心とカラダ Part1
それは穏やかな朝だった。暖かい日の光がカーテンから漏れ、優しく俺の頬を撫でた。日本の旅館にあるような立派な大浴場が、心地よい寝入りを手助けしたのだろう。解された体は朝の気だるさを微塵も感じてはいなかった。
横のベッドでは相変わらずロアが鼾をかいて寝ていた。これは昼まで起きないコースだろう。
「ぉはょうさん。ハルから伝言――観光案内所で待ち合わせしましょう。とのこった」
「イルーおはよう。何時にだ?」
「んー適当でぃぃってょ。ハルもなんか準備がぁるらしぃから」
イルーは窓辺に腰掛けていた。カーテンが彼女の赤髪のようにふわりと風になびいた。潮の香りに混じって、花の香りが俺の鼻に届いた気がした。それから取り敢えず身支度を整えて、長い長い階段を下りようかという時だった。
「おーい。あーまだ寝てるー」
「セイカ。おはようございます」
「ミスト、おはよう――」
ノックもなしに部屋に飛び込んできたのはセイカだ。俺の横を素早くすれ違っては、ジャンプしてロアのベッドにダイブした。勢いでロアの体が浮き上がる。
「おーい!今日はあたしとデートだぞー起きろー」
「うーん。あ゛ー……なんだってぇー?」
「だから、あたしとデートぉー」
セイカがぐいぐいとロアを揺するが一向に起きない。見かねて手伝おうとした時だった。セイカがこちらに拳を突き出した。
「ミスト、健闘を祈る!」
「え?あ、はい……」
反射的に拳を突き合わせ、俺は部屋を後にした。拳を高く掲げたセイカのどや顔に見送られながら……。ホテルのレストランで朝食を取った後は、観光案内所に真っ直ぐ向かった。待たせても悪いと思ったが、昨日と同じ案内人がいるだけであった。
その案内人と昨日の演劇について話した後は、壁一面に貼られたこの町の大きな地図を眺めていた。おお、キャバレーもあるのか……などと感心していると、俺の他にも地図を食い入るように見つめる人影があった。邪魔しては悪いと冊子コーナーやお土産コーナーに移る。しかしその短躯な人影は、俺と一緒に移動してくるではないか。
「なぁ……何で気付かねぇんだょ……」
イルーに言われてその人影の人相を見た。驚くことに今まさに待ち合わせをしているハルその人ではないか。
「ハ、ハ、ハ、ハルさんっ!?」
「はい、なんでしょう?」
「あ、あ……」
いつにも増して透き通った瞳が俺を見つめる。俺は咄嗟に視線を逸らして照れを誤魔化した。
「ふふふ……ホントに、何で気が付かないんですか?」
いや、それはあんまりだろう。何せ俺の頭にはいつもの傷だらけの胸当てと汚れた戦闘服を装着するハルの姿が、しっかりと刷り込まれているのだから。青と緑の涼しげな花柄ワンピースを可憐に着こなす淑女など、知人探知センサーの想定外である。
「そ、そ、その、余りにいつもと、様子が違うものですから……」
「それはわかりますけど……他に言うことがあるんじゃないですか?」
「……すごく……素敵です」
「ふふ……よろしい!」
ハルは自身の左右に揺れるスカートの裾を両手で摘まんで少し持ち上げた。そのシルエットはこれから貴族のパーティでダンスを披露してもおかしくない、気品ある出で立ちであった――スカートのデザインのせいかもしれないが……。ハルはそのまま腰を捻ってランウェイでモデルが取るようなポーズをしながら言った。
「今日は観光ですから、剣も道具も持ってきてません。暴漢に襲われたら守ってくださいね、イルー」
なんだ、イルーに頼るのか……。
「おぅ!合点でぃ!俺様にまかせときなっ!その代わり、今日はぅんと楽しませてくれゃぃ!」
「はい!では――」
『一日観光にしゅっぱーつ!』
俺はいそいそと前を行くハルとイルーに付いて行った。初見ではワンピースぐらいしか気付かなかったが、良く見るとハルは頭の天辺から爪先までバッチリおめかしが済んでいるではないか。編み込まれた髪に髪飾り、ワンポイントのピアス、口紅や目元をはじめとしたお化粧に、手には赤のマニキュア、手首に細目のブレスレット、光沢のある白っぽいパンプスを履いている。持ち物と言えば、肩に掛けているコンパクトなポーチだけである。首元には例の黒く光るペンダントだ。
「どこか行きたいところはありませんか?」
「俺は美味ぃもんが食ぇればいぃかな」
「私も特には……」
「では、私の行きたいところでいいですね?」
どこへ行くのかと思いきや、やけに人が多い方へ多い方へと進んでいく。行き着いたのは百貨店の紳士服売場だった。
「なかなか様になってんじゃねーか!」
試着室に入れられた俺は、差し出された服をただ着たり脱いだりを繰り返した。マネキン顔負けの八面六臂の活躍で、様々なコーディネートをハルにお披露目中である。
「うーん……俺は前の方が良かったと思ぅぜ?」
「そうですねーでは、戻しましょう」
そんなこんなで、俺は本日の装備一式を装着した。白のシャツと模様入りの黒ベストと黒のスラックスというありふれた組み合わせだ。アクセントにネクタイ代わりのスカーフが襟に巻かれた。ホテルから出てきた服は手提げ袋の中である。――これでどうにかハルと釣り合いが取れただろうか。費用は全てハルに出してもらったのが情けない限りである。
運河に面した道まで出て馬車に乗った。付いた先は林の中の動物園だった。
「同じような施設は国内でもここと、もう一カ所しかないんです。私も来るのは初めてなので楽しみです」
ゲートをくぐると広場になっていて、お土産屋や出店、レストランがあった。園内マップを見たところ、アトラクションコーナーや世界の建物コーナーなどがある。どうやら動物園もある総合テーマパークと呼んだ方が良さそうな場所である。
「なんでぇぃ。ぁまり面白くなさそぅだな……」
「ところがですね。園の最奥、折り返し地点に絶品と噂の氷菓子が売っているそうなのです――」
「氷菓子……」
「氷のように冷たいのにクリームのように柔らかく、濃い乳の味がするのだとか。シャーベットなどとは異なる食感らしいです」
まさか、ソフトクリームのようなものだろうか。そうか、異世界にもあったのか。
「ぅぉぉぉぉっ!ゃる気が沸ぃてきたぜぇ!」
『いくぞー!おー!』
途中、射的や輪投げといった縁日のような施設や昨日も見た大道芸のショー、楽器の生演奏や巨大迷路などのブースがあった。誰かしらの食指が動かされるたびに立ち寄っては催しを楽しんだ。動物に関しても、地球ではお目にかかれない生き物ばかりで目を見張った。展示方法がただ檻に入れているだけなので、味気なかったが……。
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