摩天楼バギタ村 Part1
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俺は日の出と共に起床した。変わらず屋根には容赦なく雨が打ち付けている。よく自分でも起きれたなと感心したが、そう毎回毎回寝坊もしてられない。それに今は依然として交戦状態である。体が自然と危険だと感じているに違いない。俺は相変わらず意識のないイルーを抱いて立ち上がった。
平屋から出ると、視界が開けている。辺り一円が一望できる絶景だ。生憎の天気でなければ、もっと遠くまで鮮明に見えていたであろう。凡そ高級タワマンの上層フロアに住むと、毎朝このような爽快感を味わえるに違いない。まあ日本にいた頃の俺には、縁もゆかりもない場所だが……。別の家屋を少し覗きながら、皆の様子を見て回る。ある家にはセイカと――そしてハルが昨日の格好のまま、壁に背をつけて座ったまま寝ていた。そういえばハルの寝顔を見たことがない。
俺は聞きそびれた言葉の続きが聞けるかも――と何の根拠もない考えから、ハルの下に近付いた。そっと手を突いて、俯いたハルの顔と同じ高さになるように身を屈める。すらりと垂れた髪の毛の隙間から、もう少しで閉じた瞼が現れるだろう。
「ごめん……なさい」
ハルの頬に一滴の雫が流れた。
俺は少しでも衣擦れの音が響かないように、細心の注意を払ってその家を後にした。
それから再び崖っぷちまで来た俺は、崖下を覗き込んだ。夜中は真っ暗で地面との距離感がわからなかったが、ビルの五階や十階といった高さではない。随分と高いところまで上昇したようだ。これは作戦が終わって、皆で降りるときに苦労する。ますますイルーに魔法で元の高さまで戻してもらわなくてはならない。
その場所で振り返ると、ある屋根付きのテラスにロアとヨーゾーがいた。テラスには長四角の机が置かれていた。手前の椅子にはロアが、そして奥の椅子にはヨーゾーが腰掛けていた。俺は小走りで駆け寄った。
「おう、おはようさん。何体か崖を登ってこれる魔物がいたから、やっつけといたぜ。ふぁ~……寝床も食べ物もあるし、籠城にはもってこいだ。よく思いついたな」
「はは……ヨッキのお陰ですよ」
「なんだそりゃ?」
依然“波”はゼマロス川からの長い行列を維持していた。その中には当然、崖を登ってこれる奴も少なからずいるだろう。完全に安心はできない。
「ロアさんもよかったら休んできてください。後は私がやりますから」
「おっ、そいつは有り難いね。じゃ、お言葉に甘えて……旦那も程々にな……」
ロアは気怠げに立ち上がると、ヨーゾーの肩を軽く叩いた。それから欠伸をしながらトボトボと歩いていった。
「ヨーゾーさんは……?もしかして、休んでないんですか?」
「いいや、さっきまでここで休ませてもらってたぜ。心配ご無用」
「……」
「……どうぞ、お掛けになったら?」
「……いいえ。私は立ったままでいいです」
辺りにはしんしんと降る雨音が鳴っている。その中にヨーゾーが机をトントンと人差し指で打つ等間隔の音が交わる。
「何故、トッピエとペキタにだけ強く当たるのですか?」
ヨーゾーは長い沈黙の後、目線を自分の人差し指に向けながら言った。
「……詰まるところ、自分の意志でここにいるかどうかだ」
「――というと?」
「ダヨソンとシバンは自ら選んで俺の班にいる。ダヨソンとは長い仲だし、シバンは前向きに考えて俺と向き合っている……それに引き替えあいつ等はどうだ?」
「ですが、二人には言葉の壁があります」
「――逆に考えよう。兄ちゃん、あんたがあの二人の立場だったらどうする?どう立ち回る?」
「……必死で言葉を覚えて……仕事も必死でやりますかね?」
「……そうだろうな……俺だったら何としてでも大将に気に入られようとする……四六時中一緒にいるとか……趣味の話をするのもいい……言葉や仕事もそうだが、どうにかして信頼を築こうとする」
「それが感じられなかった……つまりは、自分のお眼鏡に適わなかったから、暴力や恐喝に及んでいるということですか!?」
前のめりになると、その鋭い目が俺に突き刺さってくる。俺は目を逸らしたいのを必死で堪えて、対峙した。
「そうムキになるなよ、兄ちゃん……俺はなぁ、人には天から与えられた役割ってのがあると思ってる。あいつ等だってそうだ。俺が拾ってやらなきゃ今頃餓えて死んでるか、野党や盗賊になって人殺してるかって連中だ。その気になれば逃げることだってできるのに、そうしようとはしない。本人達もわかっているのさ……何者にも成れない自分達の役割を」
「あなたに殴られて、脅されるようなどうしようもない役割をですか!?」
「――ああ、そうだ。そんなどうしようもない連中を拾ってお国の為に捧げるのが、俺の役割だ」
「あなたは間違っている」
「その間違いがなければ、この作戦はどうなってたんだ?」
「……っ」
俺は言い返せなくなって踵を返した。ただ俺は、二人にも普通に接して欲しいだけなのだが……。
「仕方がねぇのさ。あいつ等も……俺も……な」
「よもやー、このようなことになろうとはー」
ロアをベッドに送り出してから、俺は憂さ晴らしに炊事場で一人料理の下拵えをするシークを手伝っていた。いつもならセイカの役割なのだが、もう暫くは起きてこないだろう。
「このような大規模な地形変動の魔法を使えるとはー。そちらの使い魔一体ー……?そもそも、そんな使い魔を使役しているミスト様とは一体ー……?」
「……ふんっ!……ふんっ!」
ドンッ!ドンッ!
「……ふんっ!……ふんっ!」
「……まさか、王都の最終兵器だったりしますー?」
「……」
俺はいの一番に食事を済ませてから、度々登ってくる魔物の対応に回った。そして食事を済ませた人から、崖下にわんさかいる魔物退治に参加するのだった。それは順調に見えた。川の時と違って敵との距離が近い上に、魔物は酷く鮨詰め状態である。目を瞑って魔法を撃っても命中するに違いない。
「――ジブン達に任せて欲しいッス!」
例の如く横暴な指示を出すヨーゾーに、シバンが抵抗して声を上げた。シバンよ、頑張れ!俺は心の底から応援した。
「ジブンもいつまでも半人前じゃ嫌ッス!ジブン達だけでも、できるって証明してみせるッス!」
「うっるせぇ!!ごちゃごちゃ言ってねぇーで!言われたことをやれ!!」
「うるせえのはお互い様ッス!そんなんだから奥さんに逃げられるんスよ!!」
「んなっ……!?」
「それに……それに……ジブンはヨーゾーさんのこと尊敬してるんス!借魔法の腕も作戦の立て方も、戦場での立ち回りもスゴいんス!誰よりも仕事に向き合ってるの知ってるッス!!そんなスッゲェ先輩が、つまらないことで怒ってるの見たくないッス!」
「…………ちっ」
ま、まぶしぃっ!!シバンが神々しく輝いて見える。俺は思わず手を翳して目を覆った。眩しいったらありゃしない。ヨーゾーはそのまま無言で何処かへ行ってしまった。
「たまげたな。ヨーゾーが仕事を任せるなんて……」
うおっ!初めてこの男――隣にいたダヨソンの声を聞いた。意外とダンディな声だな。
「そんな声だったんですね」
いかん。つい本音が出てしまった。ダヨソンは眉をひそめて俺の方を向いた。
「悪かったな?」
「い、いや全然悪くありません。寧ろ良い声過ぎて驚いています……はは」
ヤバい。気まずい。声を聞いたのさえ今が初めてなのだから、この男が今何を考えているのかなど知り得るはずもない。
「あんた随分ヨーゾーさんに噛みついてるみたいだけど、ウチの大将はそんなに気に障るかい?」
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