四角い机 Part3
シバンも俺もはっとさせられた。シバンがヨーゾーを見つめた。
「――俺はトッピエが悪いと思うし、そう言い続ける。でも……っ――お前はそんな風にはなるな。……部下のせいにするような、最低な兵長にはなるな……絶対にだ」
「……了解ッス」
ヨーゾーは途中から片方の手のひらで両目を覆い隠した。少なからず嗚咽が漏れ出た。両肩は時折ピクリと跳ね上がった。
「……ッ……俺は……どうすれば良かったんだ……」
思わず立ち上がったシバンは、優しくヨーゾーの背中に手を当てた。
「……トッピエ……すまなかった」
俺はそろそろかと、空に湯気立つ風呂釜の方へ足を向けた。遠くからまだかとハルを呼んでみた。すると俺の目に驚きの光景が飛び込んできた。風呂の周りには、即席で作った石の衝立がある。そのため無理に立ち入らないと、拝むことのできない光景である。目の前にはあられもない姿――というか、素っ裸のハルがこちらへ走ってきていた。
「あ゛ーーーっ!すみません!すみません!」
俺は咄嗟に叫び声を上げて身を翻した。逆じゃないか?とも思ったが……。背後からはハルの切実な声が聞こえていた。
「ケット・シー!――ケット・シーがこちらに来ませんでしたか!?」
「いえいえいえいえ!見てません!色々と――!」
「そうですか!ありがとうございます!」
そう言うとハルは俺の横を素通りして、風呂とは反対の暗がりの方へ既に駆け出していた。
「ちょっと!ハルさん!その格好じゃマズいですよっ!」
「でも!見失ってしまいます!!」
ハルがこちらへ向き直りそうだったので、俺は必死に顔を背けた。それだけじゃ足りなさそうと思い、目まで閉じて言った。
「落ち着いてください!どの道その格好じゃ遠くまで探しにいけないし!怪我だってしちゃいますよ!」
「ぉい、ミスト。そんなに見ないょぅに頑張らなくても、大したもん付ぃてなぃぜ」
「そ、それは聞き捨てなりません!」
「いいから、早く服を着てください!事情はその後で!」
「ペンダント……ですか?」
どうやら湯に浸かっていたところ、突然ケット・シー――なる猫みたいな動物らしい――が現れて首から下げていたペンダントを取られたらしい。
「丁度紐が切れかかっていたんです……こんなことなら、早く直しておけば良かったのに」
それにしてもハルの狼狽えようが尋常ではない。今も涙目で胸の前で重ねた両手が若干震えているように見える。バギタ村を上昇させた後もそうだったが、ここのところハルの情緒が心配である。
「諦める……って、選択肢はないようですね。そんなに大事なものなのですか?」
ハルはコクコクと首を縦に振って答えた。
「あれは命よりも大事なものです!私がここに居て良いという証なんです!あれがないと私は……私は……」
あまりの切羽詰まった様子に呆気にとられてしまった俺は、取り繕うため質問を続けた。
「その、ケット・シーの行き先に心当たりは?」
ハルはブンブンと首を横に振って答えた。
「いいえ……まったく。そもそもケット・シーは森の奥深くに居を構えるはずです。このような荒野に出てくるなんて、聞いたことがありません」
「それはー。あれではないですかー?」
俺はドキッとして声の方を向いた。そこにはニコニコのシークの顔があった。
「シークさんですか……盗み聞きでもしてたんですか?」
「そんなー。人聞きの悪いー。ハルさんのファンである私が、悲しんでいるハルさんに手を差し伸べたいと思うのは当然じゃないですかー」
盗み聞きは否定しないのな……。
シークの指差す先には、日が落ちてから現れた川があった。川といっても、山から流れてきて海へと至る普通の川ではない。それはまるで生き物であるかのように、うねうねと形を変えて宙に浮かぶ川だ。色といい振る舞いといい、幻灯虫に酷似している。皆それには気付いていたが、正体を知る者がおらず、また無害であったため特にアクションを起こす人はいなかった。その長い長い天の羽衣のような流れは、遠くにそびえる何かしらへと続いているようだった。
「現の川……現地の人はそう呼ぶらしいですよー。この地域でしか見られない、貴重な自然現象ですー」
あら?シークは知っていたようだ。
「ぁれとケット・シーとなんの関係がぁるんだょ!?」
「あれはエルアヘシア森林に続いているのですー。エルアヘシア森林といえば、ケット・シーの一大生息地ですー」
・
・
「何もしてあげられなくて、すみません」
「そんなことありません。ミスト様は僕とシバンを救ってくれました。トッピエは残念です。……ミスト様、どうかトッピエのことを忘れないでください。僕達の故郷では誰かが覚えてくれている間は、地獄に堕ちなくて済むんです」
ハルのたっての希望により、朝まだきより出発することとなった。俺達は最後の挨拶を済ませているところだ。北方で戦いを終えた主力部隊の一部が、残党を狩るためにこの場所まで来る手筈になっている。その馬車に乗せてもらって、ヨーゾー班とシークは各々の居場所へ戻るのだ。
「ハル様とお別れなんてー!悲しすぎますー!私、ショックのあまり仕事が手に着かなくなってしまいそうですー!」
いや、むしろシークって本職なんだっけ!?今回ポカに乗ってるか、料理してるとこしか記憶にないんだがっ!?
魔封じの鱗粉をかけられてすっかり意気消沈の逢魔石とも、ここでお別れだ。なんだかんだ、ずっと傍らにあったものがなくなるのは寂しい気がする。
「兄貴、ジブン……まだ……」
「まだ、心の整理がつかない……ですか?」
「ウッス……」
「本当に辛くなったら、逃げちゃえばいいですよ。全部捨てて」
「そうなんスか?……でも……なんかそれは嫌ッス……」
シバンはペキタの顔をまじまじと見た。
「……お元気で」
「はい。兄貴も!」
俺はエールを贈るつもりでシバンの手をしっかりと握った。
「世話になりました。ウチのモンがご迷惑ばかりおかけして……」
「昨日のロアの報告会では、ヨーゾーさん達の名前まではあがっていませんでした。恐らく責任問題とか処遇がどうのとかというのは、ない気がします」
「はは……逆に辛い……。あーいやいや、なんでもありません……色々とこたえる一戦でした――」
ヨーゾーは頭の後ろで動かしていた手をだらんと垂らした。
「――最後に一つ言わせてもらえれば……俺はあんたが苦手だ」
「私もあなたが苦手ですよ。ずっと前から――」
俺達を隔てていたものは何だったのだろう?俺はこの人を許すことはできない。けれど、今ならできそうな気がする――
「ふっ……またどこかで」
「ええ……また、どこかで」
――四角い机のないところで、握手を交わすことが。
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