最終防衛ライン Part1
「大気の粗よ、竜脈となりて彼の質量を奪え!凡ては天空の漂流者へ!〈トゥルヌエイド〉!」
魔物が闊歩する足音がよりいっそう大きくなった。相変わらずヨーゾー達による魔光弾の砲撃は続いている。が、波の先頭はどんどん川辺に迫ってきた。もはやハルとイルーと俺――イルーに新しく作ってもらったショートカットアイコンを押すだけだが――による追撃がなくては、戦線が維持できなくなっている。
「天よりも深き汝の腸!回帰の回廊!原初の揺りかごへ!荒れ狂う溟渤となれ!〈ハヘリゲート〉!」
イルーは色々な魔法を試せると言って、様々な魔法を発動させている。それは広範囲に及ぶ大規模魔法だ。ヨーゾー達が捌ききれない魔物を一網打尽にしている。
「其は深淵!其は天啓!其は生命の罅隙!原罪の証となりて暴食の限りを尽くせ!〈アビソル〉!」
魔物で埋め尽くされていた地面が、魔法の効果範囲だけ露わになる。しかしそれも束の間。すぐに魔物が押し寄せて、地面は見えなくなる。さながら朝のラッシュ時のターミナル駅の様である。
「……ふぃ~。ゃっぱ各属性の最上級魔法は威力がダンチだぜ」
「それにしても、大層な詠唱呪文だな……それ本当に必要なのか?」
「ぃゃ、全然!?っぽいかなって思って考ぇてぉぃたんだぜぃ……かっくいぃだろぅ?」
「はは……そうだな……」
「往古来今、森羅万象、破壊と創造を司る劫火!天地開闢の産声!〈パヴァークスプロジョン〉!」
しばらくそんな状態が続いて、遂に日が暮れた。丸一日魔法を浴び続けた森は、すっかり禿げ上がった大地に変わってしまった。多くの木が枝や大鋸屑となって散乱し、川に流れている所を幻灯虫が照らしていた。
「お疲れさん。首尾はどうだ?」
セイカが暖かいスープを椀によそってくれた。シークと協力して炊き出しをしてくれているのだ。
「首尾もなにも、果てがないという感じです。一体魔物はあと何体いるのやら……」
「まぁ、俺がつぃてるから大船に乗ったっもりでぃなって!」
「……イルーの胃袋の果ても見てみたいよ」
対岸は魔物で埋め尽くされていた。というのも、魔物の目は暗闇では赤く光る。昼よりもむしろ夜の方が、その位置を把握しやすい。遠くに見える山と地面の間では、それこそ無数の赤い光が地平線の代わりを務めていた。そこに向けて我がヨーゾー達の綺羅びやかな魔法が、一度に何十発も打ち込まれている。さながら紛争地帯を映すVTRである。倒れた魔物に群がるように、幻灯虫も沢山発生していた。対岸は照明が幾つも置かれたコンサート会場のようだった。――それにしても魔物からは金色の触手は出そうにないな。怖くない、怖くない。
ぽつりぽつりと空から雨粒が落ちてきた時分だった。遠雷のような光が西の空を照らした。そうかと思うと数秒遅れて轟っ!という爆発音が、馬車の周辺一帯に襲来した。
「ロア!ロア!聞こぇるか!?」
「ああ!地下でも十分聞こえたぜ!!」
遂に来てしまった。昨日の明るい内にロアが設置した仕掛けが発動してしまった。
==== 以下回想 ====
「感知魔法ですか?」
「おうよ!東西にいくつか設置する。複数の魔物が通ったらドカーン!ってやつだ」
例の蜃気楼のようなモニター上の地図を、ハルが指差した。
「逢魔石に集まってきた魔物は、倒されては補充され、倒されては補充されを繰り返します。しかし、襲来する魔物の数が多すぎるため、後続の魔物は徐々に詰まって行き場を失います」
帰省シーズンの高速道路での渋滞のようなものだな。
「北側の岸で行き場を失った魔物はどこへいくか……それは対岸である南側、川を渡ったこちら側の岸です。魔法の射程内ならその都度仕留めれば良いですが、問題は射程外から川を渡ってくる魔物です」
「初めは数体が渡るだけだとしても、それはやがて道になる。そうなったが最後、逢魔石を中心に南側の岸まで魔物で溢れかえることになる。俺は逢魔石諸共波の中だ」
「ロアさんの身動きが取れなくなる前に撤退する。感知魔法はそのための合図ということですね」
「そうだ。逢魔石と一緒に、干からびて死ぬのは真っ平御免だからな。感知魔法の発動をもって、俺達はこの場所を放棄して後退する。そのあとは時間を稼ぎながら、一撃離脱を繰り返す」
==== 回想ここまで ====
「俺がいぃって言ぅまで頭出すなよぉ、ロア!」
「頼むぞっ!イルー!」
俺はそう言って皆との積み込み作業に回った。主に炊事道具などの散らかった物を次々と馬車に載せていく。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!
少しすると地響きが鳴り始めた。川底からは幻灯虫とは比べ物にならない強い光が漏れ出ている。次の瞬間その巨大な壁は、大量の水飛沫を上げながら一同の前に現れた。頭上一面に浮遊した水滴は、俺達の視界を妨げた。壁は川底からせり上がるのを終えると、向こう岸に向けて倒れ始める。俺達は夕立にあったかのような、ずぶ濡れの格好でその圧巻の光景を見ているしかなかった。
使い魔〔アイシクルトータス〕は巨大な亀であった。その甲羅を橋代わりに向こう岸へ渡りきれてしまいそうな程の巨体である。しかし甲羅の所々に氷柱が天地逆に付いていて、実際渡るとなれば一筋縄ではいかなそうだ。
特撮の巨大怪獣顔負けの巨体に、倒れ込まれた川は様相を一変させた。波は高く上がり、流れは大きく迂回し、増した水嵩は遠慮なく岸辺に乗り上げた。
対岸へその身を乗り出した〔アイシクルトータス〕は、何やら左から右へゆっくりと首を振っている……ようだ――というのも、こちらからは氷柱の付いた巨大な甲羅しか拝むことができない。しかし対岸の様子を見るに、大地を凍りつかせているらしいことがわかる。降りしきる雨が見る間にキラキラとしたダイヤモンドダストに変わり、泥の大地は一瞬にして白銀の世界に変貌を遂げていく。まるで拒馬を設置するが如く、逆立った氷柱が地面から次々生えてくるのが、ここからでも見て取れる。
「ミスト!飛ばしてくれ!」
イルーの合図で俺は〔アイシクルトータス〕の甲羅の上――丁度川幅の真ん中位の所へ飛んだ。そこは冷蔵庫の中のようにひんやりしていた。辺りが一望できる展望台である。ロアのいるポイントの周りは、〔アイシクルトータス〕の出す凍てつく冷気のせいで、何もかもが凍った世界である。因みにその境から遠くの大地までは、無数の魔物の目のせいで赤一色だ。
「ロア!待たせたな!」
そのかけ声を待っていましたと言わんばかりに、ロアのいるポイントから爆発音が上がる。何かが〔アイシクルトータス〕の張った氷を割って出た。地中から勢い良く飛び出したのは、ロアと台車に載った逢魔石である。俺は慎重にそこに狙いを定めて、《人間ロケット》を発動させる。それによってロア達は、より上空へと押し上げられた。
すかさずイルーも魔法を発動させた。それはロア達の落下地点から、俺達が元いた岸にかけて架かる氷の橋である。風魔法を駆使してその橋に台車とロアを載せることに成功した俺は、自身も馬車へ戻るため駆けだした。
イルーはどんどん橋を構築していく。ボブスレーのコースのようなその橋の上を、台車をスノーボードのように操るロアが滑り降りている。俺はロアと併走しながら、その何かの競技のような光景の観戦を楽しんでいた。しかし甲羅の端まで来たために、岸まで一気に跳ぶ必要に迫られた。観戦はここまでだ。
俺が大きな跳躍をしている最中に、イルーは馬車のすぐ傍まで橋を構築し終えた。俺はそこから滑空したロアと台車を風魔法で受け止めた。試合終了のホイッスルの代わりに、氷の橋がバシャバシャと音を立てて川に落ちる。「ヨッシャー!」と三人でハイタッチを交わし合った。
「行きますよ!」
ハルに促されて大人しく馬車に乗り込むと、一目散に退散する運びとなった。
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