手のひらと手のひら Part2
「私があとどれくらいで魔王になるか、知る方法はないのでしょうか?」
「残念ながらすぐには……それに、たとえそれがわかったとしてもあまり……」
「……?」
「……あと何日とわかったところで、予期せぬ蓄積が起こる可能性が――それに隠れて能力を使用されてしまえば、元も子もありません」
「隠れて魔法を使うなんて……そんなこと」
「勿論私はミスト様がそんなことをするなどとは思っていません。ですが王室参謀室はどうですか?王都の官僚や騎士、襲の役人、衛兵、集落の一般人は?――説得できるだけの理由と根拠を用意できるでしょうか?」
「……できませんね」
「勇者は……落とし子は、世界から存在そのものを拒絶され続ける……そういう存在なのです」
そうか、俺の物語は最初から詰んでたってことか……。
「心配なさらなくとも、ダースラー・ドットに着く前に送還の呪文を唱えたりはしません。約束はお守りします。どうか――」
ハルの真剣な眼差しが俺に痛いほど突き刺さった。
「……そうですか……ハルさん、説明ありがとうございました」
俺は隣で心配そうにしているセイカに申し訳ない顔を見せた。
「すみません。綺麗な鳥は、ここまでかもしれません」
セイカは俯いて脹れっ面になってしまった。すまん。
「何も心配いりません。ミスト様には帰る世界があるではないですか……私が、必ず還します」
それは頼もしいことだ――。
日がすっかり暮れて、幻灯虫が我が物顔で道を照らす。そんな頃、馬車はその村へ到着した。街道に面した宿場町である。駅逓所をはじめとした馬宿が、町の大半を占めていた。軍の馬車はここまでで、明日は民間の馬車を借りることとなった。
町の規模からしたら不相応な、立派な大衆浴場があった。近くの大河から水を引いてきているようで、町の自慢なのだという。ロアとのひとっ風呂を終え、宿へ戻ろうかという時に酒場へ誘われた。
「たまにはハメを外さないとな!」
ロアがいつもの調子でニッと微笑む。
そういえば、この世界の酒場には行ったことがない。踊り子がムフフな踊りを見せてくれたりするのだろうか?ロアが俺を元気づけてくれるつもりなのだろうと快く了承した。
ロアに連れてこられたのはなんの変哲もない、こぢんまりしたバーであった。他に客もいないので、店の奥のカウンター席に二人腰掛ける。バーテンダーにロアが三人分の酒を注文する。異世界でもバーの雰囲気は変わらないらしい。
「まずは謝らせて欲しい」
ロアはそういうと、床に片膝を突いて頭を垂れた。俺は即座に、落とし子の真相を黙っていたことだと認識して声を出した。
「いや、やめてくださいよ。天下の騎士様が一般人相手に諂っていたら、格好が付きませんよ?」
「どうか、許して欲しい……」
「もういいですから!ほら、お酒がきましたよ」
ロアはしばらくしてから席に着いた。俺達はグラスを鳴らし合って口を付ける。重いワインのような渋みとコクのある液体が喉に広がった。
「なぁ……?本当に精霊が酒飲んでも平気なんだょな?」
「多分平気だろ。……知らないけど」
「テキトーだなっ!?」
「嫌なら飲むなよ!安くないんだからなっ?」
イルーは恐る恐る酒を口に流し入れると、癖になったようでおかわりを要求した。使い魔でも酔っ払うらしい。いつもの青い顔がほんのり赤くなっていた。それからロアは日本のことを色々聞いてきた。魔物もいないし、戦争もない。不自由のない国だとそう教えた。俺自身は問題だらけなのだが……。
『じゃーんけーん……』
「どぅあ゛ー!もうねぇよぉ!失敗話なんてー」
「ほらー早くしてくださーい。十、九、八……」
折角だからゲームをしようと提案した。互いの世界の些細なことが話題にあがると思ったからだ。“Drink or Dare”のアレンジである“飲むか失敗談か”だ。
「あったぜ!このゲームにあいつを招待したことだ。加勢になるかと思いきや、もう寝てる!」
あいつとは、何杯か飲んだら大鼾をかいて寝始めてしまったイルーのことだ。
「それなら私の加勢になったので、ロアさんの失敗話にはなりませ~ん。さぁ飲んで飲んで」
「かぁ~!鬼だなっ!?……グビッ……っだはー」
そんな調子でグラスは満ち引きを繰り返した。俺は久しぶりに訪れた開放感を、思いっきり味わうことにした。
「――好きな娘に言ったんです。一生大事にするって。そしたら……ドン引きされました」
「いや、それ笑えないぜ。俺も今ドン引きしてる……」
「え……?」
「だっはっは!嘘だってぇ!真に受けるなよぉ!」
俺の心は半分……いや、もう八割方決まっていた。ダースラー・ドットに着いて二、三日観光をしたら、大人しくハルに従おうと。不思議と今なら日本に戻っても、それなりにやっていけそうな気がする。まずは何をしようか。退職届を出して暫くは有給でのんびりしたい。ここまで送還を引き延ばしてくれたハルに感謝して、異世界での冒険を終わりにしよう。
ロアがトイレから帰ってきた時だった。――トイレといっても、そんな洒落たものはなく、そこらの草むらだが――ロアが唐突に突きつけてきた。
「俺の失敗と言えばな……あの時ウォッズの相談を断らなかったことだよ」
「え?なんですって?」
余りに小声だったので、つい聞き返すこととなった。酔っているせいではない。ロアは柄にもなく、それほど小さな声で呟いたのだ。俺は机に突っ伏している場合じゃなくなり、頭を上げてロアの顔を横から見ていた。
「十三年前スツァブクォルア襲領の深い森で、彼女は産み落とされた。数日間逃げ回り、最初の目撃地点から遠く離れた町で確保された。魔道士による詳細な検査の結果、魔王の落とし子と断定。通常なら即座に斬首だが、そうはならなかった」
「ちょ……ちょっと待ってくださいよ。一体なんですか……?」
「いいから聞けよ。――それは彼女が持つ特殊な能力を詳しく調べる必要があったからだ。前代未聞の能力――魔王と人間とのパワーバランスを、根本から変えてしまう程の力だ。彼女の身柄は王都随一の研究機関、王立第一魔法研究所に送致された。暫くして彼女は被検体でありながら自由を許された」
急に真面目な話しを始めるものだから、困惑するじゃないか。俺はなるべく酔いを覚まそうと、顔をくしゃくしゃと両手で擦った。
「彼女にはその奇跡的な落とし子の能力とは別に、魔法使いの適正も持ち合わせていたからだ。王族の一人が目をかけていたこともあり、その王族の後見のもとで彼女は王立魔道学校に入学することができた。彼女は努力を続けた。卒業後は王都の中等学校へ進み、十四歳の若さで飛び級で魔道士になり、十六歳で史上最年少の騎士となった――」
ドタンッ!
俺は気付けば椅子から転げ落ちていた。気が動転して、酔っている体の制御が疎かになったようだ。どこかで聞いた話だなんてオトボケは通じない。今宿屋でセイカとぐっすり寝入っているであろう彼女のことではないか。
「出ようぜ。外の風に当たろう」
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