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Your Name.

「……うん。まず私とモココは――あーモココは魔法学の研究者なのだけど――一度目の究極魔法でしか蓄積は起こらなかったという仮説を立てたの。二度目の発動は古代魔法によってもたらされたのだけれど、それが古代魔法の特性なのではないかという根拠のない仮説」


 繁華街の大通りを横断した俺達は、再び薄暗い路地へと身を潜ませた。日本の飲み屋街を彷彿とさせる通りに目移りしていた俺は、少し後ろ髪を引かれる思いであった。


「そんな根も葉もないものを、新陽の雷霆や作戦本部の面々は納得せざるを得なかった。現にミストは魔王化していないし、赫髑王はちゃんと討伐できてたから――後はモココの分析を待つことにして棚に上げられたの」


「なぁんか、ょくわからねぇけど。それだけ聞ぃてたら、やっぱり今の状況は違和感がぁるよなぁ?」


「俺もそう思う。――私はこれまで幾多の魔法を発動させてきました。まさか魔王化の器が溢れそうだとは微塵も思わずに……計算が合わないとは、そういうことですね?」


「そう。ミストは道中数多くの魔法を発動させてきた……波の殲滅戦では蓄積量が並みじゃないはずの上級魔法も連発していた。すでに器は満杯の筈なのに……。私はミストの器が特別大きいものと決めつけていた。けれど、それを無視できない事態が起きた――」


「――バギタ村を上昇させた魔法……ですね?」


「そう……。あんな広範囲の大地を一瞬で数十メートルも上昇させるなんて、上級魔法どころじゃない。あれは地形変動魔法。クラスで言うと赫髑王を葬った魔法と同じ超級魔法よ。超級魔法を三度も発動させて魔王化しない落とし子なんて……前代未聞の異常事態……」


「……」


「ぅおぃ!黙ってなぃで、本当のことを話したらぃいんじゃねぇの?」


「本当のことも何も、俺は本当に何も知らない……イルーこそ俺の使い魔だろ?何か知ってるんじゃないのか?」


 イルーは首を傾げた。


「……お手上げだな」


 住宅がひしめく中の開けた土地に出た。開けたとは言っても、団地の一角に設けられた小さな公園ぐらいの広さである。ハルはそこに根を張る大きな木を一周しながら、しげしげと見上げる。そして立て掛けた剣を足場に、ひょいと幹に飛びついた。


「なんだょ?何かぁるなら、俺が行くぜ?」


「いいの。よ……っ。私が取りたい……のっ!」


 ハルはどんどん上に登っていって、細い枝の上に立った。何やら頭の上で両手を動かして作業している。イルーが心配して付いていったが、枝が折れやしないだろうか?大木の周りには、何事かと言わんばかりに幻灯虫が集まっていた。闇夜に滲む光の残像が木の凸凹した表面の其処彼処を照らしている。

 少し目を離した俺の足下に、ドサッと袋が落とされた。少ししてハルが華麗な着地を決めて戻ってくる。ハルは袋から伸びた帯に腕を通して袋を背負った。どうやら膨れたその袋はリュックサックだったようだ。


「“――”よ。私の本当の……いえ、日本での名前――」


 ハルの横顔から唐突に発声されたその声は、嫌でも俺に郷愁を奮い起こさせた。ハルの口から発せられたのは、イルーの翻訳機能を介さない()()()()だったからだ。口の動きと音がミスマッチではない、完全に同期された言葉だ。その音は馴染みのある名字と、“ハル”にとても近いファーストネームを俺に明かした。


「ミストにもあるんでしょう?日本では何て名前だったの?」


「……私の本当の名前は――」


 俺は正直に明かした。()()()ちゃんと答えられる。


「“――”と言います……」


 ハルの顔がこちらを向いて手を差し出した。その強気な表情は俺を見て微笑んだ。


「はじめまして、“――”」


 俺は手を握り返した。


「どうぞよろしく、“――”()()


「どうせだから堅苦しいのは、なしにしない?共犯者同士、ね?」


「それじゃあ……よろしく、“――”」


 ハルはとびきりの笑顔を俺に向けた。俺は照れながらもしっかりと手を握った。


「ちぇっ!なんだょ!?ぉ二人さんだけでぃい雰囲気になりゃがってょ!?」


 イルーが俺達の頭上でふてくされている。


「あ、ごめん。忘れてたー」


「なんだ、いたのか……」


「――ちぇっ!ちぇっ!」


「ふふ……」


「あはは……」


 ハルはイルーを両手で引き寄せると、優しく抱きしめた。


「イルーも良かったら覚えていて。私の本当の名前を――この世界の他の誰も知らない、私の本当の名前……」


「俺もだ。この世界で本当の名前を知っているのは、イルーとハルの二人だけだ」


「んぬぬぬぬぬ……んだーーっ!」


 イルーはイルカが海面から勢いよくジャンプする様に、ハルの腕の外へ跳ね出した。


「そぉぃうことなら覚えてぉいてゃろぅ!“――”に“――”だなっ!任せろ!」


 イルーのジャンプに驚くように、木からは無数の幻灯虫が飛び立った。アトランダムに明滅を繰り返す虹色の光達は、俺達を様々な色で染めるのだった。

 ふと横を見ると、同じく呆けて(くう)を見つめるハルがいた。その光のショーが幕引きとなるまで、俺達は肩と腕が触れ合う程の距離で佇むのだった。



「……それで結局のところ、この都市に来た理由は――?」


 ハルの目から笑みが消えて真剣な眼差しへと変わった。一呼吸置いてから、そっとその言葉は俺の耳へと届いた。


「これからあなたの身柄を第一魔法研究所へ護送します」


「第一魔法研究所……確か国内随一の魔法研究機関」


「そこでなら、ミストが魔王化しなぃって証明できるかもしれねぇってことか!」


「この体がそんなご都合主義設定であって欲しいと、心から思うよ……」


「そうね……ミストは魔王にはならない。そう判明するのが、一番。けれどそんな保証はどこにもない。検査しても何もわからないかもしれないし、検査中に魔王化が始まってしまうかもしれない。……そして一度研究所に入ってしまえば、恐らく脱出は不可能。甘んじて検査結果を受け入れるしかなくなる……。それでも私を信じて、一緒に来て欲しい……私も……」


 ハルはそのまま言葉を詰まらせてしまった。目がキョロキョロと泳いでいる。どうしたことか?ハルは下ろした両拳をぐっと握ると、意を決したように息巻いて口にした。


「……私も……ミストの味方だから!」


「は?」


 ハルは尚も真剣な眼差しを俺に向けてくる。その頬と耳先が心なしか赤らんでいるよあに見えた。


「……ぷっ……あははっ……あっはっはっはっ!」


 俺は堪えきれずに笑い出してしまった。これを笑わずにいられようか?


「ど、どうして笑うの!?真面目な話してるのに!」


「あはは……ごめん……あはっ……だって……だって……。ハルは……俺がこの世界に来てから、ずっと……ずっと俺の味方でいてくれたじゃないか……!」


 ハルの顔にはっと驚いたような表情が浮かんだ。まさか自覚がなかったのだろうか?なんともハルらしい。


「あはっ……それを……今更……わはっあははっ!」


 ハルの顔が次第に赤くなっていく。初めて見るハルのおかしな表情に、俺の笑いはエスカレートしてしまった。


「も~!嫌い!今すぐ笑うのをやめないと、連れて行ってあげないんだから!」


「はぁ、はぁ、それは困るな……はぁ……悪い、悪かった」


 俺には始めから選択肢なんて用意されていない。


「はぁ……。しかしここまで連れてきておいて、予防線を張られるとはね」


 けれど、それでいい。


「そんなつもりじゃ……!」


 少しでも生き残る可能性がある道へ――


「いや、ハルが俺のことを考えて決めてくれたん……でしょ?なら、俺は甘んじてその運命を受け入れるよ。ありがとう、ハル。そして、ごめん。俺のことでいつも頭を悩ませてくれて……俺も自分にできることを考えていくよ」


「う……ん。私も……色々黙っていてごめんなさい……」

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