手のひらと手のひら Part5
三人は俺達を残して店を後にした。結局無罪放免になったセイカは、上機嫌でお気楽なステップを踏む。ビンテンは酒瓶が空であることを確かめると店員を呼んだ。
「ぬぁ……死ぬかと思ったぬぁ。何か飲むかぬぁ?」
「じゃあ、軽めのやつを……」
「俺も同じの頼むゎ」
ビンテンは早口で注文を終えると、腕をだらんとして浅く腰掛けた。
「思いの外、騎士様達は僕を警戒してるのぬぁ……」
「今のは、ハルさんの虫の居所が悪かっただけじゃないですか?はは……」
「今の件を別にしても……だぬぇ」
「そう……なんですか?」
「ぅん、まあひしひしとぬぇ……このヒゲで感じるんだよぬぇ、ビンビンと」
ビンテンは口元から外側に向かって水平に伸びるヒゲを弄りながら言った。
「その点ミスト君とセイカっちには、そんな気配を感じないから気が楽ぬぁ。ああ、おさk――イルーっちもぬぇ」
「……お前、わざと間違えてねぇ?」
「まあ、好奇心?でしたっけ?ひどく利己的で曖昧な理由で付いてくるんですから、怪しまれるのも当然な気がしますけど」
「わかってぬぁいぬぁ……」
テーブルに飲み物が運ばれてくる。静かにグラスと酒瓶が置かれた。ビンテンがグラスに口を付ける。
「――落とし子も猫人も同じぬぁのさ。猫人に魔法の御加護は与えられぬぁかった。神に見捨てられた種族――得体の知れない、ぬぇ。哀しきかぬぁ、ニンゲンの間ではそういう認識ぬぁワケ……気付かなかったかぬぁ?この町に入るなり、僕に注がれる好奇の目を。今もこそこそと僕の方を見ては、ひそひそ話をする食事客を――」
ビンテンの流し目が光った。
「――っとまぁ、僕のこんな気持ちを癒してくれる君達とは、できれば長ぁくおつき合いをしていきたいと願ってるんだけど、ぬぇ……僕は。……あむ」
「長く……ですか……」
ビンテンは皿にわずかに残る芋の揚げ物を口に運んだ。その後イルーはビンテンに勧められるまま、酒瓶を空にして寝てしまった。一杯目の軽めの酒が意味を成さなかったな。
「このお魚君は酒好きぬぁのに弱いぬぇ。可愛いったらありゃしぬぁい…… 食 べ て し ま い た い ほ ど に !――って、冗談だよ。本気で庇わぬぁいでよ」
「冗談に聞こえませんよ!」
「――んで、ロア君から何を聞かされたの?」
「……言えません」
「どうせハルちゃんがもうすぐ魔王化しちゃうって話でしょ?」
「っ……そうですよ。何から何までお見通しでなんですね!」
「ぬぁはは……そりゃあ傍観者であり、観測者だからぬぇ。あ、でも口止めされてるから秘密ぬぇ。バレた日にゃあ、何されるかわかったもんじゃぬぁいからぬぇ……」
「弦楽器にでもされちゃうんじゃないですか?」
「ぬぁ……?それどういう?――」
「あぁ……忘れてください」
俺は手をかけていた酒のグラスとは別のグラスに手を伸ばした。その無色透明な液体を体に流し込む。熱くなった喉はその無害な液体を吸収していく。
「傍観者であり、観測者であるビンテンさん」
「ぬぁにかぬぁ?」
「ご存知なら、ハルさんの過去について教えていただけませんか?特に……三番目の魔王討伐戦について」
「ぬぁ〜……何故に三番目なのかぬぁ?」
「何となくです。ロアさんが言いよどんだので……」
「ぬぁはは……ミスト君の読みは当たってるよ。三番目に討伐されたのは尭塋公ジルベルト。死者を操る墓所の魔王さ。他の魔王と違って地下の広大ぬぁダンジョンを居城としていたために、単体の作戦としては最も期間を要した魔王だぬぁ……」
ビンテンはそれまでの姿勢をやめてテーブルに肘をついた。前屈みになったせいで、その広いおでこが強調された。流し目で俺を見る瞳に自然と視線が向かう。宝石のような虹彩の中央で瞳孔がキュッと細長くなった。
「尭塋公戦ではもう一つ、他の作戦とは数字上決定的な違いがあるぬぁ……それは戦死者の数。他の魔王戦では数十にとどまっていたそれが、千に届こうかという数になったんだぬぁ」
「それは……ハルさんとなにか関係があるのでしょうか?」
「勿論、僕は現地にいた訳じゃぬぁいからぬぇ。公にされている情報と耳に入ってきた噂を元に、考察するしかぬぁいんだけどぬぇ……どぉやら殆どの死者は魔王や魔物の被害にあった訳ではぬぁく、駐屯地でのとある事故で亡くぬぁってるんだよぬぇ」
「事故……ですか?」
「公の文書ではぬぇ。……自軍の兵器が制御不能に陥った――暴走事故……」
俺は頭を抱えた。暴走事故……兵器の……?……それは果たして本当に“兵器”の……?
「ここまでで察しがついたかぬぁ?」
「勇者……ですか?」
ビンテンは意地悪くにっこり微笑んだ。
「軍や政権の文書からも、関係者からもハルちゃんに責任を求める声は上がっていない。ただその一件から、勇者の軍事使用は凍結。戦闘での勇者の使用を控えるべきという慎重論が主流になったようなんだぬぁ。――そしてその事故を機に、ハルちゃんは尭塋公戦を途中退場。その後二度の赫髑王討伐戦でも沈黙を通して、新陽の雷霆の発足で久しぶりに表舞台に出てきたんだよぬぇ」
「なるほど……腑に落ちました。……ハルさんはその事件を、今でも引きずっている……」
「そんで、君はどうするの?」
「検討中です……はぁ……というか、何か妙案はないんですか?」
「君の魔王化が一年先だよーとかって、保証されればいいんだけどぬぇ」
「ハルさんの見立てでは、明明後日らしいです」
「もうお手上げだぁぬぇ」
「諦め早っ!?」
「そりゃ君の召還主ぬぁんだから、魔王化の時期は彼女が一番よくわかってるでしょ――あ、そーだ。こんなのどう?……プロポーズ大作戦!」
「はぁ……ビンテンさんって愛の探求者でしたっけ?」
「おお、そお来るのぬぇ……いっそのことハルちゃんを惚れさせて、二人で高飛び~っての。どう?どう?」
「結局魔王になってしまったら、どうにもならないじゃないですか。私が聞きたいのは、魔王化をどうにかする手段ですよ!本当に何もないんですかぁ?」
「んんんん…………ぬぁい!」
「はぁー……。わざわざ二人っきりにしたのだから、何か打開策があると期待したのに~」
「僕だって何か打開策があるんだろうぬぁ~と思って、それを聞き出すためにサシ飲みにしたんだけどぬぁ……」
「それがあるんならこんなに悩まされてませんよ」
「そう……?その割には余裕綽々だよぬぇ?」
「えっ……?」
「僕が同じ状況だったら、もっと悲壮感に包まれてる」
「……もしかしたら、嬉しいのかも」
「ぬぁ……?」
「私、嬉しいのかもしれません……」
「まさか…… 変 態 !?」
結局打開策もなにも生まれないまま、俺はイルーを抱えて帰路についた。
「あぁ……お会計はいいよ。僕の奢りぃ。ニンゲンと腹を割って話せたのは久しぶりだからぬぇ、そのお礼――じゃあぬぇ」
腹を割って、ねぇ?何処まで本当だか――。
「ご馳走様でした。おやすみなさい」
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