進んで行く。棚には駅にあるコインロッカーのように、整然と沢山の開き戸が並んでいた。開き戸の上部には小さく人の名前が書かれている。


「……ここはムヴァンシア集落墓地。遺骨が納められている場所」


 お墓か……。見たところ墓石はどこにもない。この小さな開き戸の中に遺骨が預けられているのだろう。どちらかというと大きな納骨堂といったところか。

 ハルは数ある柱の一本の前で立ち止まった。そこには柱に寄り添うように巨大な縦長の石が立っていた。水晶のような透き通る美しい石である。石の前には注連縄のようなロープが張られていて、おいそれと触れられないような雰囲気である。


「七賢者様、申し訳ありません」


 ハルはそう言うと、その巨大な水晶を勢いよく蹴り倒した。

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