王都ユニルミザハレント
「お、王都っ!?」
てっきり辺境の地への逃避行だと思っていた俺は混乱した。王都といえば、政府の中枢があるのではないのか?シークを差し向けた参謀室というのも、ここ王都に拠点を構えているのではなかっただろうか?まさか憂さ晴らしに、敵の牙城に殴り込もうとでも言うのか?
「あそこかぬぁ!?」
「はい!合っています!ミストっ!跳ぶから!」
ハルはそれまで竜の首越しにだらんと垂らしてた片足を、もう一方の足の元へと持ってきて両足を綺麗に揃えた。さながらこれから演技を披露する体操選手のような顔つきである。
「……まさか、この高さから飛び降りるんですか!?」
ハルは真面目な横顔で俺を見上げて、コクリと頷いた。いや、マジでカチコミでも決めるつもりらしい……。
「流石にこの高さからの着地を試したことはありません!それでもですか!?」
「――それと!なるべく魔法の発動は最小限に抑えて!頼んだからね!!」
「……」
どうやら拒否権はないらしい……。しょうがない。ぶっつけ本番。やるしかない。ハルに少し避けてもらい、俺も片足を持ってきて両足を揃える。
「ぬぁはは……!上手くいくことを願っているぬぁ!」
「無理を聞いていただいて!ありがとうございました!」
「ぬぁら、おさk――イルー君も報酬として頂こうかな?きっといい出汁が――って、冗談だよ……僕の方も願ったり叶ったりの取引だったからぬぇ!こちらこそ、謝辞を述べさせてもらうよ!ありがとう!」
それからビンテンはゴーグルを自身の――猫の額とは思えないほど――広い額までずらした。
「ミスト君!君との合縁奇縁の末に心願成就できたよ!願わくば、君とそのお姫様が天寿を全うできますように!」
「あー何が何やらわかっていませんが……お世話になりました!」
「……行きましょう!」
俺とハルはせーのの掛け声と同時に、踏み場のない暗闇へと飛び込んだ。町の灯りが目まぐるしく視界を飛び回る。体を広げて風を全身に受けるように努める。そうすると姿勢を水平に保つことができて、視界は安定した。手に温かい感触が伝わる。見ればハルの手指が俺の五指の間を通って、俺の手をしっかりと掴んでいる。
徐々に迫り来る目印の池は、途中で視界から離脱した。あとは点在する木々と草原である。目一杯地面を引き寄せてから、着地の魔法を数回発動させた。概ねハルの忠告通りだろう。最後はタイミングが早まってしまい、俺は草の上に盛大に尻餅をついて着地を決めた。
「――い゛だっ!……っー!」
「……っ!」
ハルから息が漏れた。俺はハルの身を案じて声を荒げた。
「ハルさんっ!?大じょ――」
「――ぷっあっはっはっ!あーっはっはっは!」
ハルは大きな素振りで仰向けに寝そべった。そして吐き出したのは、盛大な笑い声だった。大の字になって小刻みに胸を揺らすハルに、イルーが声を掛ける。
「ぉい、おぃ。大丈夫かぁ?頭でも打っちまったのかょ?」
「あははっ!やったわ!出し抜いてやった!――ざまーみろぉっ!!あははっ!」
俺とイルーは顔を見合わせた。イルーの顔色は本調子とまではいかないにしろ、元に戻りつつありそうだ。俺は二人の様子にひとまずホッとした。
「どうやら、心配いらないみたいですね……」
「――だな」
ハルの高らかな朗笑は天に昇っていった。その声とは打って変わって、上空には相も変わらず分厚い雲が層を成していた。ビンテンが跨がる竜の姿は既にそこにはない。「はぁ……はぁ……」と笑いの余韻を数回味わったハルは、突如ムクッと上体を起こした。
「こうしちゃいられない――」
そう声を漏らしながら、忙しなく立ち上がる。すると身を翻してスタスタと歩き始めた。俺とイルーはもう一度顔を見合わせてから、ため息混じりに後を追った。しかしそれも束の間。ハルの方を再び見やると、既にその姿は遠くの街頭に照らされている。俺は小走りで追いつくも、ハルは足を止めなかった。
「何を急いでるんですか?」
「きっと当直の魔道士がここに向かってきてる。今の着地の魔法でね」
「当直の魔道士?」
「ぉいぉい、今のほんのちょびっとの風魔法が――その誰かに覗き見されてたってぃうのかょ?」
「その通り。市街地全域には魔法の発動を感知する結界が施されているの。許可された領域外での魔法の使用は取り締まりの対象――入都手続きもしていないし、見つかったら即座にお縄ね」
ここで突然ハルが足を止めたので、俺は足に急ブレーキをかける羽目になった。ビシッとハルの人差し指が俺の両目を寄り目にさせた。
「――という訳で、これより不必要な魔法の使用は控えるように!いい?」
「は……はい」
そのまま人差し指はイルーの方へ向きを変えた。
「ぉ……おぅ」
ハルはニッコリと微笑むと踵を返して歩みを再開させた。より足の運びが軽やかになったハルを追いかけて、小川や連なる木立、ぽつりと建つ小屋を抜ける。そしていつの間にか景色は変わり、家屋が建ち並ぶ住宅街へとやってきた。ハルは細い路地を右へ左へと進んでいった。途中明らかに人の家の敷地内を横断したり、石でできた塀の上を綱渡りしたり、子供しか通らないような生け垣のトンネルを潜ったりした。
「それにしても、どうしてわざわざそんなセキュリティが万全の敵の懐へやってきたのですか?」
歯に衣着せないように言えば、落とし子ハルを危険視する参謀室のお膝元まで馳せ参じた理由である。
「……計算が合わないの――」
薄暗い路地から店の灯りが漏れる明るい大通りに出た――その場所は多くの住民が寝静まったであろう今際になっても、多くの店が営業している繁華街であった。喧騒の中、顔を赤くした人々が路地を行き交う――。
「ミストは赫髑王戦での記憶がないんだよね?」
「え……ええ。かなり朧気にしか……」
「ミストが赫髑王を葬った魔法は、物質を最小単位まで分解する究極魔法。魔法のクラスで言うと超級魔法……世界広しと言えども、今の世にそれを発動できる魔法使いが果たして存在するのかという代物――計算上はたった一度の発動で落とし子が即魔王化しかねない、とても強力な魔法なの。それをあなたは都合二度発動させた」
「……」
俺は呆気にとられてしまった。この期に及んで新たな事実を聞かされることになるとは……。俺のそんな気配を察知したのか、ハルは立ち止まって弁明を始めてしまった。
「っ……しょうがないでしょ!?私はほんの昨日までミストを送還する気でいたのだから……!」
「……ふぅ……それで魔王化しているはずの私が、何故こうしていられるのですか?」
俺はハルに再び歩くように促す仕草を見せた。ハルは口を動かしながら足を動かした。
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