手のひらと手のひら Part3
俺はロアに引っ張ってもらって起き上がると、勘定を終えたロアに続いて外に出た。ロアの言うとおり、風が首の回りを駆け巡るとひんやり意識がはっきりしてくる。
「どこまで話したかな……そうか、騎士になってからだったな――それから三人の魔王との三連戦に、彼女はいずれも主力部隊の一員として参戦する。討伐はいずれも成功……その功績は目を見張るものだった。彼女がいなければ、作戦そのものが成立していなかったからな――三戦目は少し危うかったが……。そして赫髑王戦で勇者ミストを召喚して、これも討伐――事実上四人もの魔王を葬ったことになるな、あいつは」
「ロアさん。私、まだ頭が回ってません。どういうことなんですか!?なんで――」
「ハルは落とし子だ。能力は勇者の召喚と送還」
なんでこの期に及んでロアの口からそれが漏れる!?さっき俺に落とし子の話を聞かせてくれた時に、何故ハルは言ってくれなかったんだ!?
「――能力の発動はこれまでに十三回。王都に来る前に三人、研究所で二人、魔王討伐で一人にそれぞれ召喚と送還の呪文を使っている。それとミストの召喚で計十三回――そして次の能力の発動で、ハルは間違いなく魔王化する」
俺は混乱する頭から疑問を捻り出して声に出した。次から次へ何だってんだ。
「……ま……待ってくださいよ。魔王になる予兆はないって……さっき」
「ペンダント……あれは当時先端の魔法学で作られた、ハルの器の蓄積率を映す鏡だ。ハルの器の蓄積具合と同期されるようにしてある。完成当初は無色透明。蓄積が起こる度に黒く濁っていく仕様だ……今あのペンダントは何色だった……?」
「ほぼ……真っ黒でした」
「そうだ。だから間違いなく次でハルの器は溢れる。そもそもミストの召喚に堪えられるかどうかが、議論の争点だったこともある。赫髑王戦でハルの器が溢れた場合、ハルの首に続けてミストの首もはねる計画だった」
「は……っ。はぁ……」
「次にハルが送還の呪文を唱えたら、俺があいつの首を斬ることになっている」
俺は拳に痛みを感じた。ロアの顔が歪むのが見える。俺は咄嗟に自分の拳がめり込むロアの頬を、狭くなった視界の中心に据えたのだ。それからロアの胸ぐらを掴んだ。俺がこんな情動に体を動かされたことなど、今の今まであっただろうか。
「っざけんなよ!本気で言ってんのかっ!?」
「そのために俺がいる」
余りに無抵抗なロアの冷静さとは裏腹に、自分の頭に血が上るのがわかる。怒りでおかしくなりそうだ。今すぐ何かを滅茶苦茶に破壊したい衝動に駆られる。
「――ほら、どうした。もうおしまいかよ?」
「……ちっ!」
俺は力一杯ロアを突っぱねた。ロアは大きくよろけて尻餅を付く。
「……もっと殴っていいんだぜ。今殴っておかないと、きっと後悔する」
「っ……はぁ……っ……ロアさんを殴ったってハルさんは……っ」
「いいから、殴れよ。ハルに止められてるにも関わらず、お前に喋ったんだ……。相応の罰を受けないと、俺の気が済まない」
「何か方法はないのかっ!?魔法の世界だろっ!?ダンジョンの最奥部のレアアイテムで、魔王化が止まったりしてくれてもいいだろぅっ!?」
「……」
「皆寄ってたかって非道いじゃないかっ!?あの小さな肩に頼るだけ頼って!魔王を四人も倒させて!波もどうにかさせて!いざ、用が済んだら死んでくださいかっ!?あんまりだろっ!?」
「……ハルは数日中に終わらせる気だ。恐らく、その意志は固い」
「……っ!」
「……宿屋のベッド、好きに使えよ。俺は飲み直してくるわ」
「畜生……!畜生……!」
・
・
カッポカッポカッポ……。ガタガタガタガタ……。
「ビンテン、止めろ。イルーが怖がってるぞ」
「ぬぁっははー。こりゃ失敬。ついつい体が反応してしまうんだぬぁ……」
「こここここ怖がってんじゃなぃゃい!ビンテンの涎でベチョベチョになるのがぃゃなだけだぃ!」
「じゃあ~後でちゃんと洗えばいいよぬぇ?ぬぇ?」
「ビ ン テ ン !」
「あ、はい。すみませんぬぁ……しっかし、セイカっちは随分しっかりしてるぬぁ。この俊秀の面々に囲まれても、埋もれてぬぁいよ」
「もふもふ……」
相変わらず背中から騒がしい声が聞こえる。俺は馬車の最後部に腰掛けて、消失点に向けて押し出されていく景色を一人眺めていた。ベルトコンベアの如く流れていく道の上に、この世界に来てからの記憶を置いていった。ハルの気持ち――ロアの気持ち――交錯する思いを紐解いていく。
ハルはすべて承知の上で旅をしているんだ……。送還の呪文を唱えれば、自身の魔王化が始まってしまうことも……。魔王になってしまう前にロアが自分の首をはねることも……。
「――畜生……こんなことなら、もっと殴っておけば良かった……」
ロアの言うとおりだった。酔っていたせいもあって、あの時は深く考えが及ばなかった。落ち着いて考えると、俺に逃げ道は残されてはいない。俺のこの気持ちも、この状況もロアはお見通しだった訳だ。ロアとは酒場の前で別れたきり、挨拶ぐらいしか言葉を交わしていない。とてもじゃないが、もっと殴らせろなんて言える雰囲気ではない。
いずれにせよロアは、俺にハルの未来を託した。その手段が俺にとってどんなに残酷なものだとしても、俺はやり遂げるだろう。何故なら俺は、ハルのあの“にんまり笑顔”を守りたいと思っているからだ。食べ物を口いっぱいに頬張って、顔の周りに花を咲かせるあの笑顔を……。
俺は後ろに倒れて床に寝転ぶ。目を閉じて唱えるのだった。――ハルさん、あなたが好きです。
「見ろ!」
「ん?……ぅぉ゛~っ!海だぁ!!」
馬車から身を乗り出して前方を見ると、太陽に燦々と照らされた海と沢山の船。そして海辺から左右の山の中腹まで広がる、大きな町並みを見ることができた。ここが目的の地、ダースラー・ドットである。
俺達は長い長い下り坂の途中にある関所に立ち寄った。そこで魔力の型取りを終えて、町の中心部へ向かう。宿の前は馬車だと大変込み合うというので、早々と馬車に別れを告げて歩くことになった。ダースラー・ドットはこれまで訪れたどの集落とも、比べ物にならない規模の都会であった。
「つい二、三日前まで、波と戦っていたのをまるで感じさせませんね」
「すっげぇ……人だらけじゃねぇかぁ」
「ここは昔っから変わらぬぁいぬぁ。この人の多さだけで気分が悪くなるぬぁ~」
ビンテンの言うとおり、まず人が多い。大通りから狭い路地を覗くと、まるで縁日かアメ横かという具合に人がひしめき合っているのが見えた。それに建物もほとんどが高層建築である。そして博物館やら劇場やら多くの娯楽・文化施設があるのも特徴であった。
「エントランス広ーっ!」
「ラウンジがカフェになっとるぅ~!」
「上品な受付っ!」
「……階段長~っ」
「部屋広ーっ!」
「眺めサイコーっ!」
「見ろ!イルー!ベッドの寝心地がダンチだ!」
「ダンチ~っ!」
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