惑いの森 Part4
「あれから自力で目覚めるとはぬぇ……流石は国内指折りの騎士様と言ったところかぬぁ」
「ハルさん、心配いりません。私が呼んだ助っ人です」
「ミスト様が……?……お゛え」
醜態を晒すハルにビンテンの施術が行われた。俺はハルの背をさすり続けた。
「目開けちゃダメだかんぬぇ」
「開けませんから、早くやってあげてください!」
「ぬぁー、でも勿体ない気もするぬぁ……。騎手様のこんな姿、滅多に見れるもんじゃぬぁいよ?」
「……お゛え」
「早くしてあげてください!」
俺とハルが目を堅く閉じていると、パキッ、パキッと音が二回響いた。
「うわっ!なんで木に縛られてんだ!?俺!?」
「あたしは大丈夫、慣れてるから……」
めでたく皆正気を取り戻した。しかし時を同じくして周辺の森が騒がしくなった。そこかしこの物陰に、何かが潜んでいるのがわかる。茂みが、葉が、蔦が揺れる。それは幻覚の中の屈強なケット・シーを俺に思い起こさせた。あれは幻覚だったのか?どこまでが現実で、どこからが幻覚なのか記憶が曖昧だ。
ガサガサと激しく茂みが揺れる。ハルはロアのロープを外しに、俺はセイカの側へ陣取って身構えた。いきなり突進でもされたら一大事だ。だが、そんな俺の心配は杞憂に終わった。茂みからは何とも可愛らしい猫の小顔が出てきたからだ。
それは二足歩行する猫達だった。サイズは普通の飼い猫より少し大きい。手が長く、頭も大きいように思われる。木の上から蔦を伝ってきたり、物陰の向こうから飛び跳ねてきたりして数を増やす猫達は、あっという間にビンテンの周りに集まった。
「この中にお目当ての品はあるかぬぁ?」
見れば猫達はにゃーにゃー言いながら、それぞれ手に持った物をビンテンに見せている。その中に一つ、黒く輝く石があるのをハルは見逃さなかった。
「それです!その黒いペンダント!」
ビンテンは一匹の猫からそれを受け取ると、懐から沢山の飴玉のような小さな玉を地面に撒いた。猫達はしきりにその玉を口に運んでは恍惚の表情を浮かべている。
「はぁ……こんぬぁことでよければ、初めから話を聞くんだったぬぁ……」
「ありがとうございます。ありがとうございます……」
ハルはビンテンから――まるで中で何かが蠢いてでもいるような――ペンダントを受け取ると、両手で大事そうに抱えて何度もお辞儀をした。
「こりゃたまげたなあ……見世物小屋にでも来ちまったか?」
「はぁぁ……!かぁいい!」
セイカは思わず、忙しく手を動かす猫達に駆け寄った。
「この子達にも仕事と報酬という概念があるからぬぇ。意思疎通の方法さえわかってしまえば、結構頼みを聞いてくれるんだよぬぇ。あ、そうそう……僕の名前はビンテン。この森でケット・シーの生態を研究してるんだ」
初耳である。
「えっ……?って、ケット・シー?ビンテンもケット・シー?んで、その子達もケット・シー?」
「ぬぁ!?失礼ぬぁ……僕は歴とした猫人だよ!どう見ても同じ種に見えないでしょうがっ!?」
そうですね……はは。そう言えば、新陽の雷霆から猫人について聞いたことがあったような、なかったような……。いつの間にか勝手に幻覚の中のケット・シーと重ねてしまっていたみたいだ。すみません。
何故かケット・シー達はセイカにだけ心を許して、体を撫でることを許した。側でハルも触りたそうにやきもきしているのだが、近寄ると逃げてしまう。
それとイルーはいい夢でも見ているのか、気持ち良さそうだ。幻覚を解いてもらうまでもなく、このまま出口まで持って行って問題ないだろう。
一行はビンテンに導かれて森の出口までやって来ることができた。森の風景は何処も似たり寄ったりで、俺達だけでは数倍の時間を要しただろう。本当にビンテンにはお世話になった。
セイカが握拳を頭の上に翳すと、沢山のケット・シー達が真似して手を頭の上に翳した。ハルがビンテンに深々と頭を下げた。ビンテンは俺達に背中を向けて、遙か上方を気にしているようだ。何故かあの湖で、しきりに森に目をやる俺自身の姿と重なって見えた。セイカが満面の笑みで森の外に飛び出す。俺達もそれに続いた。
・
・
「――ぬぁーるほど~。確かに、現の川が峡谷まで続いてるみたいだぬぁ……」
「はい。ケット・シーにペンダントを取られたのがそこです」
「ふむふむ……彼等は臆病だから森からは出ないんだよぬぇ。外は危険がいっぱいだから……でも彼等は同時に好奇心旺盛でもある。もし現の川が自分達を守ってくれると彼等が気付いているのだとしたら、彼等はこの自然現象を利用して外界に遊びに来ているのかも知れないぬぇ……世界は面白いぬぇ。長らく生きたけど、まだまだ知らぬぁいことだらけだ……」
この猫顔の表情が、どれほど人間と同じ心模様を映し出すのか俺にはわからない。だが、人間のそれで言うなら、悲喜交々――感傷と胸の高鳴りを同時に味わうような顔をこの御仁は横顔で示すのだった。
大地の裂け目の対岸には、俺達の帰りを待つ馬車が待機していた。なんでも、国王軍が波討伐のお礼に手配を付けてくれたらしい。もうじき日が暮れるので、明日の出発を待つこととした。
――赫髑王を倒したじゃないか。
誰でも良かった。俺じゃなくても赫髑王は倒されていた。
――ドリトンを助けて、逢魔石を手に入れた。
助けたのはイルーだ。成り行きでしかない。
――セイカを助けた
自分のためだ。自分の利益になると思ったからだ。
――ユガインさんに協力できた。
俺が何かしなくても、ユガインさん達なら解決できたさ。
――波を退けた。
バギタ村を破壊して、トッピエを巻き添えにした。
――自分に向き合えた。
魔王になるか、自害するかの自分と――向 き 合 え た か ら っ て な ん な ん だ よ っ !
「――スト様?」
「はっ……」
「ミスト様?気分が優れませんか?」
ハルの手元に目を落とすと、湯気を立てるスープ皿があった。持ってきてくれたようだ。
「あ、いえいえいえ。平気ですよ。平気、平気……」
最悪な気分だ。散々遠回りした挙げ句、負の数のサイコロを振っていたと知らされたかのようだ。
「無理に召し上がらなくても……」
「いえいえ、食べます、食べます……はふはふ……あー美味しいなー」
「ぬぁんぬぁん……この子は何?まだ起きないのかぬぁ?」
「……しかし。何でまだいるんですか?」
ビンテンは眠りこけるイルーを縮めたり引っ張ったりして弄んだ。
「僕も一緒に行こうと思ってぬぇ」
「一緒にって……私達がどこに行こうとしてるかご存知なんですか?」
「ダースラー・ドットでしょ?騎士様から聞いたよ……何故って?そりゃあ君が、本当に僕との約束を履行してくれるか確かめる為さ」
「はぁ……そんなに心配しなくたって、私の口は堅いですよ。それに森の秘密ってそんなに価値のある情報なんですか?」
「僕は根本的にニンゲンを信用していないからぬぇ……そこは大目に見てよ。それに僕は皆を幻覚から守ったし、ペンダントも見つけたしで、同行を拒まれるような行いはした覚えがないんだけどぬぁ……?むしろ君に追っかけられた時に大量に消費した魔道具の補填を申し出ても、快諾される身の上だよ」
「なんとも確信に欠ける物言いに聞こえます」
「ぬぁはは~!良いヨミしてるぬぇ……言ったろ?僕は傍観者であり、観察者であり、探求者なんだ――好奇心だよ。君の物語が今後どう展開していくのか、知りたくなったのさ」
「研究者の仕事はいいんですか?」
「ぬぁはは。いいの、いいの。僕は森に籠もりすぎたからぬぇ。少しは外に出て情勢を肌で感じなくちゃ。もしかしたら今、歴史の転換期かも知れないからぬぇ」
ビンテンの瞳がキラリと光る。時折見せる精悍な眼差しに、俺は心臓をギュッと鷲掴みにされた鼠のような心持ちになるのだった。
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