惑いの森 Part1
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「ハルの奴、どぅしちまったんだょ?そんなに大事なもんなのか?」
現の川は朝日の出現に合わせて、近くで目を凝らさないと見えないようになっていた。俺達一行は遠くに霞むエルアヘシア森林を目指している。
「ハルさんっ!ちょっと!歩くのが速過ぎますよ!」
出発早々ハルは競歩を思わせる速度で先頭を歩いていた。俺もセイカも付いて行くのがやっとだ。特に歩幅の短いセイカは、ずっと小走り状態である。
ハルは朝からこの調子なのだ――いや、正確には昨夜からだが……。どこかそわそわしながら朝食を作り、どこかそわそわしながらそれを食べ、どこかそわそわしながら身仕度をしていた。
「――ですが、早くしないと!」
「昨日の今日なんですから、ちょっとは私達のことも考えてください」
ハルは息を切らすセイカを見やった。少しよろけるその足元には、ひどくすり減った靴があった。ハルは思わず駆け寄ってセイカを抱きしめた。
「っ……申し訳ありません」
「あたしは平気だよ。こういうのは慣れてるから……」
セイカは視線を落として悲しげな笑顔を浮かばせた。
「いいえ、私はまた同じ失敗をしてしまうところでした……」
ハルはセイカを抱きしめながら二、三深呼吸をした。そしてセイカの両肩に手のひらを置いて言った。
「ダメなお姉ちゃんでごめんなさい。もう大丈夫です」
ハルは平静を取り戻したようだ。セイカと手を取り合って仲良く歩いている。背格好も似たり寄ったりだし、年の近い姉妹でも通じてしまいそうである。
「エルアヘシア森林……永きにゎたり人の手が入ることを拒み続けてきた大原生林。生息する生物や地形、その全容は未だに解明されてぃなぃ……」
「はいはい……解説どうも」
「全部新陽の雷霆の受け売りなんだけどねっ♪テへっ」
「――その原因は謎の幻覚症状だと言われている。道がわからなくなるだの、毒キノコを食べてしまうだの、怪物に襲われるだの、言い伝えや噂が絶えない。そもそも足を踏み入れて帰ってきた人の数が少なすぎて、その情報でさえ確かではないけどな」
そんな不気味な場所からペンダント一つ捜し出す――無謀と思うのは俺だけだろうか?
俺が釈然としないのは、ロアのこの態度である。昨夜ペンダントの喪失を伝えた時からなのだが――いつもの調子で「なくなってしまったらしまったで、しょうがないだろ」とか「そんなに慌てなくてもきっと見つかるぜ」とか、暢気なことを言って場を和ませるのかと思いきや、真面目な顔でペンダントの捜索を早朝からやろうと言い出した。そしてヨーゾー達と合流する波対策の主力部隊宛ての伝言の作成とヨーゾーへの根回しを、慌てるハルに代わって迅速にやってのけた。ロアのこんな反応は初めてである。――寝坊しなかったのも含めて。
疑念が深まる中、とうとう俺達は森への入り口に到達してしまった。その森はとにかく大きかった。言い伝えのような、如何にも魔女が住んでいそうなおどろおどろしい雰囲気ではない。むしろ威風堂々と構える大聖堂のような風紀をまとっていた。ファンタジーものなら、間違いなくエルフが住んでいる森である。
「ロアとセイカだけ――」
「できる訳ないだろう?」
ハルの静かな囁きをロアが遮った。
「……ですね」
セイカの手を握る手に力が入ったように見えた。
「必ず生きて帰りましょう」
俺達は自分達の体をロープで繋いだ。万が一何かあっても、散り散りにならないようにである。それから道のない茂みに足を踏み入れた。
そこは今まで訪れたどの森よりも、ひときわ明るい森だった。樹齢数百年かという御神木のような木々が、太く長く天に向かってそびえている。その立派な巨木達の枝が絡まり、頭上に馬車が通れるくらいの道や飛龍が離着陸できそうな天井を形成している。更にその上には、星の数以上にあるだろう細かな葉っぱがびっしりと天蓋の役目をしていた。その蓋は太陽光が降り注ぐ余地をまるで与えていない。
それにもかかわらずこの森は明るかった。まるで草原の一本杉の下で、木漏れ日を浴びているようである。明るさのお陰でそこかしこに生えるススキやリンドウのような草、倒木や岩に張り付いた苔など、森の自然の容姿が鮮明に見て取れる。この光源は何処から来ているのだろうか?
「イルー見て!大きな虫が飛んでるぞ」
「ハル見て!なんか小さいのが隠れてる」
「ロア見て!この花動く!」
セイカは大興奮である。
「独自の生態系ですね……」
魔物やなんかを見せられた俺にはピンとこない。しかし異世界の住人の目にも、この森の生き物は特異に映るらしい。
「ミスト見ろ!ケット・シーだ!」
「あーはいはい。すごいすごい……」
『ケット・シー!?』
セイカの指す大樹の太い枝には、まるでゴリラのような筋骨隆々の怪物がいた。そいつが仁王立ちでこちらを睨んでいるではないか。顔はまさに大型ネコ科のそれである。大きな鼻に真横にピンと延びた髭。円らな瞳にもふもふの耳。大きな牙を丸出しにして、こちらを威嚇しているようである。
「あれが、ケット・シー!?」
「来るぞ!」
ケット・シーは枝から飛び降りると、一目散にセイカ目掛けて襲いかかった。ハルの剣がその鎌のような鋭い爪を受け止める。イルーが〈蔦地獄〉を伸ばすが、軽やかに身を翻してかわされてしまう。そのままケット・シーはロアが飛ばした尖った礫をかわし、突進しながら大きな手でロアを薙払った。盾の魔法が見えたので、怪我の心配はなさそうだ。しかしロアは遠くに飛ばされてしまった。
間髪入れずにハルが背後から突きを放つ。しかしこれも身を低くされてかわされてしまった。背中に目があるのかと思うほどだ。そしてケット・シーは太い尻尾を振り回した。ハルはその注連縄のような尻尾に足を払われ、体勢を崩されてしまった。
イルーが頭上からいくつもの氷の固まりをケット・シーに向けて放った。ケット・シーは側転やバク転をくりかえし――まるで、体操選手のように――魔法を避けると、大ジャンプをして大樹の大枝へ上ってしまった。なんという身体能力だろう。
「っ……!周りを見てください!」
そこで俺達を更なる恐怖が襲った。周囲をよく見ると、無数のまん丸い琥珀のような輝きが草木の狭間からこちらを覗いている。その輝きは紛う方なく、今大枝を揺さぶっている巨躯の怪物の目と同じものであった。
「こんなに一杯……」
「どぅするょ?今の感じだと、森ごと吹っ飛ばすぐれぇの魔法じゃねぇと太刀打ちできそぅにねぇぞ?」
「確かに一匹であの戦闘力なら、この数じゃ……」
イルーに数回最上級魔法を発動させてもらえば、この難局を乗り越えられるかも知れない。しかし俺の胸中には、バギタ村を勝手にバベルの塔に変えてしまった罪悪感が残っている。俺の行く先々で環境が激変してしまうのは、いかがなものなのだろう……。
「……そうだ。イルー!ネズミの使い魔はいないか?」
「ネズミの使ぃ魔?」
「ネズミじゃなくてもいい。こう――ちょろちょろして動き回るような……!」
「……ぁるっちゃぁ、あるがょぉ……お前それ安直すぎだろぉ……」
「やる前からわからないだろ!?とりあえずやってみてくれ!早くしないとヤバい」
イルーは瞬く間に自分と同じぐらいの大きさの、ネズミに似たぬいぐるみを五体召喚して見せた。ブルブルと震えだしたそれは、それぞれの方向へ散り散りになって走っていった。俺も半信半疑であったが、ケット・シーは見事この誘いに乗ってくれた。
俺達に向けられていた多数の目玉の視線が一斉にネズミの使い魔に注がれる。ネズミが蛇行を繰り返しながら森の奥に消えていくと、ケット・シー達はその大きな体を一心不乱に動かしてそれを追っていった。
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