心の原風景Ⅱ
そこでハルが動いた。百に届くかという閃光がシークに向けて放たれる。辺りが目映い光に包まれ、ハルの影が長く伸びた。リルン町で奴隷商に扮した俺を病院送りにした、あの技である。
俺の目がとらえられたのはそこまでだった。次の瞬間には足で踏ん張りを効かせて、滑りながら制動するハルが姿を現した。技の痕跡が長く地面に残る。……しかしその痕跡の周辺にシークの体は見当たらない。
「ああ!――疼く……っ!」
声は俺のすぐ隣から聞こえてきた……!咄嗟に顔を向けるとシークが恍惚の表情でそこに立っている。足元には蔦のように絡まる電光がビリビリと光を放っていた。こいつ、まさかハルより速く動けるのか!?
シークは更に畳みかけるように両手を広げて言い放つ。俺は後ずさりを余儀なくされた。
「惜しいっ!惜しいですよー!今のは実に惜しかった!見てくださいー。三発掠りましたー。判断が遅ければ致命傷でしたよー。ああ!――痺れる……っ!震える……っ!私はハルさんのことが好きです。大好きです!どうか私のことをとびきり……嫌いになってくださいーっ!」
「こぃつ……ィカレてゃがる」
俺はさっきのシークの第一声を思い出していた。シークはハルより先に俺が死ぬと困ると言っていた。思考は破綻しているが、理論まで破綻している訳ではない。シークは見境なく、手段を選ばずにやっている訳でない。
俺が死ねばハルが送還の呪文を唱える必要はなくなる。故にハルの魔王化も延期され、ハルを葬る動機がなくなってしまうのだ。シークはそれを恐れている。
俺は《人間ロケット》を発動して飛び上がった。
奇しくもシークからハルを救うのと、当初の目的であるハルの魔王化を先送りにするのは同じ手段で解決する。おかしな話だがシークのお陰で、俺はまたとない後押しをもらった形になったのだ。例えシークの気が変わりルール無用でハルを手に掛けようとしても、ハルが逃げ延びる時間稼ぎぐらいにはなるだろう……。
「逃がしませんよー♪」
シークの周りに雷電の筋が現れる。またあの爆発する魔法だ。俺は空中に舞い上がりながら、ありったけのシールドを形成してそれに備える。明滅が繰り返されて、爆発が起こった。シールドは粉々だが、俺はまだ無傷である。これで岬の先端まで行けるだろう。
空中でもう一度《人間ロケット》を放とうとする俺は、脚に衝撃を感じた。俺の脚からシークの剣が伸びている。シークが間髪入れず、追撃を仕掛けてきたのだ。しかし痛みは感じない。なぜなら幻灯虫に似た分厚い魔法障壁が、確かに俺の体とシークの剣とを隔ててくれたからだ。ハルの渾身の一撃を防いだ時のように、そのシールドは突如として俺に加勢してくれた。
驚くシークを尻目に目一杯海に向けて跳んだ。後方からは、剣戟の音が再び鳴り始める。時間の猶予はまだあるだろう。
俺は灯台を越えて地面に着地をすると、断崖絶壁の縁に急いで駆け寄る。腰に忍ばせていた短剣を取り出し、革製の鞘を手から放した。柄を逆手で握り、もう片方の手で柄頭を包み込む。
剣先を胸の――ここかという箇所に当てる。チクリと注射針が皮膚を破るような痛みが、胸の一点に集まった。生半可なやり方では成し遂げられない。回復魔法で一命を取り留めでもしたら、たまったものではない――この胸をひと突きした上で、崖から飛び降りる。波にもまれて呼吸もままならず、窒息か出血多量で死ぬ。完璧なシナリオである。
――畜生。ロアが首をはねてくれたら、どんなに楽か……。ロア……!セイカ……!
いつも励ましてくれた。前向きにしてくれた。お調子者に見えて、実は一番しっかり者のロア……。俺の見えないところで色々やってくれているのを知っている。ハルの介錯人として、笑顔の裏で葛藤があったに違いない。
ハルを助けるために俺に秘密を打ち明けたロア。恨んでなんかいないよ。お前のお陰で俺は頑張れたんだ。何も知らないまま送還されるより何倍も良かったさ。
格好いいロア。俺はお前みたいになりたかったんだ。お前みたいに頼りになる、強い男に憧れたんだ。
憚られるようなことでも、何でも口にするセイカ……。お前の思いもよらない言葉に、俺は何度助けられたことか。お前のお陰で幾つもの気付きを得られた。セイカのお陰で心の壁が少し解れたんだ。痛みを知っている――人の痛みがわかるから、人に優しくできるセイカ。
どうか健やかに育って欲しい。そう思えることで、俺の心は豊かになった。お前を助けたことが俺の自慢なんだ。お前の存在が俺の誇りなんだ。俺の希望なんだ。
――お前はなんも変わらないな。
瞼の裏には俺がいた。この世界に召喚される前の俺だ。あの雑居ビルの非常階段で、嗚咽をもらしていた俺そのものだ。
――まだ自分から目を背けるのかよ?イルーも悲しむぞ?
イルー……。最高の相棒イルー……。
いつもそばにいてくれた。孤独を埋めてくれた。持ち前の明るさが、眩しかった。セイカと三人でワイワイ騒ぐと楽しかった。何度も腹を抱えて笑った。あんなに笑ったのは、子供の頃以来じゃないか?全部お前がくれた、楽しい一時――
魔法でも世話になった。お前がいなかったら、とうに諦めてた。お前が横で口を挟んでくれたから、離れずにいてくれたから、ここまでこれた。
最後まで黙っていてごめんよ。けどこれで束縛とはおさらば――お前は自由だ。俺の元を離れて、どこまでも行ける。俺の分まで世界を見てくれ。俺の分まで幸せになってくれ。
大事な相棒イルー……。
そして――ハル……。
最後まで自身の魔王化を俺に話さなかったハル。俺を送還させると言い続けたハル。君は最初から魔王になることを受け入れて、それを望んでいたんだろう?過去の贖罪のために――。
でも、そんな結末誰が望んだ!?俺もロアも、イルーもセイカも、少なくとも俺達は誰も望んじゃいない!ただ君には、笑っていて欲しい。顔のまわりに花を咲かせる、あの“にんまり笑顔”でいて欲しい。ただそれだけ……。ただそれだけなんだ。
そのためなら、死だっていとわないさ……。死ぬべきなのはハルじゃない……俺だ!
――誤魔化すなよ。言ってるだろ?大元の感情に目を背けるなって。お前はどうして自殺を選ぶ?
俺がそうしたいんだ。ハルのために。自分のために。
――違うなぁ……。俺はあの時と同じだって言ってるんだぜ?あの時はまだハルと出会う前だったろう?あの時も今回も、大元は同じなんだよ。わかってるはずだろ?俺はお前だ。お前は俺なんだぜ?
……。
――ロアがいて、セイカがいて、イルーがいて、ハルがいて。仲間で旅して何を感じた?
……素敵な仲間と旅ができた。俺には勿体ないくらいの仲間だ。楽しいだけじゃなかった。辛いことも、苦しいこともあった。悲しいこともあった。……死に触れた。
けど、乗り越えてこれた。ここまでこれた。仲間を誇りに思った。掛け替えのない旅だった。俺は心底嬉しかった。
――じゃあ、どうしたいんだよ?
……こ……これからも……旅を続けたい……。
――そうだろう?それから?
いや、無理だ!俺はもうここで死ぬんだ!それは叶わない夢なんだ!
――いいから。……言うだけ言ってみろよ。言うだけはタダだろ?
……。
……皆と話したい。
……色んなところに行きたい。
……笑い合いたい。……皆のことをもっと知りたい。
……一緒に……いたい。
――そうだよ。詰まるところ、お前は生きたいんだ。それを否定はさせないぜ?生きたいとも何とも思っていない奴が、自殺なんか考えるかよ。なあ、そうだろ?そういう奴は只々、日々を生きるだけだよ。
無数の花びらが舞う、虹の架かる湖。この世界に来て初めて見た景色。……俺の脳裏にその光景が浮かんだ。あの時、湖に響き渡った咆哮が何故だか聞こえた気がしたんだ。
君は戸惑いながら微笑んだ。俺はこの世界で不器用でも生きたいと思ったんだ。
――人一倍、こう生きたいと願っているから……それが叶わないから自殺するんだ。お前が死にたいと願うのは――誰よりも“生きる”に向き合った証なんだぜ?
「死に……たく……ない……」
――そうだ。言っちまえよ。
「死にたくないよぅ……」
短剣が俺の手から滑り落ちた。
――お前の願いは何だ?俺の欲しいものは何だ!?
「俺は――!」
俺の胸の中からは精一杯の空気が外へ放たれた。
「……ハルっ!!君と生きたいっ!」
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