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飛翔

 ドッ!


 腹部に衝撃が走った。ハルの茜色に染まった短い髪が、俺の脇腹を確かに押している。振り返った俺に向かって、ハルが体当たりしてきたのだ。崖の縁にいた俺に、踏ん張る余地は与えられない。俺の両足はあっけなく地面から離されてしまった。

 そしてハル自身も勢いを殺すことはできずに、ただ重力に身を委ねるしかない。俺とハルの体は共に、漆黒の闇に投げ出された。水滴が逆さまになった視界の上から下に流れる。


 ハル……。そりゃないだろ……?君と死にたいだなんて、俺は言ってない。


 俺はハルの体を抱き寄せた。自然と腕に力が入る。そんな腕の中から、力強い息吹が目を出すなどと誰が予想できただろうか?俺の腕を押しのけるように、ハルの体が大きく息をした。


「ミストぉっ……!着地ぃっ!!」


 耳に飛び込んだハルの叫び声に、俺は咄嗟にいつもの魔法を発動させた。今まで幾度となく使用してきた風魔法。今さっきも《人間ロケット》の着地に使った俺の十八番。俺は背中一面にその魔法を発動させた。


 ドンッ――


 俺の背中に伝わったのは、何かにぶつかった軽い衝撃――それと覚えのある、ほんのり暖かなつるつるとした感触だった。

 真っ暗な海と崖が、遠ざかっていくのが見える。背中の方向に引っ張られる感覚がある。上昇するときの()がかかっているのだ。


「ミストっ!重い……!」


 腰から下は宙ぶらりんである。風に吹かれる下半身を、ハルがベルトを掴んで支えてくれていた。俺は腕を上げて手探りを続ける。そしてどうにか掴めるところを見つけて、腕に力を込めた。身を翻してよじ登る。

 俺はその大きな丸太――というか、舟を逆さにしたような弧線に跨がった。前方から強い風が絶え間なく襲ってくる。しかしその弧線の上には、革製の持ち手が至る所にあった。そのため落下の不安はあまり感じない。ハルは夜空に向けて、花火のような閃光弾を続けざまに三発打ち上げた。


 俺の目に飛び込んできたのは――顔こそこちらに向けているが、足を向こうに出して体の向きを変えようとしているハルの姿。――そしてその背景を占領する、視界の左右両端に収まりきらないほど長く、そして力強く伸びた翼。――更にその先に跨がる人影と、更に先に伸びる太くて長い首だった。

 俺は竜の背に乗っていた。それが目映い閃光弾によって確かに証明されたのだ。ハルは手とお尻を尺取虫のように交互に動かして、竜の頭の方に進んでいく。俺もそれに続いた。この尻尾の付け根辺りだと、何となく居心地が悪そうに思えたからだ。

 俺は竜の翼の付け根辺りに腰を落ち着けた。膝の裏が翼の骨をかわして足を下ろせる。椅子に座った格好となった。そこへ少し先にいたハルがグイと身を寄せてきた。俺の下腹部にハルの背中がくっつく。俺はこれ以上後ろへ下がれないので狼狽した。続けて両腕を掴まれ前に引っ張られる。お陰ですっぽりとハルを抱き抱える格好になってしまった。


 狼狽える俺の腕に触れるハルの手が温かくなった。これは……乾燥の魔法だ。俺は感極まって恥も外聞も忘れてハルにすがった。


「……っハルさん!」


「はぁい……?」


 ハルの気の抜けた声が俺の耳をくすぐる。俺はその声で確かに今生きていることを実感する。


「ハルさん……っ」


「なぁに……?」


 俺はこみ上げてくる安堵の感情を、声とハルを抱きしめている腕の力に変換した。


「――ハルさん、ハルさん、ハルさん、ハルさん……っ」


「……ちゃんと、ここにいるよ……」


「ぐすッ……」


 俺はハルの後頭部に顔を埋めた。髪の毛がバタバタと頬を打った。ハルの優しい声に涙腺が緩んだ。呼吸のたびにハルの体は少し膨らんでは萎んでを繰り返した。


「あぬぉさぁ……!?後ろでいちゃつかれると、ちょっと落ち着かぬぁいんだけどぉ!?」


「あ、あなたと違って私達は着込んでないんです!寒いんです!いちゃついてる訳では――!」


「――その声っ!ビンテンさん!?」


 声の主は顔中ぐるぐる巻きにした布を掻き分けて、顔を拝ませてくれた。


「ぬぁはは~!そうだよ~。ま~た何も聞かされてぬぁいぬぉ!?つくづく不憫ぬぁ落とし子だぬぁ……!」


 よく見えないが、ビンテンはきっと意地悪そうな顔をしてるに違いない。それが声からなんとなく伝わった。


「はっ!イルー……イルーはっ!?」


「ちゃんとここにぃるぜぇ……まだ痺れてっけど」


 ハルが持ち上げて見せてくれた。イルーはどうやら、ハルの小脇に抱えられていたらしい。


「良かった……良かった……。でも!どうして!」


「ん~……どこから説明していいのやら……」


「セイカ……!セイカとロアは無事なんですか?」


「ロアもセイカも無事。ロアは少し尋問されるかもしれないけどね……」


「あと一時間ほどぬぉフライトだぬぁ!たくさん喋ると喉壊すし、ちょっと黙っとくといいぬぁ~!」


 そうかと思い目をつむった。諸々の疑問が頭の中を駆け巡ったが、今は考えることを止めにしよう。すごい勢いで前から後ろへ風が駆け抜けていく。息が苦しい。少しはマシになると思い、またハルの頭に顔を埋めてみる。顔が暖かい。汗と皮脂のにおい。それと埃と何かが焦げたにおいがする……。


「はっ!す、す、すみません!」


 俺は小っ恥ずかしくなって手を引き抜こうとした。しかし、ハルはそれを許さなかった。ふるふると頭を横に数回振って、がっしり俺の腕を握って離さない。俺はそのままハルに委ねて包み込む体勢のまま再び目をつむった。胸の鼓動の高鳴りもハルに筒抜けだろう。


「……」


「……」


 そうして数十分過ぎた頃に、俺の下心はようやく落ち着きを見せた。しかし今度は夢見心地の――自身の体によって、ハルを潰してしまわないように気を遣う必要に迫られた。

 ゆらゆら揺られながら、全身を暖かいベールで包まれているのだ。今、竜の背の上は極上の揺り篭に他ならない。朝から動きっぱなしの俺は、気を許せば秒で眠りに落ちる自信がある。

 危機は去ったのだろうか?そんなはずはない。確かに暗殺者シークからは逃れられたが、それは問題を先送りにしたに過ぎない。時がくれば俺の魔王化が始まることに変わりはない筈である。そもそもこの竜は、どこへ向かっているのだろうか?魔王化をくい止める術の当てでもあるというのか?


 そうこう考えあぐねている内に、ふわっと体が浮く感覚によって意識ははっきりとした。


「高度に注意してください!」


「んぬぁこと言ったってぬぇ!見えぬぁいんだから~!」


 今までは天候とは無縁の雲の上を悠然と飛んでいたが、今度は徐々に高度を下げている。

 竜の体が右に傾いたかと思えば、右の翼の先がケーキを切るナイフのように雲に入っていった。そのまま俺達は空を漂う霧の中へ吸い込まれていく。しばらくはハルの魔法の効果も虚しく、凍てつく空気が体を震わせた。とてもじゃないが目を開いてなどいられない。

 それも束の間、視界が開けた。まだ遠いが、確かに町の灯りが望める。


「ハルさん……あの町は!?」


「ビンテンさん!このまま進むと、住宅地の一角に開けた土地があります!池が目印です!!」


「任せぬぁさい!」


 ハルは身を乗り出してビンテンに指示を送った。ビンテンは装着したゴーグルのレンズの縁を頻りに弄った。目的の地点を探しているようだ。近づくにつれて、町の全貌が徐々に見えてきた。なんと大きな町だろう。いや、町と言うには巨大過ぎる。

 手前から奥に伸びる二本の広い川には、大きく立派な橋が何本も架けられている。そこから広がるように、町全体に細い水路のような川が張り巡らされていた。そしてそれとは別に道を照らす街灯の光の列も、幹線道の数だけ何本も見える。それらはうねりにうねって遠くにある一帯へと伸びている。灯りが集約するその一帯は、周囲の土地よりも高い山になっているようだ。そして摩天楼が幾つもそびえ立っているように見える。まるで地球の大都市の高層ビル群を彷彿とさせる。一際明るいその一帯を中心に、住宅と思われる家屋が隙間なく密集して一面に広がる。その間を縫うように所々塀が築かれていて、数十という区画を作っていた。


「ここはユニルミザハレント!我がグランディオル連襲王国建国の地であり、人々の英知が集う場所。水と学問の都市!王都ユニルミザハレント!」

ご愛読ありがとうございます!

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評価ポイントとして入るようです!!


そして評価ポイントが高いほどランキングに入って

皆さんに読んでいただけるということで――


どうかブックマークと★評価よろしくお願いします!!!

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