惑いの森 Part2
「おいぉぃ……マジかょ」
「古今東西ネコ科の習性が同じでよかった……」
「何が起こったんだ!?」
「何はともあれ助かりました……」
「ミスト見ろ!何か光ってるぞ!」
ケット・シーが退散したところに残されていたのは、他でもないハルのペンダントであった。エメラルドのような透き通った石がペンダントトップになっている。その周りには金色の金属で装飾が施されていた。俺はその百円玉くらいのペンダントトップを摘まんで持ち上げた。するとまばゆい光が手のひらから広がった。慌てふためく俺にハルが駆け寄って言った。
「まさか……あなた様が!?」
ぐいと腕を掴まれた俺は、あれよあれよと森の外へと連れ出された。理由を聞かせてもらえないまま、森の外で待っているとコレンの跨がる飛龍が俺達の前に着地した。
「またお会いしましたね」
挨拶も程々にそそくさと荷袋に体を固定された俺達は、あっという間にどこかの庭園へ連れてこられてしまった。
「あの……ここはどこでしょう?」
ハルが俺の前で跪いて答えた。
「ここは王都の王宮でございます。国王陛下」
「えっ!?王都に来ちゃったんですか!?ダースラー・ドットは!?」
「恐れ多くも陛下のご即位にあたり、中止とさせていただきました。勝手な判断をご容赦くださいますようお願い致します」
「あぁそうなんですか……とにかくペンダントが見つかって良かったです。それで私は次は何をすれば……?」
「公務を……」
「?」
「国益に叶うことを何なりと。国王陛下」
「あの……さっきから私を国王陛下って呼んでますけど、何かそういうジョブでもあるんですか?」
「こちらのペンダントは、不在の国王を探し出すための魔法具でございます。今日に至るまで発見が遅れたのは、私の至らなさのためです。慚愧に堪えません」
「そんなバカな。ペンダントが光っただけですよ?」
「あなた様は紛う方なく、国王陛下の生まれ変わりでございます」
「……マジなの?」
「……マジでございます」
それから宮殿では、王族や執事達との顔合わせが行われた。一度に五十人くらいの顔と名前を覚えろなんて、学校の先生でも無理だろう。隣にハルが居てくれたお陰で、話題に事欠かなかったのがせめてもの救いだった。明日以降も残りの王宮のスタッフや各大臣との顔合わせ、戴冠式の準備、会議や周辺国への挨拶状の作成や挨拶まわり等々やることが目白押しらしい。
慣れないことをしてすっかり疲れた俺は、自室のベッドに倒れ込んだ。やっと休める。
ガサゴソと衣擦れの音がする。誰かが俺の体を触っている。意識がだんだんとはっきりしてきた。仰向けに寝転ぶ俺の上に誰かが乗っているようだ。その誰かの手が俺の頬に触れた時、俺はやっと目を開けることができた。
俺の前には見慣れた顔の輪郭がぼんやり浮かんでいた。あれ?前にもこんなことあったよな?
俺が寝ている間にコトは進んでいたようだ。確かに俺の体の一部から包み込まれた温もりを感じる。しばらくベッドの浮き沈みする音が部屋に響いた。
「……ズルいなぁ。私ばっか働かせて。不公平」
聞いたことのない声だ。薄目をあけると、目の前の見知った顔は徐々に知らない顔へと変わっていった。その女は自らの吐息を俺の鼻先にかけるように囁いた。
「今度はミストの番だよ――」
目を開けると俺はうつ伏せで倒れていた。苔と土だ。それから目に入ったのはロア。何故か木にロープで縛られ気を失っている。首を別の方へ回すと、セイカも同じように木に縛られていた。何がどうなっている?
俺の足の方からは物音が聞こえてきた。人の足音と服が擦れ合う音だ。上体を起こして振り返る。するとそこにはうつ伏せで倒れているハルと、その横にしゃがんでハルの懐を探る人影があった。
「何を……」
その人影は俺に気付いて振り向いた。
「っ!?ケット・シー……?」
えらく小柄なケット・シーだった。俺やロアと同じくらいの背丈で、体型はほっそりとしている。何より服を着ている。さっきネズミを追いかけていったのは丸裸で、如何にも獣といった感じだった。そっちが雄で、こっちが雌とか?
「ぬぁ゛!?にゃんでっ!?」
小柄なケット・シーはそう口からこぼすと、《人間ロケット》と同じように上空へ飛び上がった。俺は急いでハルに駆け寄り、呼吸の状態を確かめる。異常はないようだ。それは救いだが、ケット・シーにこの状況を説明してもらうほかないだろう。俺は《人間ロケット》でケット・シーの後を追った。
ハルの安否確認をしている内に逃げられてしまったかと思った。しかしケット・シーが飛び上がる時には白煙が舞うので、居場所の特定は容易だった。それに空中での再発動はできないようだ。必ず枝から枝へ飛び移るので、大体の進路がバレバレである。
追い付きそうになる度に、ケット・シーは懐から閃光弾やら煙幕を出して抵抗してくる。俺は魔法の石で壁を作ったり、旋風を発生させたりしてそれを凌いだ。しかし妙である。先程からショートカットアイコンを押すまでもなく、考えただけで魔法が発動する。いやむしろ、頭の中に適した魔法の選択肢が自然と浮かんで、後は体が勝手に発動させている感じである。
更に不思議なのは、俺が魔法を撃つと俺の周囲に幻灯虫が発生することだ。今も飛びながら幻灯虫の残像を空中に残している。こうなった心当たりは先程のソファでの出来事以外にない。
キリがないので、ケット・シーの行く先に〈蔦地獄〉で網を張る。ケット・シーは身を翻して、更なる上空へと飛んでいった。逃がすものか。俺は必死の思いで腕を伸ばした。
急に視界が開けた。一気に眩い光に晒されて、俺の瞳孔は収縮を余儀なくされた。ここは間違いなく、エルアヘシア森林を構成する数千数万の大樹の上空である。大樹の数多の葉が風に揺れる。それを上から見下ろす程、高い位置まで飛んできてしまった。
「痛ただたただたっ!」
気付けば俺はケット・シーの尻尾をギュッと握りしめていた。
「あっ!ごめん」
空中で尻尾を放して、近場の幹に着地した。大樹の幹のてっぺんには枝や葉が少ない。掃除さえして出っ張りを削げば、仮の住処にできそうな広さがあった。
ケット・シーも同じ幹に着地した。尻尾を捕まれて観念したのか、完全に戦意喪失しているようだ。古今東西ネコ科の弱点が尻尾でよかった。
「降参!降参!君強いぬぁ?取り敢えず乱暴はやめてよ」
「それは私も賛成です。色々と説明していただけませんか?まずは皆に何をしたか……です……」
おかしい。意識が朦朧としてきた。降参とは口ばかりで、何か技をかけられたのだろうか?
「僕は何もしてぬぁいよ。聞いたことぬぁいかぬぁ?エルアヘシア森林の幻覚作用――」
さっきまでは何ともなかったのに、今じゃ視界が歪んで見える。空中に飛んでいたから、何ともなかったのだろうか?俺は《人間ロケット》で真上に飛んでみた。すると少し視界がまともになった。もしやと思い旋風の魔法を空に連続で放ってみる。発動回数が増える度に意識がはっきりする。そして周囲の幻灯虫が何故か数を増やしていった。
「ぬぁっははーん。君も気付いたようだぬぇ」
「君も?ですか?」
「ぬぁー。君に信用してもらうために、全部話すよ?――君達は仲良く森を進んでいた。だけど皆で幻覚に捕らわれて立ち往生。けれど赤髪の彼女だけは気付いたんだよぬぇ、幻覚の防ぎ方に。しばらくは魔法を放って幻覚にかからないように抵抗してたんだけど、連れの男と女の子が幻覚のせいでおかしくなり始めちゃったんだ。その辺の草を食べたり、徘徊したり……。それを見かねて彼女がロープを使って木に固定した。と、そこで彼女自身も幻覚の前に力尽きて、ばたんきゅーだよ」
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