惑いの森 Part3
俺は風魔法の発動を続けながら聞いていた。確かに話の辻褄は合っている。
「そうしたら、ペンダントは……いえ、何でもありません――だったら私が目を覚ました時、彼女の横で何をしていたんですか?」
「……ま、そうくるよね。論より証拠。ちょっとあの木のてっぺんまで行きたいんだけど、いいかぬぁ?」
俺は怪しさ半分で提案を了承し、ケット・シーの後に付いて行った。そこにはとても大きな石の板――石碑があった。木の幹に埋まっている。この大樹の成長に相まって、埋もれてしまったのかどうかは不明だが、かなりの年代物のはずである。所々枝が絡まっていて見えなくなっているが、石碑には所狭しと絵が彫られてあった。
「僕はこの石碑を窃盗団から守りたいだけぬぁのさ。君達がそうじゃぬぁいって確証はぬぁいからぬぇ?」
「……すごい。何かの遺跡ですか?」
縦長の石碑の上半分には色々な姿の大きな人が数人、その下半分には沢山の獣と人が描かれていた。下の獣は翼と尻尾を生やしている。竜らしき姿だ。頭に飾りを付けた沢山の人は武器や釣竿、籠を持って並んでいる。
「何の遺跡ぬぁのかは、この僕でも未だ調査中なんだよぬぇ……あ、そういえば名乗ってなかったね」
ケット・シーは言われてもないのに自己紹介を始めた。くるくる回って決めポーズまでバッチリだ。
「僕はさすらいの傍観者兼コア・マグアの観察者兼真実の探求者、ビンテンだよ」
「あーそういう設定ですね。わかりました」
「えーもうにょっと食い付いてぬぁー」
ビンテンの正体は気になるところではあったが、今優先すべきはそこではなかった。俺が魔法を発動させていなければ幻覚に取り込まれてしまうのに対して、ビンテンはどうだろう?見る限り、魔法の発動で幻覚を食い止めているようには見えない。それがどのような方法かは皆目わからない。が、この森における所作について詳しいのは、ビンテンをおいて他にいない。きっとハル達を幻覚から目覚めさせて、無事森の外へ出られるような情報を持っているに違いないだろう。
「……それでビンテンさんから見て、私達は窃盗団だったのですか?」
「んにゃ。王都の騎手様が二人と謎の女の子、それと精霊と思わしき魚が一匹……とても窃盗団には見えないぬぁ」
「それだけわかってるなら、逃げることなかったじゃないですか?」
「君が何者ぬぁのか、わからぬぁかったからぬぇ……ま!情況証拠からして、見当は付いているんだけどぬぇ」
「へぇ……聞こうじゃありませんか。私が何者なのかを……」
「――君、落とし子でしょ?」
「……ぷ、ふふふふ、はははは……なんですか?それ?」
俺はビンテンのドヤ顔に思わず吹き出してしまった。確かに剣を構えずに、次々と魔法を発動させてはいた。そこから勇者かも知れないという推論は正しい。だが、まさか何処の誰かわからない者の子供と言われるとは思わなかった。
「あれぇ?外しちゃった?あの赤髪の子が閃光の跳躍者で間違いないと思ったんだけどぬぁ……」
「落とし子?はぁ……そんな言葉、今まで聞いたことありませんでしたよ」
ビンテンは俺の言葉を聞くやいなや目を光らせた。そしてその毛で覆われたモコモコの手を顎に当てながら喋り出した。
「ぬぁ~……ぬぁるほど、ぬぁるほど……そういうことか。それぬぁら、お名前を伺ってもよろしいですかぬぁ?勇者様」
「……っ!?」
「解せないだろうぬぇ。それもそうだ。君の飼い主は君に全てを打ち明けてはいぬぁいらしい……。赫髑王戦から早三週間が経過して、その理解度だと危険水域だぬぇ」
「な……」
危険水域?何を言っている?何故たちどころに言い当てられる!?ハルが何かを隠していることすら……
「勇者って言葉はつい最近使われ始めた言葉でぬぇ。僕みたいな眉雪者には馴染みが薄い。胤嗣、落胤、落し胤、棄児、取子、単純に胤と呼ぶ地域もあるぬぁ」
ちょっと待て。勇者に別名……?いや、順番的には、勇者が別名?ビンテンはハナから俺が勇者だと見抜いていた……ということか。
「でも、“魔王の落とし子”……これが広く一般的に使われてる言葉じゃぬぁいかぬぁ?」
何だって……?何故“魔王”という単語が付く?
「それは……魔王から生まれたという意味か……?」
「違うよ。発生源については諸説あるんだけど、不明のままぬぁんだ」
「じゃあ……」
「魔王の落とし子はぬぇ――魔王に成るのさ」
俺の中で、確実に何かが崩れた。
「……いずれ魔王になる……という意味の子供で、落とし子――魔王は成れの果てなのさ。魔王の皮を被ったニンゲン擬きの……って言ったら言い過ぎかぬぁ?」
嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。
「落とし子が何をしても、何を成しても結果は同じ。至るまでの時期は違えど、老若男女全ての落とし子がいずれ魔王になる……君の――おっと、これは僕の口からは言えないかぬぁ?」
やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ……やめてくれ。
「落とし子を見つけたら殺せ。魔王になる前に殺せ。それがグランディオル連襲王国全土……いや、全世界共通の認識だよ」
「……嘘だ」
「嘘じゃあぬぁいよ。……むしろ色々腑に落ちることばかりぬぁんじゃないのかぬぁ?」
新陽の雷霆が俺の出自を伏せさせたのは、これのためだ!俺が落とし子だと一般人に知れれば騒ぎになる。だからごく一部の人にしか、この情報は開示されなかったのだ。
くそっ!この世界にも、俺の居場所はないってのかよ……。
俺はいつの間にか自らの意志に反して四つん這いの体勢になっていた。悔しさで全身が震える。抑えきれない思いのせいで、拳は床を叩いていた。
「くそっ!」
「もしもーし?ぬぇえ聞いてる?取引――」
「魔王になったら、意識はどうなってしまうんだ?」
「……愚問だぬぇ。魔王がいったい何人の人や動植物を死に至らしめているか……計り知れないよ。そんぬぁ奴の心中を察しろぬぁんて、塗炭の苦しみに他ぬぁらぬぁい。いや、寧ろニンゲンらしいと言えぬぁくもぬぁいかぬぁ……。僕には御免だよ」
嗚呼……俺の道は完全に閉ざされた。ハルから逃げおおせて魔王になるか、あの雑居ビルの非常階段からその身を投げるか……もはや選択肢はないと言っても過言ではない。
「それは置いといてさ。取引といこうよ。幻覚に陥らぬぁい方法がもう一つあるんだけど……」
「ああ……教えてくれ」
「なんとも投げやりぬぁ……まぁいいとも。君がこのエルアヘシア森林の秘密を、口外しないと約束してくれたぬぁら――勿論、仲間にもぬぇ――そしたら僕が、君達を森の外へ案内しよう。安全にぬぇ」
「もう一つ頼みがある……」
「目を瞑っててぬぇー」
パキッという音が頭上で鳴った。
「魔法止めてみてよ。どう?」
俺は言われたとおりにする。
「……何ともありません」
「でしょ?んじゃあお仲間のところに戻ろっか?」
来た時とは一転、帰りは陸路になった。しかし最短距離を進むためか、大樹の根が地表にせり出した所ばかりの道をビンテンは選んだ。そのため俺は結局《人間ロケット》を多用しながら、ビンテンの後を追うのだった。
元居た場所まで戻ると、なんとハルが頭上に何発も魔法で閃光弾を放っている。
「ハルさんっ!」
ハルは倒木に腰掛けながら振り向いた。上半身しか動かしていないが、それだけでもよろけているのがわかる。顔の青さからして、船酔いに近い状態だろうか。
「ミスト様ぁ」
「ハルさん、大丈夫ですか……?」
「だ、大丈夫じゃないですぅ……ぉぇ」
「驚いたぬぁ……」
ハルは剣の柄に手を当てながら素早く立ち上がった。
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