最終防衛ライン Part2
すっかり本降りになった真っ暗な道を、馬車は駆け抜けていた。駆け抜けてとは言うものの、その速度は原付の法定速度程度である。シーク騎乗の単独のポカが偵察も兼ねて先行している。その速度のためか、俺達は特定の魔物に悩まされていた。
「おぃ!また来たぜぇ。三匹だ!」
「出ます!」
暗がりの中でハルの姿を探すのは一苦労である。一応光の魔法で馬車の周囲だけは、煌々と明かりを灯している。しかし一度その範囲を出れば漆黒である。その高速で接近する魔物の光る目が、どの場所で地に伏せたか。それがハルの居場所を特定する数少ない方法と化していた。シバンとトッピエが魔光弾を放つ。魔物に当たりはしないが、任意の場所を照らし出すのに役立っている。
川から撤退した俺達は、波につかず離れずの距離をキープしながらヒットアンドアウェイで戦っていた。そこで障害となったのは、素早い身のこなしの魔物である。狼やら馬やらに似た姿のそいつ等は、とても速く走れる。索敵の手を緩めると、途端に懐に潜り込まれてしまう。出発してすぐに馬車の側面すれすれの所まで接近された時は、心底肝を冷やした。その教訓を生かして――御者を務めるヨーゾーの隣で進路上の障害物除去担当を勤めている――ロアと――イルーにショートカットアイコンを作ってもらった――俺も索敵をこなすこととなり、イルーと三人体制で敵の接近を警戒している。
シュッ!――スタッ!
「はぁ、はぁ……」
あのハルが息も絶え絶えである。セイカがポーションのボトルを手渡した。肩で大きく呼吸をするその小さな体から、雨水が惜しげもなく滴り落ちている。見渡せば皆、疲労困憊の様子である。後数時間で開戦から丸一日が過ぎようとしている。ヨーゾー班の五人は日が昇っている間、ずっと立ちっぱなしで魔法を打ち続けていた。体にまとわりつく雨にも体力をより奪われている。セイカの顔にも疲れが見える。何より誰しもがろくに休息も取れず、気を張り詰めたままこの場にいる……。ハルは渡されたポーションを一気に飲み干すと、また漆黒の中へ跳んでいった。
ふと道沿いに茂る穀物の穂が俺の目に留まった。バギタ村を出発してから、景色の中には必ずこの穀物畑があった。この穀物が収穫され、加工され、食品へと変わっていく……俺達が食べているパンも、セイカ達があの町で食べたヨッキとかいう食べ物もここで育った穀物が原料かもしれない……。
俺は索敵魔法に集中するイルーに囁く。見てろ。俺の思いつきは伊達じゃないんだ。
「――どうだ?可能か?」
「ちょっと待って……」
イルーは半透明のウインドウを出して、魔法のオプション設定を確かめているようだ。そこへハルが三体の魔物の首を落として戻って来た。俺はハルに提案を披露した。
「――バギタ村に籠城ですか!?」
「そうです。人工台地であるバギタ村に、本来の役割を果たしてもらいます」
ハルは改めて皆の顔を見渡した。
「イケる!イケるぜ!ナイスだ相棒!それでぃこう!ぅおっっしゃぁぁー!!やったるかーっ!!これも乗りかかった船だ!ゃってやろーじゃんょ!!」
「……良い案かもしれません。最悪登ってこられたとしても、数体ずつなら倒すのは容易です」
俺は荷台の小窓から、雨に負けじと吠えた。
「ヨーゾーさん、進路変更です。このままバギタ村に真っ直ぐ進んでください。」
「ああ゛ん?予定ではこのまま蛇行し続けるんでしょう?真っ直ぐ行ったら、最終防衛ラインにすぐに着いてしまいますよ!?」
「構いません。こっちには、秘策がありますので」
バギタ村には三十分程ですぐ到着した。人工台地を取り巻くスロープを馬車は一気に駆け上がった。足の速い魔物を魔法で振り払い、俺達はコレンと竜で降りたった場所に戻ってきた。
「イルー。いけるか?」
「ぃくぜっ!」
イルーの体から光が溢れた。
「《スーパーウルトラアルティメットスペシャルグレートエクセレントグラードカッパーネクストアルファぁぁぁぁぁ!!!!!》」
急に小学生みたいなセンスになったな……。
ドシンッ!
大地震並の揺れが俺達を襲った。ポカが驚きのあまり暴れ嘶いている。周囲の家屋もグラグラ揺れ、中には倒壊してしまう家も出てきた。俺達は必死に地に伏せてやり過ごすしかない。雨の降る暗闇のせいではっきりとはしない。しかし遠くで赤々と蠢く無数の明かりや雨雲との距離感から、確かに地面が上昇してることがわかった。
俺はイルーに、大地を隆起させる地属性魔法をお願いしていたのだ。バギタ村を丸ごと上空へ押し上げるために。あのヨッキとかいうお菓子が鍋から生えるかの如く。――東京ねずみーランドに何とかマンションという、こんなアトラクションがあったような、なかったような……。
大きな地響きと揺れが収まった。俺達は揃いも揃って、台地の端にある柵が途切れている箇所へ集まった。身を乗り出すと、ひゅー……という冷たい風が顔を凍てつかせる。眼下にはイクラかスジコかというくらい、随分小さくなった赤い粒達がひしめき合っている。それは列をなして遠くまで続いていた。かなりの高さまで上昇したようだ。俺の注文より遙かに高い気がする……イルーめ、張り切りすぎだ。皆の顔に安堵の表情が浮かび上がった。あとはバベルの塔にならないことを祈るほかない。
「やったッス!!流石兄貴ッス!!」
「これは、たまげましたねー」
「こりゃあいい。魔物どもめ、絶対登ってこれないぜ」
「スゴイ!スゴイゾ!コレデアンシンダ!」
「ミストスゴイ!ヨクヤッタ!」
「マジかよミスト……」
「イルー!!やったな!」
俺が歓声を上げても反応がない。見ると、イルーは口から泡を吹いて倒れていた。また例の気絶だろうか?それとも大それた魔法を発動させた反動とか……?そういうのもあるのだろうか?兎に角俺では判断できない。俺はイルーを担ぎ上げると、呆然と立ちすくむハルに歩み寄った。
「ハルさん、イルーのこと何かわかりませんか?」
俺の問いかけにハルは何の反応も示さなかった。様子がおかしい。無言で只俺の方を見つめるハルを少し怖く感じた。
「あ、あの……ハルさん?」
「――こんなに高く……バギタ村ごと上昇させたというのですか……?そんな馬鹿な……」
「これで魔物に登ってこられる心配もなくなりました。とりあえず見張り役を立てて――」
「……ありえません……どうして……?」
「え……?」
雨がしきりに降り注ぐ。ハルの唇が震えている。俺はその口元の動きを注意深く観察した。
「どうして……あなたは――」
「兄貴ぃっ!!」
その声と共に俺の両肩が引っ張られた。シバンが俺を左右に揺さぶっている。そのせいでただでさえ小さなハルの言葉はかき消されてしまった。続いてトッピエとペキタもやって来て、三人一緒になって跳ね始めた。ピッチでシュートを決めたチームメイトと喜び合うように、その舞はしばらく続けられた。気付いた時にはハルの姿はなく、俺は意識のないイルーを抱えて鬱念とするのだった。
「それにしてもミスト殿ー、この村……元に戻せるんですかー?」
「……」
それは考えていなかった……。ハルの様子がおかしいのも、村を元通りにできるかの懸念のためだろう。イルーよ、早く目覚めてその回答をくれ。
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